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③ 初デート 

 そしてむかえたデート当日。


 私は通いのメイドに手伝ってもらい、身支度を整えた。

 ペールブルーのデイドレスに、白い小花が刺繍されたレティキュール、足元は歩きやすいようにヒールの低い靴。

 アクセサリーは、小さな真珠が一粒ついたネックレスだけ。


 公園デートなのだから、あまり着飾るのもよくない。

 質素ではなく、でも可愛らしく見えるような、ほどほどのラインを見極めなくてはいけないのだ。

 と、マレーナが昨日教えてくれた。

 今日の服装は、私よりよほどこの手の経験豊富なマレーナに監修してもらっているから、なにも問題ないはずだ。


 ただ、次回からは自分で考えろ!と言われているので、今からちょっと胃が痛い。

 まぁそれも、次回があればの話なのだが。


 私の家から公園まで歩いて十五分ほどの距離を、エドガー様の腕に手を置いて歩いている。

 

「あの、初めにお伝えしておきますけど……

 私、父以外の男性にエスコートされるのも、初めてなんです。

 なので、ぎこちなくても許してくださいね」


「それを言うなら、俺は女性をエスコートすること自体が初めてです」


「え?そうなのですか?」


「俺は田舎の育ちの平民ですからね。

 エスコートなんてのがあることすら、王都の士官学校に入るまで知りませんでした。

 同期の友人に恥を忍んで、基本的なことだけ教えてもらいましたが、所詮は付け焼刃です。

 なにか不作法があったら遠慮なく指摘してください」


「わかりました。

 エドガー様も、私がなにかいけないことをしたら、教えてくださいね」


 それから、私はふふっと笑ってしまった。


「なにか?」


「実は、私も恥を忍んで、従姉にいろいろと教えてもらったのです。

 今日の服装も、従姉が決めてくれました。

 他にも、図書館から恋愛小説を借りてきて読んだりして、勉強したんですよ。

 私たち、同じようなことしてたんですね」


 そう白状すると、エドガー様も少しだけ笑ってくれた。


「そうですか……緊張しているのは俺だけではないようですね。

 安心しました」


 この瞬間、私たちの間の空気が少しだけ柔らかくなった気がした。

 初めてのデートは、まずまずの出だしとなった。


 

 王都の東側の区画にあるこの公園は、私も何度も足を運んだことがある場所だ。

 母がまだ健在だったころは、家族で散歩に来たりしたものだ。


 大きな噴水があって、きれいに整備された花壇には季節の花が咲いている。

 家族連れも多いが、私たちのようにデートをしている男女の姿もあちこちで見られる。

 公園をのんびり歩いて花を愛で緑に触れるというのが、王都定番のデートの流れなのだ。

 というのも、もちろんマレーナに教えてもらった知識なのだが。


「あ、アマリリス!」


 鮮やかな赤い花が誇らしげに咲き乱れている。

 ちょうど今が満開の時期なようだ。


「あれはアマリリスという花なのですか」


「はい。母が大好きだったお花です」


 エドガー様の瞳に複雑な色がよぎった。


 母が病で亡くなったのはもう何年も前のことで、とっくに心の整理はついている。

 このままではエドガー様に無駄に気を使わせてしまうと思い、私はさっさと話題を変えることにした。


「エドガー様は、出身はどちらなのですか?」


「王都から北に馬車で十日くらいのところにある、グランルンドというところです」


「グランルンド……聞いたことがあります。

 確か、ワインが有名だったような」


「そうですね。領主様が大きなワインの醸造所を経営していますが、それ以外は特になにもない田舎です。

 俺が育ったのは、田舎の中でもさらに人里から離れた山の中でした。

 そんな場所で育ったので、花壇に植えられているような花には全く詳しくないのですが、食べられる野草や薬草なんかはそれなりに知っています」


 山の中での生活というのは、どういうものなのだろう。

 王都で生まれ育ち、ほとんど王都から出たことがない私には想像もつかない。


「食べられるお花もあったりするのでしょうか」


「ありますよ。

 花が食べられる野草もあれば、花ではなく茎や根の部分を食べるものもあります」


「へぇぇ~」


 食べられるお花があるなんて、考えたこともなかった。

 庭で育てられるようなものがないか調べてみようかな。


「ええと……ソフィア嬢」


「はい」


 見上げると、エドガー様が少し困ったような顔をしていた。


「俺のことは、分隊長からどこまで聞いていますか?」


「剣術大会で準優勝なさったということと、この前父の病室でお会いした時に話したこと以外は、特になにも聞いておりません」


「そうですか……」


 なんだか歯切れが悪いというか、言い難いことがあるというか、そんな様子のエドガー様に私は首を傾げた。


「なにか、私が知っておいたほうがいいことがあるのですか?」


「……エスコートのマナーを教えてくれた同期に言われたんです。

 最初に俺の生い立ちとか、そういったことをかいつまんで話しておいたほうがいいと。

 それを知った上で、俺と親しくなりたいかどうか、ソフィア嬢自身に選ばせろと……」


「そんなに言うほど、特殊な生い立ちなのですか?」


「いえ、ある程度珍しいかもしれませんが、特殊というほどではありません」


 そう前置きしてから、エドガー様は話しだした。


 エドガー様は、山の中の小さな家で両親と三人で暮らしていたのだそうだ。

 父は腕のいい猟師だった。

 母は薬草を家の周りで育てたり山で採集したりして、それを近くの町の薬屋に卸していた。

 エドガー様が十三歳になった時、母が毒蛇に噛まれて亡くなってしまった。

 突然愛する妻を失った父は嘆き悲しみ、みるみるうちに弱っていった。

 そして母の死から二か月もたたずに、後を追うように息をひきとった。

 懇意にしていた薬屋の店主は、ひとり残されたエドガー様に同情して、王都に出て士官学校にはいることを勧めてくれた。

 士官学校は学費もいらないし、衣食住が保障される上にお小遣い程度だが給金も出るので生活に困ることはないと聞いて、それならいいかとエドガー様は頷いた。

 両親がいなくなった地元に残る気もなかったので、渡りに船だった。

 薬屋の伝手で王都に向かう行商人に下働きとして同行させてもらい、士官学校の扉を叩いた……


「これが、俺が騎士になった経緯です」


 十三歳で両親を亡くしてしまうなんて、どれだけ悲しかっただろう。

 エドガー様の胸中を思うと、胸が痛んだ。

 

 だが。


「あの、エドガー様」


「はい」


「今のお話のどこに、私がエドガー様と親しくなりたくないと思うかもしれない要素があったのでしょうか」


 本気でわからない。

 田舎出身ってとこ?


「……俺が平民で、孤児だというところです」


「そこですか!?」


「いいところのお嬢様には、俺のような男は嫌がられるかもしれないと言われまして」


「ええぇ……」


 世の中のお嬢様は、そんなふうに考えるものなのだろうか。

 というか、私は家では便宜上『お嬢様』と呼ばれているが、自分のことを『いいところのお嬢様』だとは思っていない。


「エドガー様、聞いてください。

 私の父は騎士爵をいただいておりますが、我が家は平民とほぼかわらない生活をしています。

 実際、私の母は商家から嫁いできた平民でした。

 騎士爵は一代限りのものです。

 父が亡くなったら、その瞬間から私もただの平民になります。

 それなのに、平民だからって理由で嫌になるわけがないではありませんか」


 私の結婚相手も、平民でもそうでなくてもどっちでもいいと言われている。

 身分に拘るほどの家柄ではないと、父も私も思っているのだ。


「それに、孤児だからなんだっていうんです。

 苦労なさったんだなって思うだけですよ。

 大変な目にあっても、それを乗り越えて立派な騎士になったのでしょう?

 嫌になんてなりませんよ。

 私はむしろ、エドガー様を尊敬します」


「そ、尊敬……ですか……?」


 エドガー様は面食らったような顔をした。

 だが、それは紛れもない私の本心だ。


「ご存じかもしれませんが、我が家は騎士の家系です。

 当主が騎士になり、騎士爵をいただくというのを代々続けてきたのです。

 ですが、父と母の間に生まれたのは娘の私がひとりだけ。

 母が亡くなった後、後妻を勧められても父は頑として頷きませんでした。

 それなら私が女性騎士を目指そうかと考えたのですが、私にはどうしても適性がなくて……」


「騎士になりたかったのですか?」


「はい。代々騎士の血筋なのだから、頑張れば私でも騎士になれるだろうと思ったのです。

 でも、私はびっくりするくらい運動音痴で……

 走ったら年下の子に追い抜かれるし、ボールを投げたら狙った方向に飛んでいかないし……

 これでは危なくて木剣すら持たせられないと父に言われました。

 とても悔しかったです。

 どうして私は男の子に生まれなかったのだろうと思いました」


 私なりに体を鍛えようと頑張ったのだが、持って生まれたものはどうしようもない。

 怪我をする前に諦めろと父に諭され、受け入れるしかなかった。


「私は、エドガー様みたいになりたかったのです。

 父に認められるくらい、強くて立派な騎士になりたかった。

 でも、私にはそれは無理で……

 だから、エドガー様を尊敬するんです。

 だって、頑張って騎士になったエドガー様は、私がなりたかった理想そのものですから」


 今にして思えば、身体能力だけでなく、性格的にも私は明らかに騎士には向いていない。

 こんな私が、騎士を目指すなんて無謀もいいところだ。

 だが、小さいころは本当に騎士になりたいと思っていたのだ。

 両親を亡くすという逆境にもめげず、騎士になったエドガー様を尊敬するのは当然ではないか。


「私、エドガー様のお話を聞いて、もっと親しくなりたいと思うようになりました。

 他の女の子がどうかはわかりませんけど、私は平民の孤児だからって理由で嫌いになんてなりません」


「そ、そうですか……」


 エドガー様の頬が少し赤くなっている。


「このような反応が返ってくるとは、思っていませんでした……」


 エドガー様が照れている。

 こんなに大きくて逞しい男性が、赤くなって照れている。

 それがなんだか可愛く思えて、私は笑ってしまった。


 お互いに打ち明け話をしたからか、そこからは緊張も薄れ自然と会話ができるようになった。

 私は家での父の様子や私の好きなものの話をし、エドガー様は部下から見た父のことや、差し支えない範囲の仕事のことなどを話してくれた。

 父はとても頼りになる上官で、エドガー様を含む多くの若い騎士たちから慕われているのだそうだ。

 考えてみれば、仕事中の父の話を誰かから聞くのはこれが初めてだ。

 大好きな父のことを褒められるのは、とても嬉しかった。


 公園をぐるっと一周して家に戻って来た。

 生まれて初めてのデートはこれで終了だ。

 エドガー様の腕に置いていた手を名残惜しい気持ちで離した。


「エドガー様、今日はおつきあいいただいてありがとうございました。

 とても楽しかったです」


「俺も楽しかったですよ、ソフィア嬢」


「あの……またいつか、デートに連れて行ってくださいませんか?」


 私は勇気をふりしぼって、お願いをしてみた。

 せっかく仲良くなれそうなのに、これでおしまいというのは寂しすぎる。


「先に言われてしまいましたね。

 俺からもそうお願いしようと思っていました」


 私がぱっと顔を輝かせると、エドガー様もアンバーの瞳を細めた。


「俺の次の休日は、来週の水の日です。

 その日で大丈夫ですか?」


「ええ!もちろんです!」


「では、また今日と同じ時間に迎えに来ます。

 どこに行きたいか考えておいてください」


「わかりました!今から楽しみです!」


 嬉しくて嬉しくて飛び上がりそうになったのを、なんとか我慢した。

 エドガー様の前で、そんな子供っぽいことできない。


 だから、エドガー様を見送ったあと、家に入ってからぴょんぴょんと玄関で飛びまわった。


「おかえりなさいませ、お嬢様。

 その様子だと、デートは上手くいったようですね」


「ただいまエイナル!

 信じられないくらい上手くいったわ!

 来週もまたデートに行く約束までしたのよ!」


「ほう、それはそれは。よかったですなぁ。

 旦那様にもそのように報告いたしましょう」


 きっと父も喜んでくれるだろう。

 

 この日、私はすっかりエドガー様に恋に落ちてしまった。


 私の初恋だった。

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