8.投稿するのはやめてくれ!
「で、なんで女装メイク動画やることになってんの?」
「いやだからその、話の流れで」
「カナタさんに言い包められた?」
「まぁ、そう……」
火曜日。ダンスレッスンに向かう途中でメイク動画の予定について真白に相談して、着替えて、レッスン前のスタジオで柔軟しながら、呆れた顔で詰められている。
やりたくなかったんだよ、俺だって!今からだってお断りしたいけど相談に乗ってもらった手前そうもいかねーだろ!
そして相談内容はおまえに勝ちたいけどどーしたらいいですか?だよ!言えねーよ!
「……まぁ、決まっちゃったもんはしょーがない。場所は?カナタさんとこ?」
「あぁ……いや、お前は出ないから場所は関係な」
「アホか。カナタさんとこのチャンネルの再生数はあくまでカナタさんのもの。俺達のチャンネルの再生数が増えるわけじゃない」
アホきました。そんなんわかってるわ。
「そりゃそうだけど、宣伝にはなるし興味持ってくれる人増えるかもしんないだろ」
「そこで終わるな。コラボ動画撮るなら関連でうちも動画出すぞ。同日で。向こうの動画から直接飛んでもらえるよう連続性のあるもの。今回なら女装した状態でのダンス動画かな。つってもうちはニコイチでしかダンス動画出せないから、俺も出る。出来ればカナタさんも一緒に」
お、恐ろしいこと言ってるぞコイツ。
何を言ってるんだ。
いやわかる。わかってしまったけど。
「カナタさんのとこから飛んできてくれる人は可愛いのが好きだろうから、流行りの中でも女子向けのやつ。振り自体は簡単だから突発でもなんとかなるだろ」
いやいやいやいや、さっき話したばっかりなのになんでそこまで?
はやすぎない?
「俺はいつもどおりでいいとして、颯真は……衣装も借りられるかな?でもカナタさんのサイズだと合わないよな。そこまで用意してもらえるのか確認して、そのままダンス撮影したいからやっぱ場所も確認して……」
ひっ。
なんかカナタさんのときとは違う怖さと速さでことが決まっていく。
ていうかオレ個人を売るための戦略のはずが、しっかりがっつり真白も噛んでるぞ?
「もし使えるならここのスタジオで撮りたいな。やっぱ鏡あるからダンス動画撮りやすいし。でも移動がなぁ……やっぱカナタさんとこで撮らせてもらうか。そんな激しい振りじゃなければいけるだろ」
「いやあの、真白?俺、そこまで自分の女装を晒す気は……」
「カナタさんに言い包められた時点で全世界に配信されるの確定なんだから諦めろ。むしろこのチャンスを逃すな」
嘘だろ。
おれの女装が。
カナタさんとこの視聴者のみならず。
流行りのダンス動画を漁っているだけの人の目にも触れると。
「ふ、ざけんなよ!そもそもお前が!可愛いのはやりたくないとか我儘言うから!数字稼げそうなのに今までやってこなかったのに!急に手のひら返しやがって!」
「うるせぇ俺だっていまだにやりたくないわ!お前だけでそこまでやれんならやってみろ!」
「いや無理。ごめん」
うん。無理だわ。ピンで女装してダンスとか、一人じゃ無理無理。絶対無理。なんの罰ゲーム?
それに、真白の提案がすげー面白そうなのは、わかる。
女装男子(仮)と、男装女子と、女装男子(本職)で並んでダンスとか、全然興味ない人でも見ちゃうんじゃないか?
この場合、カナタさんが参加してくれれば、俺の仕上がりが酷くてもネタ枠として許してもらえる気がする。
黒沢さんとか社長も喜びそうだし、これはちょっと、可能性を感じざるを得ない……。
結局レッスン後にカナタさんに連絡することになったけど、それは俺じゃなく真白の担当になった。
色々詰める事多すぎて俺じゃ処理しきれないんだよ……。
それからほぼ二週間後。
梅雨も開けてすっかり夏。晴れ渡る空、滴り落ちる汗。
俺達は土曜日の昼間、カナタさんのスタジオ(として借りてるマンションの一室)になんとか辿り着いた。
最寄りのコンビニで買ったアイスが溶けそうな暑さだ。
「はいはい。いらっしゃ~い。うわ汗すご」
出迎えてくれたカナタさんはすでに女装していた。小綺麗な女子アナみたいな格好だ。
これ、近所の人はどう思ってるんだろう。妹かなんかだと思ってるのか、本人だとバレてるのか……。まぁいいか。今の問題はそこじゃない。俺がこれからこういう……かどうかはわからんが、女装することが問題だ。
朝からずっと死にそうな顔してる俺と違って、真白は通常通りのポーカーフェイスだ。
「すいません、荷物多くて。先に置かせてもらっていいですか?あ、あとこれアイス買ってきました」
「はいはい。アイスサンキュ。左手の部屋に置いていいよ」
2LDKのうち、リビングと玄関左手の部屋が撮影用、もう一部屋は動画編集に使う作業部屋兼衣装部屋だそうだ。
名義はカナタさんだけど、グループ全員で自由に使っているらしい。動画のために部屋借りられるなんてすげーなーと思ったら、親戚が持ってる物件を格安で借りてるらしい。んな金持ちの親戚がいるのもすげーな。
「さて、いったん汗止めないとメイクできないし、先に打ち合わせしとこうか」
リビングのソファは白い。そして小物も白が多い。そこに混ざるのは、ピンクや紫。飾られているのはぬいぐるみやアクセサリーや花。めちゃくちゃ配色が女子で、落ち着かない。
真白の部屋は落ち着いてるんだけどな。いやこいつはそもそも女子にカウントされないけど。
「確認だけど、ほんとに真白はやんないの?」
「やりません。俺、アイドル活動で女装はしないと決めてるんで」
まぁ、そうなるよな。だって女装が女装にならないし。
いや、見たことないから違和感という意味では女装になるだろうし、興味なくはないけど、本人がやりたくないのをやらせるほどじゃない。
「そっかー。残念。めちゃくちゃ可愛く仕上げるプラン考えてたんだけどな。あ、プライベートでやる気になったら教えて?」
「その予定もないです」
こういうの、取り付く島もないって言うんだっけ?
まぁカナタさんもにこにこしてるし、わかってたんだろうけど。
「俺も真白が女のカッコしてんのは数年見てないですからね。かなりレアですよ。中学のときの制服ではスカート履いてたけど」
「スラックスなかったからな。私服で女物は……しばらく買ってないな」
「えー……もったいな……両方着こなせる素材なのに……」
カナタさんの視点からすると、そうなるんだな。似合うものを着て、自分を魅力的に見せるのが正義、って考え。
しかし真白の女装って……いや。やめておこう。今の俺に雑念は必要ない。明鏡止水の境地で受け止めるしかないのだ……。
「さーて颯真」
「はい」
そう、受け止めるしかない……。俺はマネキン……とりあえずダンスまでは動かなければいい……。
しかしそんな面白くない反応を放っておいてくれる先輩と相方ではなかった……。