28.濡れて、露わになったもの
夏休みが終わった。終わってしまった。
俺の課題はなんとか間に合い、協力してくれた真白には飯を奢り、いつもの日常が戻ってきた。
この先に控える秋のイベントはAlice blue活動1周年を記念したもので、リアルで開催することもあってグッズ販売が予定されている。ある意味真白とガチンコ勝負である。
それに合わせて、絵師さんに依頼してあったイラストが、ついに納品された。
「かっわい……」
「いやほんと、実物が逃げたくなるくらい可愛いなこれ」
真白と、俺の感想である。大きな瞳のデフォルメされたキャラクターは、めちゃくちゃ可愛い。原形を留めていない勢いで可愛い。これは俺たちに足りない可愛さを補って余りある可愛さだ。……さっきから可愛いしか言ってないな。
「これでグッズも増やせるわね。納期的にすぐ動かないと間に合わないから、次の打ち合わせまでにこれに目を通して、作りたいものリストアップしておいて。予算と突合せてどれだけ出来るか判断するから」
「ファンにアンケート取ってもいいですか?」
「全部はやめてね。参考程度にならいいわよ」
黒沢さんと真白の会話に、口を挟む余地はない。というか、アンケートとかよく出てきたな。確かに、買ってくれる人に聞くのが一番だ。
同じくイベントに使うためのスチール撮影を終えた俺達は、電車に揺られて帰路についた。夏休みは終わったけど、まだまだ暑い。日が落ちるのだけは早くなった気がする。
「……これは、やばそうだな」
最寄駅についたときの感想は、俺も同じだった。1時間もしないうちに空には重苦しい雲が広がって、今にも降り出してきそうだ。
「急ごう」
「ん」
あいにく、二人とも傘は持っていない。いざとなればコンビニで買ってもいいし、という目論見は、甘かったと言わざるを得ない。
コンビニを過ぎてから降り出した雨はいわゆるゲリラ豪雨。ほんの数分、真白の家に着くまでの間に、ふたり揃って全身びしょ濡れになってしまった。
黒沢さんに渡された資料とか、事務所から引き上げてきた機材とか、大事なものを庇うのに夢中で、自分のことなんて気にかけていられなかったし、まぁ仕方ない。玄関の床に荷物を置いてTシャツを脱ぎ捨てて……って。
「ちょっ、まし……待て!」
「え?」
真白まで脱いでた。いや、そりゃこのまま上がったら床がひどいことになりそうだけど。でもその、さすがにだな、Tシャツのみならずズボンまで脱がれちゃうと、こう。
「今さら気にする?」
「気にするだろ!」
慌てて背中を向けたけど、真白の脚が目に焼き付いて、なんかこう、心臓と……下の方が、ざわざわする。
下着は女っぽくない、男のボクサーブリーフみたいなやつだったけど、腰というか尻というか、そのへんの形がはっきりわかってしまった、わけで。なんならほぼ全身のラインが見えてしまったわけで。
「……男とか女とか、関係ないんじゃなかった?」
なんとなく不機嫌さの滲む真白の声に、頭が急速回転する。それは……あぁ、真白を心配して、助けたいのは女だからじゃないって、そういう意味で言ったやつだ。
「それとは別だろ……!いいからはやく着替えてこい!」
「別……」
ぼそりと反復した真白は、そのまま服を脱いだ、らしい。濡れた服が床に落ちる音がして、ペタペタと裸足で廊下を歩く音が遠ざかっていって……俺は深くため息を付いた。
そうだ、確かにあの後から、真白は無理しなくなった気がしてた。雰囲気が柔らかくなって、たまに……何がとは言えないんだけど、緩んで、油断して……?あぁ、隙ができた、って感じが、してた。
しかしそれが、こういう形になるとは……いや形って、尻の形じゃなくて、剥き出しの肩とか肩甲骨とかウエストのラインとか太ももとかそういうことじゃなくて!
「駄目だ……」
前の、泊まりのときのあれより格段に破壊力が高いというか、頭から離れない。
女として意識しないようにって、エゴサも控えて情報遮断して、今まで通りを心がけていたのに。
お前のためなのにお前のせいで!という怒りもありつつ、たった数秒で崩れた決意が情けなくもある。いや、ここから切りかえて、なんとか記憶を抹消――
「颯真。タオル」
声を掛けられ、反射的に振り向いてしまった。
そこにいたのはもちろん真白だ。胸を潰していない、脚を隠していない、Tシャツと短パンを着た、飾り気のない――女であることを隠していない、真白だ。
「……あ、さんきゅ……」
「シャワー使う?エアコン入れたからこれから冷えると思うけど」
「いや、あ、だったら、真白が先に」
「そう?じゃあちょっとシャワー浴びてくる。着替えたらリビング上がっていいぞ。飲み物もお好きにどーぞ」
「ああ、うん……」
タオルと、撮影のために置いてあった俺の服を手渡され、頷く。頷いて、相槌を打つので精一杯だった。
こうして真白の家に来るのも日常で、兄弟より長い時間を一緒に過ごして、それでも、あんな姿を見たのは初めてだった。いや、昔は普通に女の格好してたけど。ここ数年はずっと男の格好しか見てなかったから。
ちょっと前にお袋が言ってた意味を、今ごろになって理解する。
そうか、真白は、俺の前ではとくに、男であろうとしてたんだ。女の部分を見せないように、油断せず、隙なく、家でも学校でも、完ぺきに作り上げてた。
……なのにさぁ、急になんなんだよ、これ。俺のせい?俺が男とか女とか関係ないって言ったから?違うだろぉ、勘弁してくれよ。
そりゃ真白にとっては、胸潰すのやめて、いつもの部屋着に着替えただけかもしれないけど。その前に見ちゃってるしさぁ、ちょっと油断の度合いが飛躍しすぎじゃない?
などと、シリアスと泣き言で頭の中をぐるぐるさせながら着替えて、勝手知ったるリビングに足を踏み入れる。
スマホの無事を確認して親に連絡を入れようとしたら、ちょうど向こうから電話がかかってきた。
「颯真?今どこ?」
「真白んち」
「あぁ良かった。お母さんこれからふたりのお迎えに行くから、颯真はしばらくそっちで待っててくれる?」
「いや、そのうち弱くなるだろうし、傘借りて帰るから大丈夫」
「そう?じゃあ真白くんに代わってもらえる?」
「今シャワー浴びてる」
お袋の返事まで、間があった。
「……シャワー……?」
「……え、いやほら、濡れたから、風邪引かないように」
「あぁ、そうね。それじゃ真白くんによろしくね。ご迷惑にならないように、早めに帰ってきなさい」
「はーい……」
……いや何だ今の会話!?彼女のお家に初めてお邪魔した息子を心配する母親じゃん!いつもはせいぜい「ちゃんと帰ってくるのよ!片付けもしてからね!」くらいなのに!真白一人なのにお邪魔もなにもねぇし!何なんだよ急に!
雨に降られただけなのに、急展開すぎる。ソファに身を沈めて頭を抱えていると、真白が来た気配に気づく。……なんか顔が上げられない。というか直視できない。
「颯真、シャワー使っていいぞ」
「ああ……」
「その後で、ちょっと話がある」
「……え?」
……勘弁してくれよぉ……。
ラッキースケベがラッキーにならない二人。
真白くん、Tシャツの下に胸潰し用のコルセット的なのをつけてます。一応背中を向けていたので、颯真くんから見えたのは後ろ姿でした。お尻はよく見えたよね……玄関狭いしね……。




