35.新しい関係
「またそれかよ。なんで真白が無理しなきゃ一緒にいられないんだよ。おかしいだろ」
憤る俺とは対照的に、真白は冷静だ。声には出さないけど、俺をたしなめているようにも、諦めているようにも見える。諦めんなよ。なんでだよ。
でもたしかに、さっきの真白と俺は、フツーじゃなかった。無理しなきゃ、こうして向かい合っていることもできないっていうのは、事実だ。この先に何があるのか、俺にもわからない。ただ、今までと同じようにはいられないんだろう。
……好き、なんだろうか。
友達じゃなく、つまり、恋人になりたいって……恋人ってことはあれだよな、手を繋いだりキスしたり……その先も、真白としたいのかって……こと、で……
眼の前のどこか沈んだ様子の真白とは別物の、さっきの、顔を赤くしてうろたえている真白が、俺のTシャツ1枚を身に着けて、俺のベッドに腰かけている姿が思い浮かんで。
「……っ」
それ、は。
今まで単発で浮かんできた脳内アイコラとは違う、動きも声も生々しい、その先まで繋がる映像。意識して切り離して抑え込んでいたその先が、肌を、唇を触れ合わせて自分をぶつける行為が、断片的に浮かんできて。
ぶっちゃけいける。いけるけど駄目だ。違う。そんなん、だって。でも、真白は嫌じゃないって。なら、したい。
どくどくと心臓が鳴っている。顔っていうか、首の周りまで熱い。
「……嫌じゃないん、だよな?」
弾かれたように顔を上げた真白は、薄く唇を開いたまま、答えを口にすることはなかった。
驚いてる。でも、そこに拒絶はない。それを確信して、俺は口を開いた。
「だったら、付き合っちゃえばいいだろ」
友達でいられなくても、一緒にいられる形。真白が嫌じゃないなら、それが一番いい。
アイドル活動のことは頭から抜け落ちて、考えというよりは本能のままに口から出た言葉に、真白はきっと驚く。でもきっと受け入れてくれると、俺は思っていた。
「ふざけんな」
だから、地を這うような声がでてくるとは思わなかった。妄想とのギャップで、いや、拒絶の強さと冷たさに、俺は熱かった顔から血の気が引く音を聞いた。
「簡単に言うんじゃねーよ」
「か、簡単に言ったつもりは」
「じゃあ何考えて言ったか当ててやろうか?俺とセックスできるかどうかだけ考えてただろ」
図星過ぎて何も言えない。いや、だけっていうか、一緒にいたいから、が一番だったんだけど、それにそこんところ加味したらそういう形になるかなって……しかしこれを単純と言われれば反論はできない。
黙り込んだ俺の様子に、答えは言わなくてもわかったのだろう。エプロンを脱いだ真白は、自分の分の丼と味噌汁と箸を掴んで、ダイニングを出ていこうとする。
「あの、まし……」
「勝手にしろ。配信も飯も、お前の好きにやれよ。俺は知らないからな」
それだけ言い残して、真白は自室に籠もってしまった。
……………………………。
…………………………………………………………………やっちまった。
真白の失言どころじゃないやらかしに、俺は項垂れた。
嫌じゃないならいいじゃん、って、そりゃ単純すぎるし、たしかに簡単に言い過ぎてしまった気がする。
一緒にいたいから考えたんだよ。何をそんなに怒ってるんだよ。と、まぁ、そんなふうに思う気持ちもないではないけど、真白が怒るのもわかる。
今まで全然女扱いしてこなかったし、真白だって親友で居続けるために色々何か頑張ってたのに、それを全部ぶっ壊すようなことだもんな。
……あともういっこ、大事なもんが壊れたけど。
そう、俺の妄想の、超えちゃいけないラインが。
なんとか死守していたそこを、一度超えてしまった。もう戻れない。いや、クラスメイトと違って使ってないからギリ大丈夫……ではないな。ますます真白とアイドル活動すんのが無理になってきたな。
「どーしよ……」
今後どうしよ、でもあるし、目下今日の配信どうしよ、でもある。
真白に謝って……いやそんなすぐ許してくれるとも思えないし、許してくれても今度は俺が挙動不審でだめだ。
……ひ、一人で回すしかないな?もともとテーマトークの予定だから何とかなる、かもしれない。
………………。
「…………いただきます」
いやもう、やるしかねえ。
腹を括った俺は眼の前の、ちょっと冷たくなった豚キムチ丼に手を付けた。
♡みこちゅ♡@4141miko……
真白くん体調不良っておかしいよね?直前に料理してたのに
なな。@nanamine……
急に具合悪くなることもあると思うけど、颯真くんの様子も変だったよね
きゃろ@nantoka……
喧嘩した?
ゆじゅじゅ@mylolkt……
颯真くん早く謝って!
なな。@nanamine……
颯真くん一人で配信初めてだよね!レア!って喜びたいのに素直に喜べない
みかん@本垢@mimipop……
二人の掛け合いが癒しなんだよぉ……はやくいつもの二人に戻って
きゃろ@nantoka……
次回の配信は二人でやってくれるよね?
♡みこちゅ♡@4141miko……
真白くん帰ってきて〜!真白くんのツッコミと笑顔が恋しい……!
ガチの☆まりあ@loveAlece……
ぶっちゃけ配信してるのが真白くんちなんであんま心配してない。ほんとにちょっと調子悪いだけかも。
みつ豆@32mmcat……
喧嘩してたら追い出されるよね、ふつう。
みつ豆@32mmcat……
真白くんの手料理に文句つけたとか?
きゃろ@nantoka……
真白くん、颯真くんは素直すぎるだけで悪気はないから許してあげて!
一人で配信をやりきって、不安のあまり久々にエゴサした結果がこれだ。
何一つ事情は明かしてないのに、なんで俺が悪いことになってんだよ。その通りだけど。
体調不良説と喧嘩説に分かれてるけど、みんな次の配信には真白に戻って欲しいと願っている。そりゃそうだ。俺一人でのトーク、ズタボロだったし。
……はぁ……どうすりゃあと二日で真白と配信出来るようになるんだよ。真白の機嫌次第か?いや、まずは誠心誠意謝るトコからだな……。俺の挙動不審問題はその後だ……。
撮影機材を片付けて、隣の部屋に向かう俺の足取りは重い。許してくれるかな……。くれなかったらどうなるんだ?絶交?そこまで?……そこまでかもしれない……。アイドル活動どころか、友人としての関係まで壊れるかもしれないと思ったらゾッとした。
ちょ、数時間前の俺、ほんとやめてくれよ。お前の勢いだけの発言で死にそうなんだけど、俺。
……俺、なんだよなぁ……。
はぁ、と深くため息を付いて、気合を入れ直すために今度はしっかり深呼吸をして、バチンと頬を叩く。
よし。
ドアをノックしようとして。
「帰れ」
部屋の中から、そう言われてしまった。いやあの、せめて謝罪だけでも、こう。
「食器も機材もそのままでいいからさっさと帰れ」
「いや、それは片付けた……」
「じゃあ余計することないだろ。早く帰れよ」
うう……謝罪も受けてもらえないとなるとますますこの先が見通せないぞ……ていうか怒りがそこまで深いとか、許してもらえなさそうで怖い。
「あの……ごめん」
「何が」
「その、真白の言う通り、簡単に言い過ぎたと思って……ごめん」
真白からの返事がなかなか帰ってこない。何を考えてるんだろう。俺の誠意は伝わってるんだろうか。
「……多分、まだわかってないと思うけど」
「え」
なんだなんだ。俺、他にもなんかやらかしてた?
真白の怒りポイントは他にあった?
全然思いつかないぞ。
「お前の発言は、俺にセフレになれって言ってるようなもんだからな」




