46.イベント開催
照明が落ちる。ざわざわとした喧騒が落ち着いて、アナウンスが聞こえる。
真っ暗なステージの、微かに見える目印の上に立つ。深く息をついて、集中。曲のスタート、第一声と同時にライトに照らされる。
きゃああ、という歓声が会場に満ちて、音楽さえかき消してしまう。でもそれも一瞬。俺達を呼ぶ声は途切れないけれど、それを上回る音と、声を、ステージから放つ。
ファンサなんてやる余裕はない。初めての、ファンの前でのパフォーマンスだ。ひたすら懸命に、自分にできる限りの歌と踊りを届ける。
隣にいる真白もそれは同じだ。真剣に、歌と踊りに集中してる。その顔はいつもよりキラキラしてて、ファンが悲鳴をあげるのもわかる気がした。
最初から飛ばすなよ、なんて、ダンスの先生には言われてたけど、ステージ裏で真白と話してたのは、真逆。無理無理。初めてだぜ。手を抜くなんて、そんな器用なこと出来ない。緊張を吹き飛ばすためにも、ファンの気持ちを掴むためにも、全力で。
全力の一曲目が終わって、完全にやりきった気持ちで、真白と目を合わせる。やり過ぎたよな。どう考えてもペース配分間違ってる。でも、気持ち良かった。
笑って、ハイタッチ。
その瞬間にまた悲鳴が聞こえて、今度は苦笑い。
ようやく、客席を眺める余裕ができた。
『Aliceblueです!今日は来てくれてありがとう!』
「真白です。先に挨拶してることからもわかるように、俺がリーダーです。みんなの大好きな真白んだぞ!よく見とけよ!」
笑いが起こる。そうそう。こんな感じ。配信のときの絵文字が、声と表情で目の前にある感じだ。
「颯真です。やりたい放題のリーダーに振り回されてます。颯ママって言うな!」
もうひと笑い。これももはや、俺たちの鉄板。いやほんと、飯の心配しただけでママはねえだろ。もはや愛称なんで、本気で辞められたらちょっと寂しいけど。
それから俺たちの活動を振り返ったり、配信や動画の裏話をしたり、お客さんからの質問に答えたり、クイズ的なものを出したり、歌ったり踊ったり。……うん、トークの比重が多いのはまぁ、俺達の売りだから仕方ない。だからこれは、ライブではなくイベント。
客席には、当然見たこともない女の子がたくさん。十代が多いかな。もちろん年上もいるし、中には保護者っぽい年代の人もいる。
そして片隅には、関係者と家族の姿。えっ、兄貴まで来てる。まさか横にいるの彼女?え?初めましてがここ!?
などという動揺を見せるわけにはいかない。その隣には、真白の家族……お母さんと弟だな。お父さんは仕事かもしれない。ウチの親父も、来られるか直前までわからないって言ってたし。結果いるけど。
あ、あそこにいるのはリトルリーグのときの仲間だな。数少ない女子メンバーもいる。いやむしろ女子メンバーに男子が連れてきてもらった感じか?アウェーだもんな。よく来てくれたな。
クラスメイトも何人か……ちょっと恥ずかしいな。
最初のダンスのときにペンライトの光に感動したんたけど、アレ、一応俺達のイメージカラーなんだよな。真白が芸名の通り白、俺が青。二人足したら水色で、Aliceblue。なんとなく白っぽかったのは気の所為ではない。まだまだ、真白のファンの方が多いんだよな。くそぅ。
トークは結構、盛り上がったと思う。基本は二人だから配信とあんまり変わりないし、ファンとのやり取りもまぁ、うまくいった。
気になったというか反応に困ったのが、真白と俺が触れ合う度に悲鳴が上がるのが、こう。別に普通じゃん、って顔してればいいんだろうけど、妙に照れくさい。わりと平気そうな真白でさえ、ちょっと照れ笑いしてしまっている。……そこ、かわいーって叫ぶな。なんか俺もそんな気がしてくる。いや別に、真白が可愛くても俺が困るわけではないんだけど。
そしてステージは無事終了。これからファンとの触れ合いだ。いやこれ汗かいてるよな、大丈夫か?真白と二人、スプレーしてチェキのスタンバイに入る。
「いやー、なんとかうまくいってるな」
「……うん」
イマイチすっきりしない返事を聞いて、はっとする。そうだよ、真白にとっては恐怖……までいかないかもしれないけど、緊張の時間はこれからだ。
あの楽しい雰囲気の会場の中に、真白を疎ましく思う人がいたなんて思いたくはないけど、覚悟はしておかなきゃいけない。
真顔で、少しこわばって見える真白の横顔を見る。どっから
どう見たってイケメンだ。でも、それだけじゃない。そうじゃない。悪意に怯えて俯くこともあるし、俺を頼りに思って笑いかけてくれる、かけがえのない――だから。
「真白」
真白の手を握る。弾かれたようにこちらに顔を向けた真白に、笑って見せる。
「大丈夫。俺がずっと、隣りにいるから」
驚きに見開いていた目が細められて、ステージの上とは違う、柔らかくってくすぐったいような笑みが返ってくる。
「うん。そうだな」
俺は詳しくないんだけど、普通アイドルのチェキとか握手とかって、個別にやるもんらしい。その方がファンとも時間がとれるし、グループ内での競争意識も出てくるし、売り上げ……うーん、よくわからんけど、推しのためなら金を出す、みたいなのもあるらしい。
が、俺達は普通ではない。いやこれに関しては、社長が普通ではない。俺達はあくまでニコイチ。箱で押せないなら押さなくていい。そんな強気がまかり通るのかと思ったけど、まぁ二人だしな。分けるのも手間かもしれない。
そんなわけで、握手やチェキも二人一緒なので、防犯?的な意味では安心してたんだけど。
「バックハグお願いします!」
「どっちが?」
「颯真くんが後ろで、真白んのことハグしてください!」
「おっけー」
いやいや、オッケーではない。全然おっけーではないんだが!?
俺と真白のツーショを買ってくれたファンからの、絡みの指示が激しめなんだが!?誰も止めないのは何で!?ねぇ何で!?
「ちょっと傾かないと顔入んないか?」
「はい颯真くーん、笑って〜」
いやなんで真白は平然と俺の腕を自分の体に巻き付けてんだ!?そして笑えるかよ!笑えねーよ!
それでも仕事だ、一応。黒沢さんの笑みの奥にある圧力に負けて、ぎこちない笑みを浮かべる。
そんなのが、かなり、多い!なんで!スリーショットでも俺と真白をくっつけようとするんだよ!
いやもちろん、ファンを挟んだり並んだりもあるんだけど、予想外のポーズ指定に俺が戸惑っているっていうかテンパってるなか、それは、起こった。
「颯真くん、このポーズお願いします!」
わざわざイラストを描いてきてくれたファンのリクエストに、首を傾げる。
「えっと……真白は?」
「あ、いいです何でも」
「何でもって……」
あからさまに、真白を避けている。笑顔で、俺だけを見ている。
それは、普通のアイドルなら、普通にあることなのかもしれない。推しだけを見てる、熱心なファン。でもそれが、俺には受け入れられなかった。
「はーい、了解です」
でも真白は、平然とそれを受け入れて。
ほとんど俺とファンのツーショットの構図の後ろで、拗ねたように横を向く、わざとらしいポーズを取ってみせた。
一瞬ピリついた周囲の空気が、それで和らぐ。
きゃあ、と、喜んだ声まで聞こえた。




