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第105話 欲望の制御はとても難しい(興味のない人は逆に怖いことする)

 ◆とある老富豪◆


「若返りのポーションはまだ手に入らんのか!」


 儂は苛立ちの限界にあった。

 世間を騒がせた若返りのポーション、それが事実であることは確認が取れたのだがいまだにポーションを持つ者に接触が出来ないのだ。

 原因はポーションを求める者達が殺到した事で、製作者が姿を隠してしまったからだ。


「ええい、これだから対価も払わずにすがろうとする乞食共は!」


 公の場で言ったら大炎上しそうな言葉が口を出るがかまうものか。ここには私と腹心の部下しかいない。


「なんとかならんのか!」


「相手は神出鬼没の妖精ですので、向こうが姿を見せるのを待つしかないかと」


「そんな事は分かっとる!」


 誰にでも言える様なことしか言わん無能な部下に酒の入ったグラスを投げて黙らせる。

 構うものか、コイツは探索者じゃ。レベルアップの恩恵で無駄に体だけは頑丈に出来ておる。


「ならばあの妖精とか呼ばれとる娘の関係者を捕らえて引っ張り出すしかあるまい」


「会長! それはいけません!」


「何がいけませんだ! お前達が無能だからこんな方法しかないのだろうが!」


 以前、妖精の娘の関係者達がスキルとかいう魔法ではない不思議な力を使った事が話題となった。

 そしてスキルは妖精に気に入られなければ覚える事は出来ないのだと。

 その為各国で妖精には手を出さないようにという新法が成立された。

 その所為で妖精の娘に直接手を出す者は激減した、少なくとも表向きは。


「スキルなぞ所詮探索者共の都合じゃろ! 若返りは儂等の命に係わる話なんじゃ!」


 儂ももう長くない。それなりに高齢なこともあるが、若い頃の無理で体中がガタガタじゃ。

 いつ発作が起きて死ぬとも限らん。

 だからこそ、若返りのポーションを手に入れて若かりし頃の健康で瑞々しい肉体を取り戻す必要があるんじゃ!


「儂の会社はまだまだ成長の余地がある。じゃが指導者である儂が居なくなれば、容易く他社にのみこまれてしまうじゃろう」


 どれだけ会社が巨大でも、後継者や社員が無能ならあっという間に潰れてしまうのが世の無常じゃ。

 儂等が大きく育てた会社をケツの青いヒヨッ子共に任せるには不安しかない。


「しかし妖精に手を出すとしてもやりたがる者はいませんよ」


「いるじゃろう、裏の探索者連中が」


 探索者には人には言えないような仕事をする者も多い。

 当然じゃ。ダンジョンに潜りレベルアップやダンジョン産の希少なアイテムによって強力な力を得た者がする事は己の力を利用する事。

 その中でも最も容易なのは暴力を金にする方法じゃ。


「会長! それは!」


 部下が儂を諫める様なことを言うが何を今さら。

 このご時世企業が自分の部下に任せられない案件で裏の連中を使うのは当たり前の事じゃろうに。


「金を惜しむな。寧ろ標的を捕らえたら一生遊んで暮らせるだけの報酬を渡すと言えばスキルとかいう怪しげな力など手に入らなくなっても構わんと思うだろうよ」


 事実大抵の事は金で何とかなる。

 取引も、競合相手も、そして会社のトラブルで訴えてきた相手もな。


「妖精といっても人質を取られれば断れまいて」


 既に他の連中も動いておる筈じゃ。

 先を越される前に若返りのポーションを手に入れねば。


「……畏まりました」


 ◆


「作戦の決行は今日だったな」


 あれから数日後、コンタクトを取った裏の探索者達を集め、妖精の娘の関係者の家を襲撃する手筈が整った。


「はい。念のため関係者の家から離れた場所でも同時に事件を引き起こし、警察の注意を引き付ける手筈です」


「うむ」


 細かい事はどうでもよい。聞きたいのは吉報だけじゃ。


「妖精を従える事が出来れば若返りのポーションを定期的に得る事も出来る。いや、原材料次第ではポーションの製法を吐かせる事で自力での量産も可能になるかもしれん」


そうなれば妖精が姿を消しても問題はない。

何より世界中の権力者が若返りのポーションを求めて儂に逆らえなくなるじゃろう。


「くくく、楽しみじゃのう。早く吉報を聞きたいものじゃ」


「それは難しいかと」


「何?」


 儂の楽しみに水を差してきたのは部下の一言じゃった。


「どういう意味じゃ」


「どうもこうも、こういう意味ですよ」


 奇妙な事を言う部下がパチンと指を鳴らすと、突然ドアが音を立てて開き、無数の武装した人間が入り込んできた。


「な!?」


「警察だ! あらかげ商事会長荒影昭三、お前を強盗誘拐並びに脅迫の現行犯で逮捕する!」


「な、何じゃと!?」


 ど、どういう事じゃ!?

 儂は部下にどうなっているのだと問い詰めようとする。しかし部下は儂に背を向け、警察官たちの下へと向かってゆく。


「お仕事お疲れ様です」


「こちらこそ、ご協力感謝いたします」


「や、山形? これは?」


 儂が呼びかけると部下がこちらに振り返る。


「まだ気づいていないようですのでお答えします。簡単に言いますと、私が警察に通報したのですよ」


「な、なんじゃと!?」


 山形が!? 警察に通報!? 何故じゃ!?


「お忘れですか? 私は現役の探索者なのですよ。貴方の秘書兼護衛として今も鍛える為にダンジョンに潜っているのです」


「そ、それがどうした!? 儂の部下だと言うのなら何故儂を売るような真似をした!?」


 血管が切れそうになるほどの怒りを堪え、儂は山形を問い詰める。


「以前より探索者協会ではかの妖精騎士姫に関して注意喚起が出されていたのですよ。目先の金銭や名誉に惑わされて迂闊な真似をするな。もしそんな事をしようとしている者がいたらすぐに探索者協会に報告せよとね」


 それは儂とて知っている。寧ろ探索者協会から民間に対しても注意喚起が出ていたくらいなのじゃから。だがそれでも何故儂を裏切る!?


「貴様! 儂を! 会社を裏切るつもりか!」


 山形は探索者である前に儂の会社の社員じゃ。

 その社員が最高権力者である会長を裏切るとは何事か!


「その件ですが、社長からの直々の命令でして」


「な、何? 息子の?」


「ええ、現在会社を切り盛りしているのは御子息の社長です。そしてその社長から社内で法に触れる様な行いを目論んでいる者がいたらすぐに報告せよと我々秘書に社長命令が下っていたのです。その相手が会長だとしても、と」


「なっ!?」


 息子が、儂を!?


「社長は会社の存続を最優先で考えておりますので、今回の件も身内の不祥事を警察に自首の形で報告し、他の反社会的勢力をいぶりだす事で国に協力する事で公に会長が問題を起こした事の公表を中止して貰うよう交渉したのです。つまり司法取引と言うものですね」


 司法取引、息子は儂を警察に差し出す事で会社を守ったと言いたいのか!?


「なっ、かっ……」


「警察と協力して反社会的探索者を炙り出し、更にわが社の情報網も使って同じように妖精に手を出そうとしている会社及び資産家の情報も提供しました。中には結構な大物もいましたよ。これら全ての人物を犯罪者として公表したら国が、いや世界が大騒ぎになってしまうでしょうね。ですから、どこの会社も命令をした者を積極的に国に差し出す事を選んでくれました」


 つまり、儂の行動は最初から国に筒抜けだったという事なのか……


「会長、貴方には理解できないと思いますが、スキルは非常に有益な力です。現在の人類はダンジョンで得られる利益によって繁栄を享受しているのですから。しかしダンジョンは攻略すればするほど難易度が高くなる。そして攻略をおろそかにしたら最悪魔物がダンジョンから溢れて大きな損害が生まれてしまうのです。だからスキルを得る手段を失うことは人類にとって大きな損失なのですよ。まぁ、ダンジョン社会に本当の意味で適応していなかった貴方には理解できないでしょうけどね」


 山形が、部下が何か言っているのだが、声が良く聞こえん。もっと大きな声でしゃべらんか……

 なんだ? 電気を消したのか? 周囲が暗くなって……

 ドサッ


「……興奮し過ぎて発作が起きたようですね。救急車の手配を。会長にはこのまま体調不良で公の場から引退してもらいましょう」


 それが、最期に聞こえた部下の声じゃった。


 ◆アート◆


『本日、ダンジョンの妖精と呼ばれる少女を誘拐する為の決起を行っていた反社会探索者の集会に警察が踏み込み、全員を逮捕しました』


「ふえ?」


 ぼけーっとテレビをつけていたら、聞き覚えのある単語が耳に入って意識が覚醒する。


『反社会探索者達は近頃話題に上っていた若返りのポーションを狙って少女の誘拐を目論んでいたらしく、パーティメンバーからその話を聞いた探索者による通報で事態が発覚したとの事です』


「ポーション欲しさに女の子を誘拐しようなんて怖い人達がいるのねぇ」


 一緒にニュースを聞いていたお母さんがおっかないわぁと眉を顰める。


「んー、大丈夫だよ。アユミ様ならいざとなったら飛んで逃げれるから」


「そうなの?」


 実際には飛ぶんじゃなくてスキルでワープするから、例えぐるぐる巻きにされても逃げだせるんだけどね。

 でも流石にそこまで家族に教える訳には行かない。


「関係者によると、反社会探索者を支援していた組織の存在が確認されたらしく、警察はその件でも詳しく調査するとの事です」


 うわー、犯罪を支援する犯罪組織とかこの国も見えない所で荒れてるなぁ。


「心配だわぁ。妖精の子って小さな子供なんでしょう? そんな子にもしもの事があったらと思うとお母さん心配だわ」


「大丈夫だよお母さん。アユミ様は物凄く強いんだから。ダンジョンのボスも一人で倒しちゃうし、このカニだって親はものすっごく大きいのに倒しちゃうんだよ」


 と、私はテーブルの上に置かれた鍋の名でグツグツと煮える真っ赤なカニを指差す。


「そうなのね。こんなに美味しいカニを自分で採ってこれるなんて探索者って凄いわよねぇ」


 いまいち分かっているのか怪しい様子でお母さんは鍋の中のカニを小皿に移す。

 でもホント、身の程知らずの人達がいたもんだ。

 下手したら、っていうか今まさに重罪人として捕まったのに。


「そんな割の合わないことするより、普通にレベルをあげてダンジョンを攻略した方がよっぽど安全でお金になると思うのになぁ」


「あのね、あーちゃん、そもそもダンジョンに潜るのは危ない事だとお母さん思うんだけど」


 それはまぁ、そうだね。

 などと、本当は自分達が狙われていた事も知らず、私達は他人事のように話していたのだった。

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