22.なんでそこでキレんの?
真白の家族が帰宅したその日の夜。翌日は配信もあるし、いつも通りに打ち合わせをするため、俺は自室で連絡を待っていた。そこに真白から連絡が入るまでは、のん気にかまえていたんたけど。
「親から、アイドル活動やめろって、言われた」
いつになく落ち込んだ様子の、力ない声。顔は、見えない。
いつものビデオ通話ではなく、音声だけの通話を選んだのは、きっと顔を見られたくないからなんだろう。
「それって……」
「まだ決まったわけじゃない。けど……まぁ、なんとか、する……つもり」
いつも自信有りげな真白らしくない、歯切れの悪い台詞。これをそのまま受け取るほど、俺も馬鹿じゃない。
「お前一人じゃ難しいんだろ?俺に出来ること……黒沢さんでも、とにかく誰かに助けてもらえよ。一人でやろうとすんな」
こういう言い方を、真白が嫌がるのは分かってる。わかってたって言わないわけにはいかないし、優しく言って跳ね除けられるわけにもいかない。
そう気合いを入れて俺が言った台詞に、真白は小さく、笑った。
「颯真はそう言うよなぁ。でもな、黒沢さんからこの前のこと聞いて、俺が大丈夫って説明して、それで出てきたのが「そんなこと早く辞めなさい」だったんだよ」
それは、つまり。弁が立つはずの、責任ある大人の言葉も役に立たず、何より尊重されるべき本人の意志も意味がないということで。
俺の言葉なんかが、真白の両親に届くわけがないということ。
「……辞めたくはないし、辞めるつもりもない。だから、もう少し黒沢さんと説得する。とりあえず明日の配信は予定通りやるから」
「……真白」
なんて言えば良いんだ?俺は無力で、俺たちが求めてるものは一緒のはずで、助けたいのに、何もできない。
二の句が継げない俺を置き去りに、真白は配信の打ち合わせを進めてしまう。
通話を終えて、もう夜中だけど、そのまま寝ることなんて出来なくて、リビングに向かった。
家事を終えたお袋がテレビを見ている。普段は邪魔しないようにしてるんだけど、今日は……今は、話を聞いてほしかった。
「おふくろ。真白のことで、話したいことがあるんだけど……今、いい?」
「……いいわよ。座りなさい」
三人がけソファに並んで座り、俺はさっきの真白との会話を伝える。
「なんとか出来ないんかな。お袋、真白のお母さんと仲良いだろ?」
大丈夫、任せて。そんな返答を期待していたのに、お袋は困ったように口を開いた。
「……お母さんは、真白くんのお母さんの気持ちがわかるの」
「そんな、なんで」
「大事な子供が傷付くのを、黙って見ていられると思う?」
わかる。それは、わかるけど。
「でも真白は、ぜんぜん平気で」
傷付いてない、と声に出す前に、きつく握っていた手に手を重ねられた。はっとしてお袋の顔を見る。咎めるような視線に、怯む。
「本当に?」
そんなの……わからない。
だっていくら聞いても、素直に答えてくれないし、俺は真白じゃないから、何に傷付くかなんてわからない。
わからないけど。
「……どうすればいい?」
わかりたい、とは、思ってるんだ。ずっと。上手に嘘をつく真白の、本音を。
ひょっとしたらそれを、真白のお母さんはわかっているのかもしれない。わかっていて、止めたのかもしれない。
でも、真白の「辞めたくない」も本心だと思うから。
何もしないで見てるなんて、そんな事はできない。
「まずはちゃんと、真白くんと話してみなさい。二人の気持ちが一緒なら、二人で頑張ればいい。あなたたちだけで出来ることは少ないかもしれないけど、あなたたちの味方はたくさんいるんだから」
「……わかった。ありがとう」
真白のお母さんの気持ちがわかると言いながら、お袋は俺の背中を押してくれた。ありがたいし、言われて気がついた。
どうせ教えてくれないって、会話を諦めたのは俺だった。諦めていいとこじゃなかったんだ。あそこでもう少しちゃんと話してれば、真白一人で苦しむことはなかったんだ。
自室に戻った俺は、深く息を吐いて、スマホをタップした。
「……何。もう寝るとこだけど」
ビデオ通話を受けてくれた真白は、寝間着がわりのTシャツ姿で不機嫌そうに目を擦った。
嘘だ。まだ真白が寝る時間じゃない。目が赤い。
ぎゅっと、心臓が掴まれたように痛む。
「この間、の。大丈夫じゃ、なかったよな。だからきっと、真白のお母さんも、辞めろって言ってるんだろ?」
そうだ、と。返ってくるだろう返事を聞くのが怖い。
傷付いてたって、真白の口から聞くのが怖い。
でも聞かなきゃ。ちゃんと腹割って話して、それから二人で出来ることを探そう。そう思っていたのに。
「……だから、何?」
「え?」
真白は、怒っていた。
無表情に近い、でも何かを堪えるような、険しさがある。
絞り出された声が予想外に攻撃的で、頭が真っ白になる。
「だから何だよ。俺が多少ショック受けてようが受けてなかろうが、現状はなんも変わんねーんだよ」
「そんな……」
なんで怒ってるんだ?
わからない。言ってることは、間違ってないのかもしれないけど、なんだよ。なんでそんな、突き放すような言い方。
「お前にできることなんてないんだから口出すな。じゃあな」
通話は一方的に切られ、俺が我に返って電話をかけ直しても、メッセージを送っても、真白は反応しなかった。
……は?え?何?
何であんな怒ってんの?俺なんか、怒らせるようなことした?
わからん。ぜんっぜんわからん。
思わずもう一度リビングに降りていって、余りに早い再登場に驚くお袋に、事の顛末を報告した。
「……なるほど」
難しい顔で考え込まれてしまった。な?わかんねーよな?俺悪くないよな?
「……これは、言わないでおこうと思ったんだけど。拗れちゃうと後々、あなた達のためにならないから……」
え、何?前から気になってたことがあるみたいなこの切り出し方。
「これはお母さんの想像だけど、真白くんはあなたと離れたくないから、あなたを突き放したんだと思う」
「……意味がわからん」
「そうね。普通はね、一緒にいたい相手には、本音をぶつけたりするのかもしれない。でも真白くんは、それが出来ないんだと思うの」
本音をぶつけてくれないのは、たしかに。大事なとこではぐらかして、俺に見せないようにしてる、気がする。
でも、そうする理由なんて思いつかない。
「意地っ張りだから?」
「いいえ。本音を話して、助けて欲しいとか、怖いとか、悲しいとか、そういう弱音を吐いたとき、女の子扱いされるのが嫌だからよ」
「……意地っ張りじゃんそれ。別に、友達だから助けたいってだけで、女扱いとか関係ないし、女なんだから女の子扱いされてもいいじゃん」
少し怒りながらそう言うと、お袋はますます困った顔をした。
いや、困らせてんのは真白だからな?俺じゃない、と、思うんだけど。
「……颯真は、真白くんが女の子らしくしても、今のままでいられる?真白くんは、女の子扱いされても、今のままでいてくれる?」
その一言で、はっとした。
繋がった。
そうか。
「あなたと離れたくないから、女の子にはなれないんじゃないかしら。あなたに弱いと思われたくないから、強い男の子の振りをしているんだと……お母さんは、思ってる」
真白が男装を辞めるときが、離れるときだと思ってた。
違うんだ。「俺が」真白を女だと認識して、そう扱ってしまったら。
もう、今までみたいに一緒には、いられないんだ。




