30.思春期の監督(黒沢視点)
うちの事務所で私が担当しているうち、一番年齢が低くて活動歴が短い、そして異色のユニットがAlice blueだ。
この二人、異性とは思えないほど気が合うらしく、距離感が異常に近くても色気を感じさせない。そこが面白いと社長の目にとまったのだけれど、だからといってその関係を邪推されないわけもなく。結果、男装していても女の子である真白くんにヘイトが集中してしまった。
本人は慣れていると言っていたけれど、あることないこと悪く言われて、いい気分になるはずもない。もともとアイドルとして活動するモチベーションも低い子たちだ。どこかで精神的に限界がくるのではと危惧していたところで、まったく別の方向から傷付けられてしまった。
匿名のメールで知らされたディープフェイクは、見た瞬間に怒りで視界が明滅した。色気を売りにした大人ならともかく、未成年の、しかもあんなに完璧に男の子になりきっている子を、こんなふうに扱うなんて。
法律や費用の問題で、それを完全に消すことが難しいのはこの業界にいればわかりきっている。大手事務所でも簡単には解決できないのだから、うちなんて無力だ。
……でも、あらぬ形で本人に届くのは避けなければいけない。
伝えたときの彼女はあっけらかんとしていたけれど、それは眼の前に颯真くんがいたからだった。帰宅した彼女から、震える声で電話が掛かってきたときは、胸が締め付けられる思いがした。
「黒沢さん、配信、少し休んでいいですか」
「いいよ。休んで。……怖いよね。大丈夫。ご両親には私から伝えるから。……眠れそう?」
ゆっくりと、静かに、背中を撫でるつもりで声をかける。
「すいません、こんな、この程度で活動に支障をきたすなんて」
「この程度なんて言わないで。傷ついて当然よ。いつも配信頑張ってるけど、もう少しお休みしてもいいのよ?」
もちろん事務所としては、特にトークが人気のAlice blueには、どんどん配信して欲しい。でも、こんな状況で顔を出して話せとは口が裂けても言えない。
「……でも」
休んでいいと言っても、真白くんは頷かなかった。
「俺がこんな、配信できないくらい落ち込んでるなんて知ったら、颯真が」
「……そうね。ものすごく、心配するわね」
最初は自然に見えていた二人の関係が、実際は真白くんの努力の上に成り立っているのだと気付くのに、時間はかからなかった。
彼女はとにかく、颯真くんに弱みを見せない。甘えない。隙がない。女であることを意識させない。
あれだけ四六時中一緒にいて、そんなことは無理なはずなんだけれど、颯真くんの素直さと真白くんの頭の良さもあって、それがやり通せていた。
けれど、今回は。
「……心配してもらってもいいんじゃない?親友なんでしょ?」
「……でも、も、こんな使われ方、して。それを颯真に知られちゃった時点で、ダメなんです。女だから傷付いたなんて、思って欲しくない……」
はっきりと嗚咽が聞こえた。
すぐには返事ができない。
頑なな彼女の意思がどこからきているのか、私は分かっているから。
女だと思われたら、そう扱われたら、一緒にいられない。
……そんなことないって、他にも方法があるって、わかっているはずなのに、健気で頑なな彼女には、どうしても言えない。
「……まだ頑張れそう?」
「……今は、だめだけど、大丈夫です。やれます」
頑張らなくていいよ。もっと休んでいいよ。そう言いたいけれど、きっと本人がそれを望んでいないから。
「じゃあね、次の配信、事務所でやる予定だったでしょ?こっちの都合で出来なくなったことに……」
「……いや、やっぱりやります。……俺がどんなメンタルでも、待っててくれてる人がいるから」
そのプロ意識は、マネージャーとしては褒めるべきなんだろうけど。
広い家で、一人で膝を抱えている彼女を思うと、そんな強さは肯定したくなかった。
「……だめそうなら、いつでも言ってね」
「はい。……それじゃ、両親への説明、よろしくお願いします」
ご両親への説明では、当然お叱りをうけた。特にお母様の動揺はひどくて、すぐに活動を中止するよう言われてしまった。
真白くんは傷口を隠して大丈夫だと繰り返していたけれど、そんな強がりでは納得してもらえず、いったん下がるしかなかった。
更にはその夜、真白くんが颯真くんの気遣いに怒りをぶつけてしまい、もうだめかもしれないと連絡してきて――出口の見えない迷路に迷い込んだ気分だった。
それが翌日には仲直りしていて、さらに颯真くんのアシストでご両親を説得できたと聞いたときは、ちょっとびっくりした。彼の真直ぐな性格がここで彼女を助けてくれたこと、それを彼女が受入れてくれたことが嬉しくて。
やっとこの二人は、進んでいけるんだと思ったんだけど。
「黒沢さん……俺やっぱ男がわからん。無理」
「どうしたの。颯真くんとなんかあった?」
真白くんから出てきた弱音は予想外で、原因は一人しか思い浮かばなかった。わからんって、あなた、あれだけ理想の男の子やってるのに。そう思ったけれど、聞いてみれば納得出来た。
「……結局、颯真くんの前では男でいるしかない、と?」
「うん。脱いだのは悪かったけどさ。その後とか、Tシャツと短パンでも駄目とか言うんだよ?胸元空いてるとかスカートとかでもないのにさ」
むすくれた様子に、苦笑する。思春期男子の反応としては可愛らしいくらいだ。それに不満気にしているのも、触れたいと聞いて、きっと恥ずかしくて言葉が出てこなかったのも。
「普段とのギャップが大きく感じられたのかもね。仕方ないわ。それとも、真白くんは男装してるの、嫌?」
「……まぁ、嫌でもないから、続けますけど」
「そう。じゃあ、頑張って。それにしてもねぇ、ふふっ」
「それ、俺のこと笑ってます?颯真?」
「えー?どっちも、かしら」
二人の活動を支える立場としては、現状維持が望ましい。でも、姉のような立場でみると、少しずつでも、進んでほしいと思ってしまう。……まあ、社長も容認と言うか、推奨してるし。
「ごめんね、そろそろ次の打合わせの時間なの」
「えっ、仕事中でした?!すいません。それじゃ切りますね。お仕事頑張って下さい」
本人も颯真くんも、真白くんは捻くれてるなんて言うけど、素直でいい子だ。ちょっと親友との関係でこじらせてるだけで。
「あれ、黒沢さん、なんか良いことありました?」
「あら、カナタくん早いわね。そうね、良いこと……かな」
事務所にやってきたのは、もう1つの担当グループのリーダー、カナタくんだ。女装していないので、小柄で中性的なイケメンの装い、そして。
「えーなになに?プライベート?それとも仕事?あ、颯真たちになんかあった?」
ゴシップ好きという、ちょっと困った性質も持っている。
この間のイベントの打ち上げ、それも二次会なんて酷かった。事務所の社員やアルバイトの恋愛事情のほぼ全てをぶちまけ、なんなら他グループのアイドルのことまで探ろうとして……Alice blueの二人をくっつけようぜ!とまわりを焚き付けていた。
こんな人に二人の進展なんて話したら、どうなるかわかったものじゃない。
「なーいしょ。カナタくんに言ったらどこまで広がるがわかんないもの」
「えーひどい。信用ないな、俺」
「信用してるのよ。その情報網を。そういうカナタ君は?いいことあった?」
「えー?まぁ、ふふふ。最近仲良くしてる女の子がいるんだけどさぁ……」
こういう軽薄な大人にはなってほしくないわね、あの二人には。いらない心配だと思うけど。




