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29.見たい、触れたい、わからない

別に、真白んちの風呂借りるのも初めてじゃないし、何が悪いわけでもない。

のに、めちゃくちゃ居心地が悪い。

熱いシャワー自体は心地良いんだけど、風呂出てから真白と話すのが……面倒、怖い……うーん……気が重い、だな。


なんかさっきの、男でも女でもってあたりの行き違いのこと、だとは思うんだけど。

……今の俺には荷が重い……。

なんかもう、真白の身体の映像ばっか頭に浮かんできて、ちゃんと顔見て話せる自信がない。できれば日を改めて、とか言いたいけど、まだ雨足は強く、突然帰るなんて言い出せない。

はー……心頭滅却すればナントカ、こういうときはできるだけ違うことを考えて……そう、投球フォームを変えたピッチャーのこととか……メジャーで活躍してる選手のこととか……

……………

……



「シャワーさんきゅ……」

「あぁ、なんか飲みたかったら勝手に出していいぞ」


いつもの調子を取り戻してリビングに戻った俺だったが、真白の短パンから伸びる足が、半分胡座をかいている姿勢を目にして、固まった。


「だから!気にするから!俺は!」


見えちゃうだろ!中が!色気のない下着でも!だめ!視線がそこにいっちゃうから!


「え、ああ……ごめん」


突然声を上げた俺にびっくりしながら、一応は伝わったらしく、真白は足を下ろしてくれた。そう、それでいい。……それでも足に視線がいっちゃうのはもう、ごめんなさい。あとさっきから俺が気になってるのは胸なんだけど、なんかさ、その、下着の存在感がないんだけど、まさか……ノーブラ……。


「なんも飲まない?じゃあちょっとそこ座って」


めちゃくちゃ邪なこと考えてて喉の乾きを忘れていた俺は、そのまま着席することになってしまった。場所を少し移してリビングのテーブルに向かい合わせになると、真白は落ち着かない俺を正面から凝視してきた。


「……落ち着かない?」

「え、ああ、うん、まあ」


ここ誤魔化してもしょうがないもんな。うん。


「……さっきはごめん」

「え」


そしてまさかの、真白からの謝罪に固まる。泳いでいた視線が真白に向かう。ほんとに、謝ってるときの顔だ。悪いと思ってるらしい。何を?


「ほら、いきなり服脱いだり、さっきの格好も」 

「あ、あー……うん……」


うん、わかっていただけて嬉しいというか、めちゃくちゃ意識してるのが伝わってて恥ずかしいというか。


「……颯真が、男とか女とか関係なく助けたいって……言ったのを、俺は、女でも親友で居られるんだって、思って」

「……うん」


そこ、実際は微妙だし難しいとこなんだけど、とりあえず続きを聞く。


「男装を完璧にしなくても、女扱いしないでいてくれるんだって……ちょっと、自分に都合よく考えすぎてた、かも」

「…………」


えーと……なんか真白は、ちゃんと男装しないと親友でいられないと思ってたと。それはお袋に言われて、本人からも聞いたので理解した。

んで、俺の男とか女とか関係ないって発言を受けて、そこまで頑張らなくていいと思ったと。うん。まぁ、問題ないかな。問題はその先だ。


「……その、真白が男装完璧にしなくても、親友ではいられると思うんだけど」

「うん」

「俺の問題でもあるんだけど、その……女だって意識しちゃうとこう、自然ではいられないというか」

「……うん」

「だから、露出は控えて欲しい……し、俺に意識されるのは、真白にとっても居心地悪い、よな?」


そこなんだよな。真白にとって楽にしてもらって良いんだけど、それで俺に女扱いされちゃったら嫌なんじゃないか?

どうなんだと、確認するつもりで真白を観察していたら、こてりと首を傾げた。なにそのあざといポージング。お前が嫌いなやつじゃん。


「この程度の露出でも、だめ?」

「駄目」


即断即決、異論を挟む余地なし。すまんな、男子高校生はセンシティブなのだ。


「そうか……颯真の好みと真逆だし、大丈夫かと思った。色白低身長巨にゅ」

「好みじゃなくても!女体があったら見たいし触りたいのが男子なんだよ!」


ちょっと必死過ぎてカッコ悪いけど、ここ理解していただけないと今後何か取返しのつかないことになりそうなので仕方ない。そういう生態なんです!男という生き物は!

そして、日頃男の格好でイケメンムーブかましている相方は、目を瞬かせていた。


「触りたいんだ?」

「イヤちょっと待って。あの今とかそういう話ではなくて、一般論というか全体として?大体の場合はって話で?!」


しどろもどろの俺の前で、真白は笑っていた。


「大丈夫大丈夫。そこは間違えないから。俺に触りたいとは思わないよな」

「いや普通に思うが?」

「え」

「あ」


……。

…………。

………………。


「ちが、あの、別に真白が嫌がるようなことしたいとか、そんな積極的なあれではなくて、それこそ触りたくないわけじゃないというか直接目にしちゃうと条件反射というか」

「え、あぁ、うん……うん……」


み、見ちゃったらさ、触りたくなるじゃん?男にとって女体ってそういうもんじゃん?俺だけ異常に性欲強いとかじゃないよな?周りの奴らもそんなもんだと……思うんだけど……。


そして真白が、ものすごい気まずそうに視線を彷徨わせている。俯いた顔が心なしか赤い。そんな、そんな顔見たことないんだけど。何それ。めちゃくちゃかわ……いや、女っぽい、じゃん。


「……あの、じゃあ、取り敢えず、着替えてくる……」

「え、あっ、うん」


それが正解だ。取り敢えずいつもの格好に戻ってくれれば、お互い落ち着く、はずだ。

でも何か、大事なことを聞き忘れている気がして、俺は慌てて口を開いた。


「あの、今」

「ん?」

「ノーブラ?」


ちがう。


「……スポブラつけてるけど」


あっ、可愛らしい照れ顔から絶対零度の蔑んだ視線までの落差がすごい。凍りつきそう。

すいませんと頭を下げる暇も与えず、真白は自室に向かってしまった。

残された俺は、何でそれ口から出ちゃったんだと後悔する反面、それはそれで気がかりだったことが解決してスッキリもしていた。


……いやひどいな俺。違うだろ、そうじゃなくて、なんか真白に聞きたいことがあったはず……あ、そうだ、俺から女として意識されるのはどうなんだってやつ、答えもらってない。

……照れてた?いや、あれは多分触りたいとか言っちゃったからだよな。その前は、そんなに、俺のほうが挙動不審だっただけで、真白はなんとも……。多分……。


だめだ。考えても思い出してもわからん。とりあえずそんなに嫌がられてはなかったと……あ、駄目ださっきの致命的なミスで好感度だだ下りだ。怖かった。戻ってきたら説教されるかもしれん。説教……帰りたい。もうやだ。なんなんだこの時間。雨は……少し、弱まった気がする。

……よし。真白が戻ったら帰ろうそうしよう。


「……お待たせ。んじゃ。最後に確認なんだけど……何、その構え」

「え、いや、うん、そろそろ帰ろうかと……」


テーブルに手をついて、腰を浮かせた構えです。逃げる気満々です。すまん、なんか真白の気配から逃げなければと身体が勝手に動いていた。

しかし今の真白は、胸を潰して足を隠して、いつものイケメンである。大丈夫。いつも通り。深く息をしてから浮かせていた腰を下ろす。


「あ、そ。じゃあ帰る前に確認だけど、俺がいつも通りなら颯真もいつも通りでいけるんだな?」


冷淡に確認をとってくる真白はいつも通り……いや、怒ってるなこれ。ほんとすまん。さっきのは俺が悪かった。


「大丈夫。今は大丈夫だし、うん」

「……わかった。とりあえず何かあっても男装は解かないようにする」

「うん。頼む」


よし、これで大丈夫。明日にはすべて忘れて――


「あと、女として意識されるのが嫌かって話だけど」


忘れてた。

そっちから言ってくれてありがとう。


「嫌だと思ってたんだけど、今はなんか……よくわからん」

「は?」

「なんかなー、いつもと違って落ち着かないってのもあるけど、女扱いって下に見られてる感じがして嫌だったんだよな。けど、さっきの颯真の態度見てるとそうでもないかなって」

「……ん?」

「だからまぁ、いいよ、別に。あ、ファンの前ではだめだけど」

「……うん?」

「あ、濡れたもん入れるのに袋いるな。今持ってくる。傘は玄関の適当に持ってっていいから」

「ああ、さんきゅ……」


そして俺は、なんだか理解が追いつかないまま、傘を借りて家路についた。


「……いや、どうすればいいんだ、これ?」

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