第127話 欲深い者達は踊る(大丈夫?足腰弱ってない?)
「よーし、いくよ! 『水腕』!! ついでに『火魔法』」
今日も今日とて私達はダンジョン探索に勤しんでいた。
魔物を倒しながらお金になる素材を集めつつ、スキルを取得する為に色々な事を繰り返す。
「やりました!『中級火魔法』を覚えましたよ!」
「おお、やったな!」
そして遂に火系統の魔法スキルの統合版である中級火魔法スキルの習得に成功したのだ。
「ですが他の中級スキルの習得は上手くいっていないようですね。初級はともかく中級を覚える為にも暫く向こうでレベルアップをするべきでしょう」
「ですね」
スキルの習得に関して初級は問題なく覚えられるんだけど中級はそこまでサクサク覚えられないんだよね。
だからルドラアースでレベルアップする事でこの問題を解決できないかの検証をしたりと中々に忙しい日々を送っていたのだ。
「中級スキルをもう少し覚えたら山岳系のダンジョンに挑んでみましょうか」
「おお! 新しいダンジョンですか!?」
ダンジョンは土地によって内部の構造が大きく違う特殊ダンジョンがある。
以前カニを食べる為に通った海辺のダンジョンとかがそれにあたるね。
今度は山かぁ。山菜とか採れるかな?
◆王都屋敷◆
「子供が中級スキルだと!?」
リドターン一行を監視させていた男達は、アユミが中級スキルを習得したという報告に驚愕していた。
「信じられん。我々が幼子の頃など初級スキルを一つ習得できれば神童扱いされていたぞ」
事実、レベルアップの恩恵が無い初期ステータスでスキルを習得する事は非常に困難であり、ましてや我慢の効かない幼い子供がスキルを習得するのは大変な事だった。
最も、そこにはアユミの実年齢が見た目通りではないお陰もあったのだが。
「またリドターン卿達はどのような手段か分かりませんが突然我々の目の前から消え、そのまま数日行方が掴めなくなる事も多々ありました」
「中級追跡系のスキルを習得しているお前達でもか!?」
重用している密偵の部下達ですら見失うと聞き、男達はリドターン達の隠された力に驚愕する。
自分達の力が通じないということは、いざそれが自分達に向いたらとてつもない脅威になるからだ。
「はい、すぐに近隣の町に潜んでいる密偵達にも調査をさせましたが、少なくとも町三つ分の範囲で一切の消息が掴めなくなりました」
「何だと……!?」
町三つと言うと大したことないように聞こえるが、ルドラアースと違って人口が少なくまた町や村の閉鎖性が高いエーフェーアースでは見知らぬ人間が町にやってくればすぐに現地の住民達の間で話題になる。
特にアユミに至っては妖精人に進化した事もあって非常に目立つ外見をしているので、よほどうまく隠さねばあっという間に町中の噂になってしまうのだ。
そんな目立つ存在を見失う理由はアユミのダンジョン内転移とルドラアースへの世界転移が理由だった。
アユミ達にとってはスキルを習得する為のレベルアップ作業だったが、密偵達からしてみれば追跡調査のプロである自分達の目を欺いて突然姿を消すのだから、自信を粉々に砕かれる屈辱を何度も味あわされるようなものでたまったものではない。
「スレイオ殿ならともかく、あのような幼い子供にまで目の前から消えられると……」
余程探し回ったのだろう。密偵の男は憔悴しきった顔で報告を続ける。
「お前達の目を欺くという事は余程優れた隠密活動用のマジックアイテムを所持しているとみえる」
「リドターン卿は現役時代にも様々なダンジョンを攻略していたからな。強力なマジックアイテムを秘匿していたとしてもおかしくない」
幸いにも男達はリドターン達なら部下の目を欺く何かしらの希少な品を持っていてもおかしくないと理解を示す。
「だがいつまでも身を隠せるわけではない。彼等が姿を現した時に接触するのだ。幸い近く王都でラバルト伯爵の孫娘を祝うパーティがある。彼はリドターン卿とも親しい間柄だ。それとなく唆してラバルト伯爵にパーティに誘わせよう。同時に件の少女も孫娘の新しい友人にと誘わせればよい」
「それは良いな。友人からの招待ならリドターン卿も嫌とは言えまい」
「ふむ、それで件の少女を衆目の目に晒して隠せなくするわけだな。隠せば隠したで人目に晒せない立場の娘とバレる事になるしな」
招待に応じても応じなくても情報が得られるとあって、男達は笑みを浮かべる。
「あとは何食わぬ顔で接触し、折を見て若返りポーションの話を振れば……」
「「「「くくく……」」」」
欲に塗れた男達は自らの企みの成功を確信して笑い声をあげるのだった。
◆
「くくく、これで若返りのポーションが手に入ると思うと笑いが止まらんな」
男はワイングラスを手にした自分の手を見る。
その手は皺だらけで、あと何年生きられるかという老木のそれだった。
「寿命にだけは勝てんと思っていたが、このような千載一遇の好機が訪れるとはな」
若かりし頃の健康で無茶の効いた己の体を思い出しニヤニヤと笑みを浮かべる男。
「それにしても若返りの薬とはな。そんな夢のようなものが現実に存在したとは驚きだ」
口内に流し込んだ酒が喉を潤す感覚が、まるで肉体を若返らせる妙薬のように感じられる。
「くくく、上手くすれば若返りのポーションの製法も手に入るかもしれん。他の連中に先を越されぬように気を付けねばな」
男は仲間を出し抜いて若返りのポーションの製法を得る方法を考える。
仲間といっても所詮は互いに利用しあう程度の関係でしかないようで、その顔に良心の呵責など欠片も見当たらない。
尤もアユミ達を利用しようと考えている事を思えば当然の行動と言えるかもしれないが。
「さて、明日から仕込みで忙しく……なんだ!?」
その時だった。突然男の部屋が漆黒に包まれたのだ。
「何だ!? 灯りが!?」
男は困惑した。というのも男の部屋の灯りはランタンなどのろうそくや油の火ではなく照明のマジックアイテムだったからだ。
そしてアイテムの魔力は定期的に使用人が補充している為、灯りが消える事などありえないからだ。
男が動揺するのと同時に、首筋に冷たいものが当てられる感覚が襲う。
「死にたくなければ動くな」
「っ!?」
男の脳裏に刺客という言葉が浮かび上がる。
(馬鹿な! 屋敷の内外には護衛が居る。一部は使用人に扮した者もいる。あれらの目を逃れたとしても人気のない場所には防犯用マジックアイテムをいくつも設置してあるのだぞ! この部屋まで来れる筈がない!)
裏で表ざたに出来ないような取引をしてきた男は、自分が襲われる事を危惧して身を守る事には万全を期してきた。
だが今首筋に当てられている感触がそれらの守りを突破してやってきたのだと否が応でも実感させる。
「な、なんの用だ……」
精いっぱいの虚勢を込めて男は侵入者に話しかける。なんとか外の護衛に知らせる方法がないかと考えながら。
「助けを求めても無駄だ。主からお前が抵抗するようなら即殺して構わないと言われている」
「っ!」
侵入者の声には一切の感情が乗っておらず、男の全身に嫌な汗が溢れる。
「主からの用件を伝える。件の少女とその周囲の者達に手出しは無用。次に愚かな事を考えた場合は警告なしに排除する」
その言葉に侵入者の背後にいるのはリドターン達だと察した。
(自分達の事を隠しもしない。本気で我々を始末する気か!)
相手の覚悟を悟り、悪寒が絶望に変わる。
「わ、わかった。二度と手出しはしない。約束する」
「……」
男がそう誓った瞬間、部屋に灯りが戻った。
「っ!?」
そして突然の光に驚いて閉じた目を開けた時には、首筋に当たっていた冷たい感触は消え去っていた。
周囲を見回すも侵入者の姿はなく、窓も、扉も閉まっており侵入者が部屋を出て行った形跡すらない。
「……見逃されたのか」
だが男には分かっていた。自分が見逃されたのが慈悲によるものではない事を。
ただ単純にそれなりの地位についている自分達が死んだら、国の運営に短時間であっても混乱が生じるからだろう。
そうなれば後釜が見つかるまでの間に周辺国の余計な干渉を招いてしまう恐れがある。
その危険を考慮して見逃されたのだ。
ただし、それは余計な事をしなければという注釈付きでだ。
もし喉元を過ぎてこの恐怖を忘れた自分達が同じことをしたら、次は容赦なく首を斬られるだろう。
「あの少女に手出しは無用。もし手を出せば……」
その時ふと視界に違和感を覚えて机を見ると、そこには鈍く光る金属の塊が突き刺さっていた。
「っ!?」
まるで「分かっているな?」と念を押すかのようにそれは突き立っていた。
◆
数日後、男達は真っ青な顔で集まっていた。
「例の件だが……やっぱり止めておかない? ほら、相手は子供だし」
「……賛成。子供に怖い思いをさせるのは良くないよね」
「そうだな。良くないよな」
こうしてアユミを狙う欲深き男達の企みは実行に移される前に頓挫したのであった。