70.片岡理絵奈
すいません、間が空いて記憶が飛んだらしく、時系列に齟齬があったので最後数行消しました。
片岡理絵奈(旧姓宝田)は、いわゆるいいところのお嬢さんだった。地元の名士である父の元、やりたい習い事はやらせてもらえたし、欲しいと思ったものは大抵手に入った。
だからといって、甘やかされたわけではなく、善悪の判断はつくよう躾けられたし、驕り高ぶったりせず、人を下に見ることもせず、おおらかで分け隔てない性格に育った。
品のある整った外見は異性にも同性にも好感を持たれるものだったし、性格的にも穏やかで、彼女を悪しざまに言うのは嫉妬ややっかみを抱えたものだけだった。
そんな彼女には幼なじみがいた。片岡真佑という男は見た目には少々粗野だが、心優しく正義感に溢れた人物だった。身体が大きく育ったせいで見た目の威圧感は年々増していったが、頼りになるという評価を集めて、こちらはどちらかというと同性に好かれるタイプだった。
そんな二人はただの幼馴染としての付き合いが長く続き、年頃になって相手を意識したのはほぼ同時だった。高校卒業前に付き合い始め、大学を卒業した後、真佑の仕事が落ち着いた頃に結婚した。
高校生の頃からスカウトに声をかけられたりしていた理絵奈は、大学生時代に読者モデルとしてデビューし数年活動した。大きな雑誌の四番手くらいの扱いで、テレビに出るほどではないが読者には一定のファンがいた。結婚前にモデルの仕事は辞め、アパレルやメイクのパートやバイトをしながら主婦業をこなし、二十代のうちに第一子を出産。それから2年後には次男、颯真が生まれ、三男まで男が続いたのでもう限界だと思ったが、娘が欲しいという夫の要望で四人目まで産んだ。結果は男の子だったが、夫は息子たちを可愛がってくれたので後悔はない。目の回る忙しさは10年以上続いたが、末っ子が小学校に上がってようやく少し落ち着いた。
「それでねぇ、つい颯真に『お父さんだって出来るんだから、あなたも真白くんのこと助けられるようにならなきゃだめよ』って言っちゃって」
「そのとおりだろ」
末っ子が就寝した頃、帰宅した夫に夕飯を出して、同じテーブルでお茶を飲みながら話をする。これが理絵奈にとっては1日で一番落ち着く時間だ。
「でもそれじゃ、真白くんがお嫁さんになる前提じゃない?流石にファンの子たちには聞かせられないってことになって」
「あぁ、確かに。まどろっこしいな」
「またそんな言い方して。アイドル活動してなかったら、きっと今でも変わらなかったわよ、あの二人」
「そうか?」
首を傾げる夫は、鈍感とまでは言わないが、乙女心にはあまり理解がない。少々複雑な真白の心理や、それを相手にするのが当たり前になっている颯真の関係も、仲がいいなとしか感じていない。
そのことに、仕方ないと小さくため息だけついて、絵里奈は続ける。
「そうよ。客観的な意見とか、普通の高校生じゃ経験しないようなトラブルもあったし、数年後の関係まで考える機会があったから、ようやく踏み出せたのよ」
「……そんなもんかな」
「そうよぉ。颯真はあなたみたいに積極的じゃないの」
「ありゃ美結が特殊だからだろ」
「それもあるけど、あの子ちょっと女の子が苦手な節もあるのよね」
「だから美結?」
その言い草も真白に失礼な気もするけれど、ここは大目に見ておく。本人の前だったら釘を差しただろう。
「というより、美結ちゃんとべったり過ぎて他の女の子とあんまり接触してこなかったから『知らない生き物』みたいな」
「ぶはは!確かにな!」
「笑い事じゃないのよ。美結ちゃんと上手くいかなかったら、次の彼女は苦労するわよ」
「……次はないだろ」
「……まぁ、そうね」
次はきっとない。それは颯真に合う女の子が他にいないというよりも、二人がうまくいかないわけがないという確信だ。絶対にうまくいく。そして、破局しないだろうから次はない。この認識は、言葉にせずとも夫婦で一致していた。
理絵奈がマグカップを空ける間に、真佑は二人前と言っていい量の夕飯を平らげていた。明日も勤務なので、今日はアルコールを摂取しないとわかっている。真佑の分のお茶を淹れて、話を再開する。
「もうねぇ、はやくくっついてほしくて、口出ししたいの我慢するの大変なのよ」
「いやぁ、口出ししてるんじゃないか?颯真にしたら」
「そりゃちょっとは……」
「ふ。見守ってやれよ。アイツも男として成長しないとな。それこそ美結に世話にしてもらってばっかになるぞ」
「……そうね。いつまでも親が口出ししてちゃ、成長しないわね」
そうしみじみと呟いた理絵奈の気持ちに嘘はなかった。息子の成長を願い、実際に成長を目にすれば嬉し涙が溢れてくるくらいに心から喜んでいるのだ。
ただ、口出しをして息子の株を上げて、二人がうまくいくようにしたいという欲求が強すぎた。
「……雑誌取材とは聞いてたが……お前これ……何万部売れてるんだよ」
「えっと……」
取材を受けたのは読者モデル時代の知り合い。とは言え当時はアシスタントのような立ち位置だった彼女も、今となってはバリバリのライターだ。その彼女の受け持つコーナーはそのものは小さいとはいえ、掲載誌はどこでも売っているような大手のもの。子供たちの後押しのためならと、自分の顔も名前も使っていいと言ってしまったことを、今、少しだけ後悔している。
愛しの旦那様が、怒りではないが呆れをにじませているからだ。
「まぁ悪いとまでは言わないが……お前自身の心配までしなきゃいけないとは」
「わ、私は大丈夫よ。もう引退して二十年よ?一般人だもの」
「そうは言うけどな……」
しかも、自分の身を心配してのことなので、強く言い返すことはできない。それにしたって、五十間近のおばさんの身を案じるのは、心配しすぎだとは思うけれど。
「ママ友とかご近所さんには騒がれると思うけど、その程度よ。それより颯真に頑張ってもらいたいの」
「またそれか……いや、わかるけどな。あの真白を超えるには手段は選んでられないってのは」
真佑が「真白」と呼ぶのは、美結をアイドルとして見ているときだ。その口ぶりから察するに、彼の目から見て、アイドルとしての真白は颯真よりかなり上ということだろう。そしてそれは、理絵奈も同じだった。
「そうなのよ。颯真だってかっこいいとは思うけど、なんていうか……アイドルらしさ?キラキラして、誰かの心臓に刺さるような尖った魅力っていうの?そういうの、真白くんには及ばないのよね」
「ありゃあちょっと真白が特殊なんだとは思うが……仕方ねぇな。超えるって、約束しちまったんだろ?」
「そうみたい。ほんと、遠回りしてるわよね」
「はぁ……まぁ、もう決まっちまったもんはしょうがねぇな。せめて颯真がカッコつけられるようにしてやれよ」
「もちろん、そのつもりよ」
そんな会話からしばらくして、Alice blueの記事が載った雑誌が発売される。
その反響は凄まじく、公式チャンネルの同接数はこれまでの最高人数の倍を記録し、以前投稿した動画の閲覧数も伸びまくった。
その伸びはピックアップされてさらに多くの目に留まり、落ち着くまで2週間程度かかった。ファンとして残ったのは一部とは言え、雑誌の発売前からは考えられない数になっている。
事務所は大喜び、本人たちも戸惑いつつも喜んでいる……はずだった。
「二世扱いは想像してなかった……」
頭を抱える息子を前に、理絵奈は内心冷や汗をかいていた。完全に自分の手柄であり失策である。
元読モの自分の息子として、小さなネットニュースになってしまったことで、不本意な注目のされ方をしてしまった。必ずしも悪いことではないのだが、自分の力で真白を超えようとしている息子にとっては有難迷惑だったかもしれない。




