44.信頼されるってことは
自宅の最寄駅に着く前にお袋から連絡があり、真白も家に来て飯食ってく流れになった。
お袋はもちろん、衣装の話で盛り上がり、弟たちも……うん、特に三男はケンカしたとき心配してたし、真白がいつも通りで喜んでた。
飯の後、帰ろうとする真白に「送ってく」と言ったら変な顔された。
「いや別にいつも通りだし、見送りとか玄関までで大丈夫だけど」
「……いやあんなん聞いたら多少は心配するだろ」
うん。実際何かが起こる心配というよりは、そういう不安を抱えて夜道を歩かせるのが嫌だなっていう、俺の我儘なんだけど。
「……心配してくれんのはありがたいけど」
「真白くん」
もう一度断ろうとした真白を止めてくれたのはお袋だった。
「どうせこの子この後ランニングするつもりだから、着替えるの待っててあげてくれない?」
「え、あ、はい……」
ランニングのついでと言われた真白は、仕方無しに頷いた。俺はお袋に感謝しつつ部屋に戻って、トレーニング用のシャツとハーフパンツに履き替える。あとはスマホ持ってランニング用の靴を履くだけだ。
玄関に真白を待たせたのは数分。その間はお袋と話していたらしい。
「おまたせ。んじゃいくか」
「うん。おばさん、ごちそうさまでした」
「どういたしまして。またすぐ遊びに来てね」
「はい」
とりあえず真白の家までは並んで歩く。
「走る?」
「いやお前荷物あるじゃん」
学校の荷物と、制服と、あと服屋で買った荷物もある。流石に走るのは無理だろ。……あれ、女子と歩くときってこういう荷物持つべきだよな?
「むしろ荷物持つ……」
「過保護だろ。急にどうした。……いや、俺が言ったからだろうけど、そこまでしなくていいから。地元だし、別にこの程度の荷物どうってことないし」
まぁ、真白はそう言うよな。あからさまな女子扱いとか、好きじゃないし。ナメられてるとか思うらしいし。うーん。面倒くせぇな、こいつ。
「わかった。俺だけ手ぶらはかっこ悪いかなと思っただけ」
「……男同士でも?」
「まぁ、荷物の量によっては」
「そっか。でもとりあえず、今は大丈夫」
うーん……ほんと面倒くせぇな。素直に甘えてくれたらいいのに……いや、それはそれで真白っぽくないな。このくらいでちょうどいい気もする。
なんて考えながら歩いてたら、真白がこちらの様子を伺うように視線を寄越していた。
「ん?」
「いや、あの……めんどくさくて、ごめん」
おっと、心読まれてるぞ!?ていうかそんな殊勝な態度取られるとちょっと調子が狂うというか、どうしたらいいかわからないというか。
「そ、そんなこと……いや、ていうかな、真白らしいからそれでいいっていうか、めんどくさいとかそういうのは気にしなくていい、いや、真白が面倒くさいとかそういうことを言いたいんじゃなくて」
何で俺がしどろもどろになってんだ。情けねぇ。
しかしそんな俺を見て、真白は笑ってくれた。
「っふふ、大丈夫。わかってる。面倒くさいのは事実だけど、颯真はそれでいいって思ってくれてるってこと、だよな?」
「お、おう……まぁ、そんな感じ……」
そうはっきり俺が言えちゃえば良かったのかもしれないけど、できなかったもんはしょーがない。うん。まぁ、大体こんなんだ。俺と真白って。
……キョドった俺を笑う真白はいつもどおりのはずなのに、なんでかその目が優しい気がすると言うか、なんかこう……だめだ、うまく言葉にできない。
「……知らない人の視線がなんか気になるっていうのは、本当だけど」
前を向いた真白が急にまたその話題を持ち出したのがちょっと意外で、俺は注意深くその顔を伺った。
悲痛とか、そんな感じはない。
「あのとき……というか、その後、颯真がうちの親説得するのに助けてくれて、親友なんだから当たり前だろって言ってくれたから」
あぁ、アイコラ見つけた後の話だな。今思えば、あのときだって真白は傷付いてて、怖くて、でもそれを俺には見せられなかったんだろう。
……一人で泣かせて、一人で頑張らせたのが、今更だけど悔しい。もう少し上手く、俺がなんとかできたんじゃないかって思ってしまう。
そんな俺の後悔とはうらはらに、真白はまた嬉しいことを言ってくれた。
「颯真は、俺のこと助けてくれるって、実感できたから……一緒にいれば大丈夫だって、思えてる」
「ん……まぁ、うん……大丈夫、だ」
いつもは、自分一人で何でもできる、みたいなカオしてる真白が、俺を信じて、頼りにしてくれてる。
それが嬉しくて気恥かしくて、うまく言葉が出ない。
「おーい、そこは任せとけ!的に断言しろよ。しまんねーな」
「うっせ」
笑う真白はいつもどおり、ちょっと小憎らしい。それが、心地良い。
それから真白の家に着くまでは、いつもどおり、次の配信とか動画とか、イベントの話をして。不安のかけらも見えない真白と別れてから走り出した俺の心は、晴れやかだった。
真白の力になれるってことが嬉しいし、だから、ちょっと迷惑がられても、俺にできることはしようって、改めて思った。
それからはイベントに向けての練習や打ち合わせがちょくちょく入って、俺のランニングと筋トレの時間もダンス練習や真白との打ち合わせに置き換わっていった。
いやほんとは歌こそ練習しなきゃなんだけど、防音とかなんもない自室でやるとさ、家族に聞こえちゃうし、夜中だし。なかなか難しいんだよな。そういう意味では一人暮らしの真白が羨ましい。
というわけで、真白んちでは歌の練習もさせてもらって、やること多すぎてちょっとお疲れ気味の真白がうたた寝することも増えて……寝顔ってあんまり見たことなかったな、と気付いた。
これも、俺に弱みを見せないように真白が頑張ってたことのひとつなんだろうか。
単純に寝顔見られたくなかっただけかもしれないけど、でも今になってそういうの、見せてくれるようになったのは嬉しい。
……ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、邪なことも頭に浮かんだりするけど、頑張って疲れてる真白にそういうのは良くない。何より気付かれて怒られたら嫌だ。というわけで、指一本触れてはいない。今のところ。
いや、今まで普通に肩組んだりしてたんだから、変なとこじゃなければ触っても大丈夫だとは思うんだけど、信頼されてるとなるとな、こう……裏切れないよな、いろんな意味で。真白が信じてくれてる俺から、外れるようなことはできない。
……同じくらい、女として意識してしまった真白に、改めて触れたいとも、思うけど。
そこはな、まぁ、さんざん煩悩と戦ってきた俺だ。まぁ大丈夫だ。うん。この程度の欲求をどうにかできない俺ではない。やればできる。
イベントが近付くと、練習と打ち合わせが増えて、配信の後も真白んちで過ごす時間が増えた。
体力的にはまだ余裕なはずなんだけど、慣れない頭脳労働や歌の練習で、精神的な疲れが溜まっていたらしい。久々に寝落ちてしまった。俺が。
まぁ明後日本番だからな。ギリギリまで頑張ってたしな。ここしばらくはなかったけど、これまでも何度かやらかしてるし。特段怒られるようなこともないだろう。
「……颯真ー。いい加減起きないと今日中に帰れないぞー?」
そんな真白の声は、なんとなく、聞こえたような聞こえないような。頭もはっきりしない俺は、うーんとかなんとか、答えた気もするし声になってなかった気もする。
それが一気に覚醒したのは、続いた真白の台詞が衝撃的過ぎたからだ。
「……泊まってく?」




