63.祈願
「明けましておめでとうございます」
「うん。おめでとう。今年もよろしく頼むよ」
普段は真白しかいない半田家だが、年末年始は家族が帰ってきている。俺達の父親は警察官。年末年始も関係なく当直があったり、事件があれば呼び出されたりするが、今年はわりと平和だったらしく、お互い昨日までは家族水入らずの正月を過ごせた。
で、正月も三日目を迎えて、真白と初詣と買い物に行く約束があって、半田家に来たわけなんだけど。
真白のお父さんと会うのは、例のアイコラ騒動以来だ。うちの体育会系の親父と違って文化系?いや、理知的っていうのか?そういう感じの人で、リトルリーグ時代も真白と戦術的な話をしてた気がする。リトルリーグを卒業してからは接点もなく、穏やかそうな気もするし厳しそうな気もするし、そんなによく知ってる相手ではない。
……ようするにだ。
友人の父親としてはそれで良かったんだけど、これが彼女の父親となると、相手をよく知って、自分をよく思ってもらわないといけないわけで。
いや、好感度は高いと思う。多分。この前のあれも、ファインプレーだったと……あれ、真白のご両親を悪者にしちゃうって、黒沢さんに言われた気が……やばい?
「去年は色々、お世話になったね。美結を支えてくれたようで、感謝してるよ」
「あ、いえ、そんな」
「頑固だけどね、そのぶん一途で……わかりにくいけれど、優しい子だから、よろしく頼むよ」
「は、はい」
よ、よかったー!とりあえず好感触っぽい。といっても友人としてだろうけど。いやでも、嫌われるよりはずっといい。良かった良かった。
「あんたほんとにその格好でいいの?」
「いいって言ってるでしょ!待たせてるんだからもう行くよ!」
聞こえてきたのは、真白のお母さんと真白の会話。……なんだろう、普通の母娘の会話って感じで、それが違和感。真白の口調ってこんなだっけ。
「お待たせ。行こーぜ」
俺の前に現れた真白はいつもどおり、ちょっと小柄なイケメンそのもの。口調もいつものそれだ。うん。これが真白だな。でも多分、お母さんと話してたあれも真白で……。
「どした?」
「いや、なんでもない。それじゃ失礼します」
「うん。いってらっしゃい。気を付けて」
「行ってきまーす」
真白のお父さんに見送られ、家を出る。
隣を歩きながら、真白が気遣わしげに聞いてきた。
「なんかお父さんに言われた?」
「いや。よろしくってだけ」
「そっか。んじゃさっさと初詣終わらせて買い物行こーぜ」
あっさりと気分を切り替えて隣を歩く横顔は、クリスマスのときとは違う。華やいだ化粧もしてないし、いい匂いもしない。不安気に視線が揺れたり、繋いだ手に力が入ったりも……そもそも、手を繋いでないか。
でも、やっぱり俺にとっては大事な存在だ。あの告白は、間違ってなかったと確信してる。
「あ、帰りにあれ買ってこーぜ」
「ちょっと待て、あっちに見慣れない看板がある」
参道に並ぶ屋台を眺めて、あれこれと騒ぎながら参拝の列に並ぶ。
地元の神社なんで、ここに来るまでに顔見知りに会ったりもした。相変わらずニコイチかよとか、そんなんで彼女出来んのかとか、失礼な挨拶をしてくるやつもいるが、まぁ俺と真白がこんな状況とは知らないんだから仕方ない。
余計なお世話だとだけ言って、笑って別れた。
参拝の列はゆっくりと進む。人混みのおかげで寒さもあまり感じない。年末年始に何したとか、次の配信どうするとか、そんな話をしながら時間を過ごす。
そしてようやく、最前列まであと一人のところまで来た。
「やっとか」
「あー、鈴のとこ行きたかった」
そんなこと言ってる真白は子供っぽい。たまにこういうこと言うのが、ファンに可愛いって言われるんだよな。
「ま、お賽銭の音で神様には通じるだろ」
「なるほど?小銭を大量に投げ込めばいいってことだな」
「やるなよ?」
「やるわけねーだろ」
前の人達が避けて、俺達の番だ。正月仕様の賽銭箱の端っこで、二礼二拍手、一礼。
祈願するのは……もう、今年はこれしかない。
真白を超えられますように。
そのための努力は俺がするけど、祈る分にはいいだろう。フォロワーの数って部分は、神頼みも効きそうだし。
ちらりと横を見ると、俺より数秒遅れて真白が顔を上げた。
「行くか」
「うん」
何を祈ったかは聞かない。お互いに。なんとなくだけど、同じ方を向いてる気がする。……気のせいかもしれないけど。
それから、参道の屋台に並んであれこれ買い食いして、それから初売りに行って福袋やらなんやらを買い込んできた。配信や動画に使うものもあるので、領収書は忘れずにもらう。
「明日の配信の準備は……明日でも大丈夫だな。早めに来れる?」
「大丈夫。あー……と」
帰り際、真白からの問いに言い淀む。明日はいいんだけど、その前に。
「……帰る前に、なんか甘いもんとか、食ってく?」
とくに甘いものが好きなわけでもない俺からの珍しい申し出に、真白はぱちぱちとまばたきを返した。それから、笑顔になって、頷く。
「ん。行こ」
なんかちょっと、むず痒いけど、喜んでくれてよかった。真白って甘いもん好きなのに、俺に遠慮してと言うか、男らしくないとか、そういうので今まで言わなかったんだよな、多分。ほんとは甘いもの食べたいんだろーな、って気付いたから、これからはガンガン誘うつもりだ。デート……っぽい、ていうのも、まぁ、今なら受け入れられるし。
「ハムチーズフレンチトースト……フレンチトーストで?しょっぱいの?」
「イケんじゃね?惣菜パンとかもパンそのものはほんのり甘かったりするし」
「なるほど。んじゃこれで」
問題は俺が食べたいもんがあるか、だったんだけど、無事解決した。真白はスフレチーズケーキ、俺はハムチーズフレンチトーストを食べることにした。
「さっきのさ」
「さっき?何?」
料理が出てくるまでの待ち時間に、気になっていたことを切り出す。
「俺等のこと色々、言われたじゃん。嫌じゃなかった?なんかこう、こういうときにどう答えるのがいいのかなって」
「あぁ……」
そう。中学時代の同級生に掛けられた台詞はいつもどおりで、去年と変わりなくて、俺も同じように返したんだけど。
こう……好き、って確認し合った後だと、なんかちょっと、微妙な気分になるというか、しっくりこないというか。
「あれでいいと思う。付き合ってるわけじゃないし、俺も別に、気にしてないし」
「そうか?」
付き合ってないんだよなあ……俺の意地のせいで。いやもう、さっさと真白を超えて付き合う気ではいるけれども!
……こうしてデートっぽいことしてると、何が違うの?って気もしないではないけど!
「ん。……気にしてくれて、ありがと」
恥ずかしそうに視線を逸らして言う真白は、見た目にはイケメンだけど、可愛い。可愛いって思うんだよ。そういうフィルターが俺にはもうかかってるんだよな。
……いやまずい、じろじろ見すぎた。慌てて話題を変える。
「そういや、年末に社長とカナタさんと肉食ったって話したじゃん」
「あぁ、あれな」
カナタさんがやたら文句言ってきた忘年会の話は、年末のうちに真白にも伝えてある。俺たちの現状報告だって話も。
でも、もう一つ俺としては大事な話があって。
「その、ソロ活動の許可を、社長にもらおうかと」
「ソロ活動」




