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60.(仮)の行方

愛羅は多分、颯真からアイコラ事件のことを……まぁ、全部じゃないだろうけど、男性ファンとのトラブルがあったってことくらいは聞いたんだろう。

あの後めちゃくちゃ謝られて、なんでも協力するから!って力強く言われた。

協力なぁ。そう言われても、俺はそんなに、頑張る気はなかった。というか、もう少し居心地の良いぬるま湯で、前向きに検討中のまま、親友のままでいたかった。

そりゃそのうちはっきりさせなきゃとは思ってたけど、そのうちでいいかなって。十年近い付き合いが、2ヶ月やそこらでどうにかなるとは思えなくて。

って正直に言ったら、年末年始のイベントもそんな調子でいいのか、来年は受験だろうと発破をかけられ。

……まぁ、ちょっとだけ、頑張ってみようかなと。クリスマスデートの計画が始まったわけだけど。

でもさぁ。頑張るって言ってもだよ、可愛くなりたいとか思わない俺が、どう頑張ったらいいの?


「……色気?」

「却下」


恋愛経験値ゼロの愛羅の助言は、多分効果的だけど俺が嫌だ。ていうかそのへんの話はこの前しただろーが。下半身じゃないとこで考えてほしいんだよ。


「愛羅じゃ無理だったか……」

「ちょ、ひどい!……じゃあ、はるるに連絡してみる?」

「はるるねぇ……」


はるること春姫はるひもリトルリーグ時代の女子仲間だ。多分美容とかファッションとかに詳しい。あと一周年イベントにも来てくれた。……うーん、この状況、あんまいろんな人に話したくないんだけどな。

……美容とファッションなら、カナタさんという手もあるんだけど……面倒くさいんだよなぁ、あの人。絶対根掘り葉掘り聞かれるし。でもプロ級の知識と技術はもってるんだよな……。

……よし、決めた。


「いや、俺の方でなんとかしてみる。だからこの話は広めないでおいて」

「わかった」


ほんとにわかってんのか、愛羅。

というのはしっかり釘を差しておいて、俺はカナタさんに相談することにした。


「とうとう!女装する気になった!?」

「まぁ、コスプレの一環だと思ってやってみようかと」

「よしよし、それじゃ撮影は――」

「しませんよ?」


なんで!とかなんとか叫んでたけど、俺はスマホから距離をとって、出来るだけ冷静に言葉を選んで答えた。


「だってこれ、プライベートですもん。可愛い後輩の頼みの一つや二つ、聞いてくれますよね?」

「いやいや、撮れ高捨てるわけには――」

「プライベートで、女装した俺が何するか、気にならないんですか?」

「……えっ、まさか?この時期に?とうとう?」

「という辺りのお話に興味がないようでしたら、他を当たりますので」

「いやいややるやる!めっちゃ興味あるし興味しかない!」


いい大人が簡単すぎないか?まぁ、ゴシップ大好き人間だから仕方ないな。

情報が広まるのは……黒沢さんにも手伝ってもらうけど、ある程度は仕方ないし、逆に俺の退路を断つという意味でもいいかもしれない。


……うん、正直、颯真が俺のこと、女子だと認識してくれてる手応えはあるけど、それ以上はまだ見えてこなくて。わざわざ踏み込むのは怖いと、躊躇っていた。

でも愛羅の言う通り、この機会を逃したらだらだらと現状維持で受験シーズンに突入しそうだし、覚悟を決めた。

進む。

戻れない道のりかもしれないけど、進むって、一度は決めたんだし。


そうして、わざわざ人前でデートの話をして、カナタさんにメイクや服のアドバイスをもらう代わりに現状を教えて、ウザ絡みされて、黒沢さんに叱ってもらって。


可愛いとは違うけど、自分なりに女っぽい格好を作り上げて、デートに臨んだ。


まず最初に、颯真がいつもと違うコートを着てたことに驚いた。颯真のことだからいつも通りかと思ったのに。おばさんの差し金かな。でも、少しはデートらしくしようとしてくれてると感じられて嬉しかった。

気恥ずかしいのを我慢して差し出した手は、引っ込めるより先に掴まれた。……前も、颯真に手を引かれたことはあったけど、その時よりだいぶ気遣いを感じられる握り方だった。

だからそれがものすごく恥ずかしくて、体温が上がった気がして、手まで熱くなって汗かいたらどうしようかと思った。


ゲーセンで上着を脱いで、颯真が珍しくジャケットなんか着てるのを見て、改めてびっくりした。見れば足元も、いつものスニーカーじゃなかった。うん、いつもとは違うけど、似合ってる。

そう声に出したら、まさかのカウンターを食らった。

女子っぽいって。

それは、可愛いとかより、なんか、恥ずかしくて、嬉しかった。

変な沈黙があったけど、これはお互い恥ずかしかったってことで、いいよな?うん。いつもと違うんだから、仕方ない。


リア充に見える俺たちへの視線は妬みが含まれていて、なんとも居心地が悪かった。まぁそーだよな。クリスマスイブにカップルで来るとこじゃないわ。すまん。

でもまぁ、カップルになったとこで、遊ぶ場所が変わるとも思えないしなぁ。予行演習としては致し方無いところだ。


それから俺が予約していた店に移動した。普段はあまり足を運ばないエリアの、しかも裏道みたいなところにある小さなフランス料理店。口コミは良かったし写真で見る限り店内もそんなに気取ってる感じじゃなく、気楽に入れそうな雰囲気だったんだよな。価格帯もまぁ、学生が頑張って出せるくらいの値段だったし。一応アイドル活動の収入がある俺たちなら問題ないレベルだ。


とはいえ、普段は牛丼ラーメンコンビニ飯、みたいな食事がデフォな俺たちだ。少しは緊張する。

最初に前菜が出てきて、それからサラダ、スープ、メイン……おい颯真、メインの前にパンばっか食うな。気持ちはわかるが。

俺が笑って指摘すると、颯真も笑う。食べてるうちに緊張もほぐれて……気持ちも、なんだか凪いできた。

これだけ頑張ったし、周りもカップルばっかりだし、もうちょっと恋人らしくしなきゃダメかなとか思ってたけど、やっぱりこのくらいが俺たちには丁度いい。

なんとか今日、颯真に結論を出させようと思ってたけど、それもまだ、先でいいような気がしてきた。

……少しでも、この恋人ごっこが楽しいって、居心地が良いって思ってくれたら、それでいいかな。


「あ、そうだ。プレゼント」


デザートが出てくるのを待つ間に、はっと思い出して口にすると、颯真もハッとした顔をした。わかりやすくてよろしい。


「いつもとそんなに変わりないから、そう緊張すんなよ」


そう言って渡したのは、ランニングのときに使えるポーチ。スマホと小銭と、飲み物も入れられる。それと、予算が余ったからトレーニング用のTシャツ。うん、例年通りの色気のないセレクトだ。つうか男相手に色気のあるプレゼントってなんだ?


「やった、これ欲しかったやつ。あ、俺からは……その、ちょっとだけ、いつもと違うやつ……」


颯真は遠慮なく中身を確かめて喜んで、それから少し恐る恐る、俺に袋を差し出してきた。

お、確かに、普段俺達が覗かないような店名の袋だぞ。しかも小さい……とはいえ、掌よりは大きいけど。いきなりアクセサリーってことはないだろうけど、なんだろ?


「開けていい?」

「どうぞ」


こうやって許可取るんだぞ、一応。まぁ俺と颯真じゃ今さらな気もするけど。

袋の中に入っていたのは小さな箱。それを開けると……すごくいい花の香りがした。


「これ……入浴剤?」

「うん。真白のスケジュールヤバいし、風呂でちゃんと体休ませろよって」

「……ありがと」


花の形の入浴剤は、俺には華やかすぎる気もしたけれど、その香りはきつすぎなくて、俺も好きなものだった。

そっか。俺のこと心配してくれたんだな。うん……嬉しい。ちゃんと、俺が頑張ってること、わかってくれてるってだけでも。

ほころんだ顔に向けられた颯真の視線が、なんだかびっくりしてるように見えたのは気のせいだと思う。びっくりするようなことないし。


デザートを終えて、いつもどおり割り勘で店を出る。ちょっと颯真が渋ったけど、使える金のレベルが同じなら男が多く出す必要はないよな。ていうか先に割り勘って決めてたし、今さらぐだぐだ言うな。


それから駅前の、イルミネーションを眺めて……人の多さに辟易して、さっさと退散してきた。

時間的にはそろそろ解散だな。少しどこかに寄ってもいいけど、明日もあるし。


……楽しかった。思ったほど緊張したり、変な空気になったりしなかったし、いつもどおり過ごせたと思う。多分、颯真も。

……でもそうなると、今まで通りでいいってことになるのかな。

帰り際になって痛みだした胸を鎮めるように息を吐く。白い息がふわりと闇夜に消えていく。

まだ先でいい。まだ。でも、いつか。


「……どうだった?」


自分から誘って、やってみようと言ったのだから、感想くらいは聞かないといけない。

駅前の広場から離れて、家路に向かう途中、さっきからいつもより口数の少ない颯真に問いかける。

帰り道は、颯真から手を繋いでくれた。その手を握る力が、少し強くなってしまった。声が小さかった気がするから、余計に。


「あ、うん、楽しかった。思ったほどその、緊張っつーか、いつもと違う感じもなかったし。だから……」


颯真が言葉を区切る。

何が出てきても大丈夫。たとえ現状維持が一番いいって言われても、後退するわけじゃない。

心臓が、苦しい。


「決めた」

ちょっと前からの経緯も入ったので長くなりました。わりと弱気な真白くんです、

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