第106話 カニを配るカニ狩り娘(変装が息をしていません)
「たぁーっ!」
今日も私は海のダンジョンでトレーラーキャンサーと戦っていた。
といっても目的はカニの身じゃない。
「おー、今日もやってんなーカニの嬢ちゃん」
「あっ、こんにちわ。カニいります?」
「おお、いつも悪いな。ほら、これやるよ」
トレーラ―キャンサーの子ガニを渡すと、探索者のおじさんが大きな釣りのケースから取り出した魚を差し出してくる。
「え? 良いんですか!?」
「いつもカニを貰ってるからな。俺達の釣果でよけりゃ貰ってくれよ」
「ありがとうございます!」
いつもというのは言葉通りの意味だ。
私はここ二週間近くずっとここでトレーラーキャンサーと戦っていた。
その為獲物である子ガニが獲れすぎてしまい、腐らせるのももったいないので通りがかった探索者達に振舞っていたのだ。
「それにしてもこんだけ通っても出てこないって事は、ここのレアモンは相当出現率が低いんだな」
「みたいですねぇ」
そう、私が延々とトレーラ―キャンサーと戦っているは、ひとえにレアモンであるブルートレーラーキャンサーを狙っているからだ。
とある筋からの情報でブルートレーラーキャンサーが物凄く美味しいと聞いた私は、是非その味を確かめてみたいと思い、ここに通う事にしたんだけど、今日にいたるまで一度もレアモンと遭遇する事はなかった。
「おじさん達もここでレアモンと戦った事ないんですか?」
私はこの海のダンジョンを専門にしている探索者のおじさん達にレアモンの出現率について尋ねてみる。
「俺達は船を使って沖に出るからな、浜辺とは魔物の出現率が違うんだよ」
「小魚系の魔物ならレアモンの出現率もそこまで低くないな。ただ大物のレアモンは確かに少ない気がするよ」
ふむ、やっぱり大物の場合はレアモンの数も少ないんだね。
「とはいえ、これだけカニの嬢ちゃんが狩ってるのに数が減る様子もないあたり、ダンジョンの魔物ってのは不思議なもんだよなぁ」
などとおじさんがダンジョンモンスターが全滅しない事を不思議がる。
「ダンジョンの魔物は普通の動物みたいに繁殖する個体と、ダンジョンの底から湧き続ける個体の2種類がいるらしいからな。昔大量の探索者を動員して全てのフロアに冒険者を等間隔に配置してしらみつぶしに魔物を倒す計画があったらしい」
ほえー、池の水全部抜いてみたみたいなことをした人達が居るんだね。
「それでどうなったんですか?」
「最下層まで降りて一匹も魔物が残っていない事を確認したのに次の日には魔物がダンジョン中にいたらしい。そこからダンジョンの魔物を絶滅させて安全にする事は不可能という結論になったんだとよ」
「「へぇー」」
成程ねぇ。多分だけど魔物を復活させたのはダンジョンを管理している大神だろうね。彼等は自分の方が相手より優れているんだって争ってるから、争わせる為のダンジョンが安全になるのは都合が悪いからだろう。
「っていうかお前は知ってないと駄目だろ」
「いやー、あんまり退屈で学校の授業じゃ寝てたんだよ」
うーん不良生徒。
ともあれ、私はトレーラーキャンサーの討伐を続ける。
「そういえば、さっき沖に出て狩りをしてるって言ってましたけど、どうやってるんですか? もしかして泳いで?」
ふと疑問を抱いた私は戦いながらおじさん達に尋ねる。
「船のマジックアイテムがあるんだよ。普段はミニチュアの船なんだが、水に浮かべると本来の大きさになるんだ」
へー、そんなマジックアイテムがあったんだ! 面白そう!
「動力は魔力だからガソリンも電気も不要でな、操作は普通の船と大差ない。ただ船を動かす為の動力兼操舵士が必要だから、メンバーの一人は戦力外になるな」
ほうほう、水辺の専門家だからこそ普通の探索者とはやり方が違うらしい。
「そうだったんですねっと!」
私はトレーラーキャンサーを倒して次のトレーラーキャンサーを探す。
クンタマと献獣合体している事で、魔物の匂いに敏感になっている。
だから次のエリアに移動しつつ、出会った探索者達にカニを渡してゆく。
「頑張れよカニの嬢ちゃん!」
「今日こそ見つかると良いな!」
「ありがとー!」
もはや見つからない事が恒例となりつつも、気のいいおじさん達が応援の言葉をかけてくれる。
「よーし、今度こそ!」
グォォォォォン!
けれど出てきたのは普通のトレーラーキャンサー。
残念な事にクンタマの嗅覚は魔物の位置は分かってもどの魔物かまでは分からない。
『役に立たなくてごめんキュ』
(気にしなくていいよ。やみくもに探すよりは遥かに効率が良いし)
脳内で謝って来たクンタマを宥めつつ、私はトレーラーキャンサーと戦う。
「気を付けろよー!」
「そら、今だ!」
そんな風に戦う私に、おじさん達が酒を片手に声援を投げつけてくる。
反対の手で茹でたカニや焼いたカニをつまんで完全に観戦気分だよ。
そうなのだ、探索者達はすっかり私があげたカニでパーティしながら戦いを観戦するのが流行となってしまっていたのだ。
探索者パーティがパーティってか。うっさいわ!
「あー、おしい!」
「今回も違ったかー」
もう完全に酒の肴にされているのだが、邪魔してこないのだからまぁ良いか、良いと思おう。
寧ろ彼等がたむろしているお陰で、私も他の魔物や不埒な横取り狙いの心配をせずにレアモンを探せている訳だし。
と、その時だった。
「ん?」
突然青い何かが視界の端をよぎった気がしたのだ。
「今のは……っ!?」
刹那、私に向かって青い流星が飛び込んできた。
いや違う、これは星じゃない、ハサミだ!
「これは!」
私は青いハサミの突撃を回避すると、後方に下がって攻撃の主の姿を視界に納める。
そこにいたのは、真っ青な体をした巨大なカニだった。
「来たぁぁぁぁぁっ!」
遂に来てくれた! ブルートレーラーキャンサー!
「「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
同じくブルートレーラーキャンサーが出て来た事で探索者のおじさん達も歓声を上げる。
「ッ!!」
ブルートレーラーキャンサーが飛び込んでくる。
先ほどと同じように鋭いハサミの突きが私を襲う。
「なんの!」
私はブルートレーラーキャンサー攻撃を回避し、その腕に飛び乗って腕の関節に剣を振り下ろす。
「ッ!」
けれどブルートレーラーキャンサーは反対側のハサミを私に向けて突き出してくる。
「うわっ!」
思った以上に攻撃が早い。
流石レアモンだけあって動きにキレがあるよ。
けれど私も負けてはいない。クンタマと合体している事もあって私の身体能力は遥かに上がっている。
十分対応可能だ。
「でも攻撃して良い場所が限られているのは困るよね」
ブルートレーラーキャンサーはその特性上、攻撃して良い場所が限られていた。
ある事情で胴体を狙えないもんだから、攻撃するなら腕か足しかないのだ。
でもハサミは最強の武器であり盾なので、必然的に攻撃する箇所は関節部分になる。
当然ブルートレーラーキャンサーもその事を理解しているのか、そうはさせじとガードしてくる。
「コイツ強い!」
見た目はカニだけど、有利不利を理解する賢さがある。
優れた本能とかじゃなく知恵を持っているって事!?
「流石レアモンだな。動きのキレが違うぜ」
「ああ、ありゃあカニキラーの嬢ちゃんでも苦戦するだろうな」
「頑張れよー嬢ちゃん!」
などと気楽な様子でカニ鍋をつつきながら口々に話し合うおじさん達。
戦わない人達は気楽でいいなぁ!
「ならっ! 『水腕』!」
私はブルートレーラーキャンサーの足元の海水を動かして足を拘束する、けれど……
「上手く水が動かない!?」
何で? ブルートレーラーキャンサー相手だと効きにくいの!?
「海水だからだよ」
と、声をかけて来たのは腰の小瓶から顔だけ出したリューリだ。
「私は泉の妖精だから私と合体して覚えたスキルは真水以外の水と相性が悪いんだよ。海水を自由に操るなら海の妖精か私達より上位の、それこそ精霊の力を借りる必要があるんだよ」
なんと、妖精合体で覚えたスキルにそんな弱点があったなんて!
想定外のトラブルに戸惑った私だけど、完全に効いていない訳じゃないと気を取り直す。
「たりゃあーっ!『強撃』!!」
多少なりとも足の鈍くなったブルートレーラーキャンサーの後ろに回り込み、私は右のハサミの関節に『強撃』のスキルを叩き込む。
「っ!?」
腕に大きなダメージを受けたブルートレーラーキャンサーは表情こそ分からないものの、動きに動揺が混じったのを感じる。
そして物凄い勢いで逃げだした。
「って、ええーっ!?」
まさかそこで逃げる!? さっきまで滅茶苦茶殺る気満々で襲って来たくせに!?
私は慌ててブルートレーラーキャンサーを追う。けれど全力を出したその速さはすさまじく、まるでF1のような速さで真横にカッ飛んでゆく。
「スキルで動きを鈍らせてるはずなのに!」
「もうとっくに有効範囲外だよ!」
なんと! 水腕スキルにそんな弱点が!? いや確かに今までは逃げられる事なんて無かったから有効射程とか考えたことも無かったけど。
「ってヤバイ!」
見えてしまった。私から離れたブルートレーラーキャンサーが向きを変えて、海に向かって駆けだそうとしている光景を。
「待って待って待って!」
あかーん! ここで海の中に潜られたら追いつけなくなる!
「リューリ、水の中で自由に活動できるスキルある!?」
「無理! 真水の中ならともかく海の中は縄張りが違うから!」
やっぱだめかー! って、ああ動き出した! ホント待って待って!
「今だぁぁぁぁっ!!」
その時だった。
突然海に突撃しようとしていたブルートレーラーキャンサーの前に巨大な水の壁が立ち上がったのである。
「あ、いや違う!?」
アレは水じゃない、水の中から出てきた巨大な網だ!
網は突っ込んできたブルートレーラーキャンサーを受け止めると、その体をもつれさせてゆく。
でもなんであんな所に網が!?
「がはははははっ! ひっかかったな!」
してやったりと声を上げたのは、探索者の一人のおじさんだった。
「おじさん!?」
おじさんがあれをやったの!?
「ふっ、カニの嬢ちゃんがレアモンを探してると聞いて色々伝手を頼って調べておいたのよ。そしたらアイツ、不利になったらなりふり構わず逃げる事があるって聞いてな。それで漁師系探索者連中を動員して罠を仕掛けておいたのさ」
と、おじさんが振り向かずに親指で後ろを指すと、その奥でカニパをしていた探索者のおじさん達が手をふったり、お酒の入ったグラスを掲げてイエーイと歓声を上げる。
「何で?」
あんな遠くに逃げた相手を捕まえたって事は、罠はかなり広範囲にわたって仕掛けられていたに違いない。
でも何でそこまでしてくれるのかが分からない。私達はちょっと獲り過ぎたカニをやり取りする程度の間柄だった筈なのに。
「どうもこうも、同じ海で漁をする仲間じゃねぇか! それが浜でも沖でも関係ねぇ! 海の漢は仲間思いなんだよ!」
「なんてな! まぁいつも貰ってばっかじゃ悪いからよ。このくらいは手伝ってもバチは当たらねぇんじゃないかって思ったのさ!」
「そうそう、一人1網だから実はそう大した手間はかかってねぇよ」
「それよりも嬢ちゃん! アイツが逃げ出さないうちに引導を渡してやりな!」
はっ、そうだ! 折角ここまでして貰ったんだ。アイツが網を破る前に動きを止めないと!
「ありがとうございます!」
これ以上話していては皆の気持ちを無駄にしちゃう。私は全力で網の中でもがくブルートレーラーキャンサー目掛けて走る。
「うぉっ、速ぇっ!」
「何て速さだ!」
「今度こそ、くらえぇぇぇぇぇ!」
こうして、おじさん達の協力を得た私は見事ブルートレーラーキャンサーを討伐したのだった。
『レベルが上がりました▼』
あっ、レベルが上がった。
でも今はカニの方が大事なのでスキップして後で確認ね。
私はブルートレーラーキャンサーのはさみと足をカットすると、魔法の袋から大きな鍋を取り出してそれに放り込む。
使うのは食用魔物調理用のトラックくらい大きなシロモノだ。
魔物料理の中には大きな塊や元の形を保ったままで調理しないと美味しく調理できないものが結構あるんだって。
そしてこのブルートレーラーキャンサーもある意味そういう素材だ。
「さて、それじゃあ煮込んで……」
「おっと待ちな嬢ちゃん! 海鮮魔物食材を茹でるならこの出し汁の素を使いな! 鍋なら野菜も入れねぇとな!」
と、やって来た探索者のおじさん達が持ち込みの出し汁や野菜を鍋に放り込んでゆく。
って準備良いなおじさん達!?
「煮込みは俺に任せな。これでも魔物調理師資格持ちだ」
なんか料理人も居た!?
気が付けばすることも無くなってしまい、私はおじさん達の用意した座布団に座って待つばかり。
「よし出来た! それじゃあ嬢ちゃん、狩ったヤツの特権だ! バカッと開いちまいな!」
「あっ、はい!」
鍋が完成した私はおじさん達に呼ばれて鍋に近づいてゆく。
そして差し出された魔物鍋用の耐熱ゴム手袋をはめると、鍋の中で煮えるブルートレーラーキャンサーの腹をガパッと開いた。
幸い、おじさん達が切れ目を入れてくれていたので、大きいけど開くのは簡単だ。
お腹を開くと、ふわりと濃厚なカニ味噌の匂いが漂ってくる。
そうなのだ、ブルートレーラーキャンサーのお腹には通常のトレーラーキャンサーと違い子ガニはおらず、代わりにカニ味噌が詰まっているのだ。
「では頂きます!」
私はオタマでカニ味噌を掬ってお椀に入れると、ズズズと啜る。
「……っ!?」
瞬間、脳髄に響くような芳醇な味わい。
「~~~っ! 美味しい!!」
それを言うだけで精いっぱいだった。
ブルートレーラーキャンサーのカニ味噌は暴力的なまでに美味しく、ただただ美味しいという言葉しか出てこない。
私は夢中でカニ味噌を啜る。それはまさに至福のひと時。
気が付けばお椀の中のカニ味噌は無くなってしまっていた。
でもお椀にまだこびり付いている味噌が勿体ない。
そう思った私はカニの足から身を切りだし、それにカニ味噌をつけて食べる。
「っ! ふまっ!」
ああっ、これも美味しい! カニの身にカニ味噌をつけて食べるの最高!
そりゃそうだよね! 最高に美味なカニ味噌の肉なんだもん。相性良いに決まってる!
やばい止まらない!
私は夢中でカニの身に味噌をつけて食べるも、あっというまにお椀はピカピカになってしまった。
でも心配は無用だ。だってカニ味噌はまだあんなにある。それこそ私一人じゃ食べきれないほどに。
寧ろ食べきれなくて腐らせてしまうのが勿体ない。
じゃあどうしよう? 冷凍? ううん、もう調理しちゃったしそれはよろしくない。
ならどうする? 決まってる。
私はお椀にお代わりをよそうと、後ろを振り返って声を張り上げる。
「たくさんあるので皆さんも一緒に食べましょう!」
そうだ、ブルートレーラーキャンサーを食べることが出来たのは彼等の協力あってのこと。
なら皆にもお礼をしないとね!
「「「「「うぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
余程食べたかったのか、おじさん達が涎を垂らしながらお椀片手にやってくる。
「うぉぉー! とんでもねぇ程良い匂いで待ちきれなかったぜ!」
「まったくだ! こんな匂いを嗅がされちゃ我慢なんて出来ねぇぜ!」
「ありがたく分けてもらうぜ!」
おじさん達はよそったカニミソをズズズッと啜る。
「「「「「美味ぇぇぇぇぇっ!!」」」」」
感極まったおじさん達が叫ぶ。
「なんだコレ! 美味すぎんだろ!」
「こりゃあ酒が止まらん! 美味にも程があるぜ!」
「これだけ美味けりゃレアモンなのも納得だ!」
おじさん達は口々にカニ味噌を褒めたたえながら酒やカニの身を口に運ぶ。そして二言目には、
「「「「「美味ぇーっ!!」」」」」
と叫ぶのだった。
いやホント、今までの苦労が報われたって実感するよ!
「んー、美味い! こういうのも良いわねぇ!」
『すっごく美味しい!』
私からカニ味噌を受け取ったリューリと合体して味覚を共有しているクンタマも喜びに打ち震えている。
クンタマの感動が体にも伝わるのか、私に生えたシッポがピコピコと嬉しそうに揺れ動くのが分かる。
「カニ味噌サイコーッ!!」
「「「「サイコーッッ!!!!!」」」」
そんなこんなで私達はカニ味噌が尽きるまで味噌パを続けたのだった。
◆
「って感じで凄く美味しかったんですよ!」
「「「「……何でそんな酒が美味そうな話に儂等を呼んでくれなかったの?」」」」
「あー、えっと……ごめんなさい」
後日、何かの拍子で味噌パの事をお爺ちゃん達に話したら、物凄く悲しそうな目で言われてしまったのだった。