45.イベント前夜
いや、今までだって真白の家で寝落ちして、そのまま朝まで作業部屋で寝こけたことはある。だからそう、衝撃でもなんでもないはずなんだよ。なんでもないこと、だから真白もそう言ってる……はずなんだけど。
なんかこう、関係が変わり始めて、普段はそんな感じしないけど、ふとした時に女として意識するようになった今は、勘違いしそうっていうかなんていうか。
いやでも真白にそんなつもりはないぞ。ないはずだ。あったらもっとなんか、違う感じになるはずだ。問題ない。
問題なのは、ウトウトしてた俺が一瞬でバキバキに覚醒してしまったことくらいだ。
……多分まだ、返事もしてないし顔もみられてないから、真白は気付いてない……はず……たぶん……。
こ、この場合は寝たふりして少ししてから起きたらいいのか?いやでも俺寝たふりとかそういうの下手くそなんだよな……。とすると起きるしかないのか?でもこうやって考えてるうちに不自然な間ができてくわけで……うおおお、変な汗滲んできたぞ。
そして真白が何か言おうとする気配を感じて、慌てて口を開いた。
「か、帰る」
「ん、それが無難だな。家帰ってちゃんと寝とけ」
ぽんぽんと、俺の肩を叩くと、真白はいったん自室に戻っていった。
ため息を付く。
良かった。挙動不審には気付かれなかったらしい。ていうか今何時だ。
体を起こしてスマホを確認する。あぁ、こりゃほんと、早く帰らないと流石に叱られるわ。真白だってこれからまだやることあるだろうし、俺がいたら邪魔だよな。うん。邪魔だから早く帰れってことに……なるはず、なのに。なんでわざわざ泊まってくかとか、そんなこと。
いやそこは深堀りするな期待するな。真白がそんなん、泊まっていってほしいとか思うはずないだろ。面倒くさいなら泊まってってもいいぞって、そういう感じだ、多分。
「あんま簡単に、そーゆーの言わないで欲しい……」
ほんと困る。いやいつも通りにしてほしいって意味ではそうしてくれてるんだけど、まったく今までと一緒だとそれはそれで困るというか。
……俺もわがままだな。
それからいつもどおり家に帰って、遅すぎるとお袋にちくりと小言を言われて、でもまぁイベント前なんで許してもらえた。
眠気は飛んでたけど宿題眺めてたらすぐ寝れた。体動かすよりこっちのほうが寝やすいかもしれない。
で、だ。
目が覚めて、急に緊張してきた。
いや本番は明日なんだけど、今日も最終打ち合わせがあるわけで。歌のレッスンもあるし、なんかもう、これ以上は準備のしようがないと言うか頑張りようがないところまできてしまったわけで。
もちろん全力で準備してきたんだけど、大勢の前でパフォーマンスするとか、やっぱ配信とは違う緊張感があるよな。
ってなことを歌のレッスン前に真白に言ったら「わかる」と同意してくれた。そのうえで、うちの男前な相方は俺を勇気付けてくれた。
「でもさ、野球のときも同じだろ。試合の前は緊張するけど、やることは練習と変わらないんだし。応援してもらえる分、いつもよりいいパフォーマンスできるかもじゃん?」
「まぁ、そーだな」
「それにまぁ、野球と違って勝ち負けはないんだし、敵はいないわけだし」
「うん」
そう考えると確かにな。プレッシャーを与えてくる相手はいない。俺が勝手に抱えてるだけだ。
俺たちの邪魔をしようとか失敗させようなんて悪意も存在しないはず……。
「……大丈夫か?」
悪意。それは多分、真白が受けるかもしれない。いるじゃん敵。いやファンには違いないんだけど。
俺の急な質問に、真白は虚をつかれたように瞬いて、それから、笑った。
「颯真と一緒だから」
うっ……眩しい。光ってるわけじゃないのになんかそう感じる。あとなんか胸が苦しい。
「そうだな。一緒だから」
「ん。颯真がトチっても、フォローしてやる」
「そっちかよ!」
笑う真白を見てたら、大丈夫な気がしてきた。うん。大丈夫だ。やるだけやってきたんだし。真白のことも、大丈夫だ。俺がちゃんと、隣にいるから。傷付けさせたりしない。
ってさぁ!思ってさ!意気揚々と現場行ったらさ!やっぱ会場の広さにビビったよね!こんなとこ人でいっぱいになるの!?ほんとに!?
「……わー……」
ほらぁ!わりといつもポーカーフェイスの真白までボーゼンとしてるじゃん!こんなん緊張するなって方が無理!
「チケットはソールドアウトしてるから、まぁ満員にはなるわね。初めてのイベントでこれはなかなかの快挙よ」
黒沢さんの褒め言葉もむしろプレッシャーだ。満員……多少座席に間隔があるとはいえ、満員……。胃がキリキリしてきたぞ。
「とりあえず、投稿……」
それでも習慣というのはそう消えないもので、スマホを取り出した俺の横で、真白はハッとしたように顔を上げて、黒沢さんに撮影が可能か尋ねていた。まぁ、そーだな。ネタバレは嫌だよな。
と思ったら、予想外のことを言い出した。
「よし、ゲリラ配信だ」
な、ナンダッテー!?
もちろんステージ全体を撮影するのは駄目だ。でも客席とステージの一部なら良いと黒沢さんのOKが出た。俺と真白、二人で告知の投稿をして、一時間後に配信を開始した。
「はーい、Aliceblueの真白でーす!いよいよ明日はイベント当日ということで!ちょっとだけ会場の様子をお届けしまーす!」
「颯真です。相方の思い付きに振り回されてます」
「というわけでね、まずは入口から……」
「無視かよ」
こんな調子で配信したら、ファンも大喜びしてくれた。そりゃな。ゲリラ配信なんてしたことないし。遠かったりなんだりで参加できない人もいるしな。
そうやってファンとやり取りしながら配信してたら、なんか緊張が消えて、楽しみな気持ちが強くなってきた。皆に会えるんだもんな。この空気が現実になる……うん、楽しみになってきた。
こころなしか真白のテンションも高い。言い出した本人も、緊張を忘れられたらしい。
……ここまで計算してやってんだとしたら、うちの相方、すげーな。
「明日だな」
「うん」
配信を終えて、会場を後にする直前。真白が改めて会場を見渡して、言った。
緊張は全部消えたわけじゃないけど、ワクワクのほうが勝っている。
「……やってやろうぜ」
「おう」
真白らしい強気の声掛けに、俺も笑って返す。
やってやるよ。今までで一番の、初めてのパフォーマンス。
緊張と興奮で少し寝付きは悪かったけど、万全の体調で、俺たちはAliceblue活動一周年の記念イベントを迎えたのだった。




