第126話 英雄の影響力とその後継者(いえ孫じゃありません)
「ハァー!!」
リドターンさんが剣を振ると、魔物達の首が天高く舞う。
「よっと」
仲間がやられた事に魔物が一瞬反応し、その隙を狙ってスレイオさんが二刀の短剣で魔物達の首をスポポポーンと切り飛ばす。
「ヴォォォッ!!」
しかし魔物もやられるばかりじゃない。人間大の火の弾を無数に生み出し私達に向け放ってくる。
「おっとそれは防がせて貰います『反射障壁』」
けれど魔物の放った魔法はストットさんのスキルによって跳ね返される。
「魔法防御のスキルは魔法系スキルで相手の魔法を相殺していると使えるようになるので積極的に相殺するようにしてください。更に相殺する際に敵に被害が及ぶようにすると、今のような反射系スキルも取得できるようになります」
「はい!」
戦闘の合間にお爺ちゃん達から効率的なスキル取得の方法を教わりつつ、私達はダンジョン下層を探索する。
「ほっほー!『貫通』『大連弾』!」
キュルトさんが楽しそうに膨大な数の水の矢を放つといかにも固そうな魔物が穴だらけになってしまう。集合体恐怖症の人とかはちょっと見ない方がいいハチの巣っぷりだ。
「いやー楽しいのう。レベルが上がったお陰で魔力が増えて魔法の威力が大幅に上がったわい!」
「そんなに違うんですか?」
「大違いじゃ! 火弾一発でも初級と中級並みに違うぞ!」
え、それって「今のは『上級火弾』ではない、『初級火弾』だ」みたいな事が出来ちゃうってわけ!?
「レベルアップによる基礎能力の向上には目を見張るばかりですよ。更に進化によって得たジョブによって自分が専門とする系統の能力が更に向上するのですから、少なくとも同格の敵までなら負ける気がしませんね。攻撃系スキルの威力は皆一律とされてきましたが、これほど違うという事は個人のステータス由来だったようですね。これまでは誤差レベルで認識されていなかったという事ですか」
普段冷静なストットさんまでウッキウキで考察を始めている。
「何より腰が痛くないのが良いな! 若返りポーション様々だぜ!」
「「「まったくだ!」」」
そしてみんな揃ってははははと笑うお爺ちゃん達。
「ここダンジョンの下層なんだけどなぁ」
そう、進化した自分達の強さを確認するには上層だと物足りないと言って、リドターンさん達はダンジョンの下層まで来てしまったのだ。
その上でこの無双劇なのだから実験台にされた魔物達も堪ったものじゃないだろうね。
「いやこれは素晴らしいな。進化とはこれ程の力を与えてくれるものだったのか」
こっちもびっくりだよ。だって下層の魔物の中には私じゃ勝てそうもないヤバそうなのが居たんだもん。
でもリドターンさん達はそいつ等をあっさり倒してしまった。
「あれが上級スキルの持ち主の力かぁ」
正直リューリ達と合体しても勝てる気がしないなぁ。
「慌てる必要はありませんよ。貴方ならいずれ私達全員より強くなれます」
うーん、ホントになれるのかなぁ?
◆王都屋敷◆
「以上がダンジョンで行われた一部始終です」
とある貴族の屋敷で、ボロボロの男が青息吐息で主達に報告を行っていた。
彼は雇い主の命令でリドターン一行を監視していた密偵であった。
しかし下層の魔物は非常に厄介で、隠密系スキルを最大限に駆使してもなお魔物との戦闘は避けられず、ただ一人報告できる程度には傷の浅かった彼が密偵達を代表して報告に来ていた。
「引退したリドターン卿がダンジョンの下層で戦闘行為をしていたか。それだけなら珍しい事でもない。引退した騎士達が老後に第二の人生として冒険者になる事はよくある事だ。問題は……三つ」
「一つは現役時代よりも明らかに強くなっている事、そして二つ目はどうみても若返っている事、最後に見覚えのない少女を連れていた……か」
人間は老いと共に力を失う。同時に若さは取り戻せない。それはエーフェアースにおいても同様だ。
常識的に考えればありえない出来事、しかしそれが現実に起きているとあってはこの場に集まった者達は心穏やかではいられなかった。
「リドターン卿が若返っているという噂は以前からあった。現在の彼を知っている者に確認に行かせたが間違いなく若さを取り戻していたとのことだ」
「やはりダンジョンの産物か……」
その場にいた一人の言葉に、他の貴族達が神妙な顔になる。
彼等は誰も彼もが白い髪をしており、年長の者はあと何年生きられるかという皺だらけの容貌をしていた。
「だが若返りのアイテムなどという貴重な品を何故王家に貢がない?」
貴族にとって貴重な品とはより上位の貴族への御機嫌取りの品だ。
自分が楽しむために購入する者はそんな必要のない上位の貴族か十分な数を確保できる産地の貴族くらいだろう。
だからこそ彼等は若返りのポーションを手に入れたリドターン達が王家にそれを差し出さない事を不思議に思っていた。
「そもそもリドターン卿は王家に媚びる必要などあるまい。それに彼は引退している。息子の方ならともかく今更彼が栄達の為に手放す理由も無かろう」
「それは……まぁそうだな」
納得しつつも彼等は気が気ではなかった。何せ若返りのアイテムはあらゆる権力者が最後に求める品の一つなのだから。当然自分達も欲しい。なんなら独占したい。
しかし話題の主であるリドターンはこの国において下手に手を出してはいけない人物の一人だ。
もし敵と認定されたら若返りの薬どころではなくなる。
「しかしそうなると気になるのはリドターン卿と共にいたという少女だな」
「孫ではないのか?」
「いや、彼に孫娘はいない。跡継ぎの男児はいるがな」
「ではリドターン卿の仲間の孫では?」
「少なくとも私の情報網には孫がいる話は入ってきていないな。養子か?」
「その少女なのですが……」
とそこで報告を終えて静かにたたずんでいた密偵が言葉を発する。
「何か情報があるのか?」
「本人を見た感想になりますが、貴種系列のスキルを所持していると思われます」
「『貴種』だと!?」
それを聞いた一同が騒然となる。
それもその筈、『貴種』のスキルは貴族に発言するスキルだが、一般的なスキルがそうであるようにスキルは簡単には発現しない。
長い実戦と鍛錬の末に習得するものがスキルであり、事実貴族らしい振る舞いをあまりしない下位の貴族には『貴種』スキルを有していない者も少なくない。
「まことか?」
「はい、明らかに貴種スキル取得者に特有の惹き付けるものを感じました」
「幼い娘が『貴種』スキルを取得していたという事は相応の地位にある人物という事か」
スキルは鍛錬によって取得するものである為、若い子供でスキルを有している者は少ない。それが普段の立ち居振る舞いが影響する貴族系スキルとなれば猶更だ。
結果彼等は少女、アユミが物心つく前から厳しい訓練を受けた上位貴族の娘だと勘違いしたのである。
尤も、それは半分彼等の勘違いであり、例えばとある少数種族の族長の家族などでも種族の権威として振舞わねばならぬ為、彼等から見れば平民のような存在であっても貴種スキルを取得する事があった。
そしてアユミの場合は神によって特異な使命を授かってこの世界に転生したある意味世界で最も貴重な存在。
『貴種』のスキルを取得するのは当然の帰結だった。
もっとも、その事を知らない彼等は勘違いをしたまま話題を続けていたのだが。
「何故そのような少女をダンジョンの下層に?」
「スキル取得の鍛錬の為か? だとしても相当危険な鍛錬になるぞ」
「だからこそのリドターン卿を護衛にという事なのだろう。しかしそれ以上にその少女が何者か分からぬのが問題だな。我が国の高位貴族令嬢なら把握できるが、少なくとも報告書に書かれている容貌の少女などわが国にはいない」
「では異国の貴族か? しかしそれなら猶更リドターン卿が力を貸す理由が分からん」
そんな中、一人の心配性な男がありえない意見を口にする。
「よもや王家への反逆の為に他国の貴族……いや王族を鍛えているのか?」
その言葉にハッとなる一同。
「流石にそれは非礼が過ぎるぞ。彼は我が国の英雄なのだぞ!」
「そ、そうであったな。失言だった」
しかし一度浮かんでしまった疑念は決して消し去る事は出来ない。
流石にあり得ないと思いつつも万が一という気持ちが心の片隅にこびりついてしまったのだ。
「落ちつけ、何らかの事情で本国で大っぴらに鍛える事が出来ず、わが国で鍛えている可能性もある」
「だが異国の高位貴族をわが国で鍛える事は利敵行為にならぬか?」
「彼も我が国に仕えた人物だ。恐らくは個人的に友誼のある相手の娘なのだろう。何よりリドターン卿は引退している故、我等にも彼の行動を止める権利はない」
「ううむ……」
そう言われては強く言えず、唸る事しか出来なくなる貴族達。
「……しかし若返りのポーションを対価に力を貸す事を求められた可能性もあるのではないか?」
「「「「……っ!?」」」」
(そう言われると否定できん、むしろ辻褄があってくる)
(確かにそんな物を対価に出されたら私とて力を貸さない保証がない。寧ろ力を貸すから譲ってほしいくらいだ!)
欲望を強く刺激する推測に彼等の憶測、いや妄想は強固に現実味を帯びてくる。
無論それは彼等の脳内のみでの現実味だが。
「放置できる問題ではないな。リドターン卿、いやその少女を監視する必要があるだろう。場合によっては保護と協力も申し出る場面がやってくるかもしれないからな」
こうして、アユミが知らない間にこの貴族達が勘違いから動き出したのであった。