21.助けさせてくれない
俺は茫然自失で帰路についた。
黒沢さんの言ってたこと、聞いてたはずだけど頭から抜け落ちてる。
汗だくで帰宅したけど、シャワーを浴びる気にもなれず、自室でベッドに倒れ込んだ。
そっか。真白に欲情する男がいるんだ。女の格好してなくても、言葉遣いが悪くても、女子の声援を浴びてても、可愛さなんて欠片も見せず、格好良く生きてても、
そっか。そうなんだ。そんな奴いないって、真白が自信満々に言うから、俺もそうだと思い込んでた。
……いや、違うな。そうであってほしいと、思ってたんだ。真白には、そういう対象になってほしくなかった。
真白の気持ちとか、そういうことを考えてのことじゃない。ただオレが嫌だった。
真白に「女の子」になって欲しくなかった。
そう気付いたら、ものすごい自己嫌悪に襲われた。
何だそれ。自分勝手すぎるだろ。
真白は俺のしたいこと否定しないでいてくれるのに、なんで俺が勝手にあいつの生き方決めようとしてるんだ?
いや、わかってる。今の関係が心地良いから、変わりたくないんだ。真白にも変わってほしくないんだ。格好良くて頼りになって、ちょっとむかつく、そういう真白でいてほしい。俺と下らないことで張り合って、アホみたいなことで盛り上がって、いざというときは助けてくれて、そういう関係を、壊したくない。
でもそうだよな。ずっとなんて、無理だよな。
真白が「男装を辞めるとき」って言っても、ピンとこなかったけど、その時が来たらきっと、俺達の関係は変わる。変わってしまう。
真白と離れる時が来る。
俺は薄情にも、自尊心を傷付けられるだろう真白の心配よりも、そんな未来を恐れていた。
「えー。マニアックすぎん?てかキモい。ひたすらキモい」
黒沢さんと、俺たち二人で改めて話をする場を設けたのは、数日後。
真白の反応はこんなんだった。
いや、思いっきり顔しかめてたけど、それだけだった。傷付いたとか、そういうの、一ミリもなかった。
真白すぎて安心する。
「こういうの、訴えて止めるとか出来るんですか?」
「難しいのよね。海外サーバー使ってるから投稿者の特定も難しいし、対応に時間もお金も掛かるから、申し訳ないけどしばらくはこのままになってしまうかも」
「あー、まぁ、そうですよね。大手事務所のアイドルの動画とかがネットに溢れてる時点で、そーなんだろうなとは思ってました。いいんじゃないですか?こんなニッチなジャンル、たいして大勢の目に触れるわけでもないだろうし」
いやいや、ドライ過ぎんだろ。いーわけねーだろ。
「盗撮されたとか、本物ですって言い張ってるとか、そーいうのじゃなければ、まぁ……キモいはキモいですけど」
フェイクはフェイク、ってことか。本人が傷付いてないなら、それが一番なんだろうけど……。
「……ほんとに、大丈夫なんだな?」
「大丈夫かダメかで言ったらダメ寄りの大丈夫だな」
「それ大丈夫なの?」
黒沢さんのツッコミに、真白は笑っている。
「大丈夫ですってば!はー、しかしほんと、へんな趣味の人っているんですねぇ。これなら結婚も夢じゃないかも?」
「諦めてたの?」
「半分は」
なんか、真白と黒沢さんの会話、気持ち悪いな。いや、落ち着かないっていうか、もやもやするっていうか。真白は平気そうだけど、こいつは隠すのうまいからなあ。
うん。やっぱなんか気になるし、泊まりはともかく、夕飯はうちに連れて帰ろう。
「まぁ、女性アイドルでは多かれ少なかれあることだし、こういう人はあくまでウェブ上で騒いでるだけで、リアルで何かってことはないと思う」
「ですよね。ていうか、たちの悪いのは公開とかしないで自分だけで楽しんでそう」
「そうね。ストーカーとかって、独占欲が強いみたいだし」
独占欲か。そもそも真白は誰のモンでもないのにな。
「……じゃあ、とりあえず危険はないってことですか?」
「まぁそうね。心理的なダメージの心配をしてたんだけど……大丈夫そうだし」
「はーい。放置でいいと思います!」
かすり傷さえ負っていなさそうな真白と、イベントの打ち合わせを終え、ついでに動画や配信の打ち合わせもして、その間にこっそりおふくろに真白を連れて行っていいかお伺いのメッセージを送った。
おふくろからは「もちろんオッケー、ただし本人の了解のもと」という返事が来た。泊まりじゃないんだから大丈夫だろうと思ったが、帰りがけに聞いておく。
「真白、今日うちで飯食ってけよ」
「あ、ごめん今日は無理」
「え」
もう夕方なのに、これから用事があるのか?補講も終わったし、課題で忙しいってわけでもないだろうし……。
「えってなんだよ。俺にだって用事くらいあんの。明後日からしばらく、親と弟が帰ってくるって言ったろ?だから片付けと掃除と買い出し。明日だけじゃ無理そうだから今夜からやんの」
「あー、なるほど」
そういえばそうだった。
だから配信は事務所のスタジオ借りて、時間をいつもより早くするって夏休み前に決めてた。
あー、じゃああれだな、うちで夕飯食うとかもしばらくなしかな。
でもまぁ、なんとなく危なっかしい真白が、一人にならないってのは安心だ。
「おばさんたちがいる間に、一回挨拶しに行くわ」
「あー……めんどくさいけど、そーだな。そういう流れになるよな」
めんどくさいってなんだよ。俺の義理堅さをめんどくさい扱いすんのなんて真白くらいだぞ。
……そう、真白くらいだ。俺のいいとこも悪いとこも知ってて、それをぞんざいに扱ったりするくせに、ちゃんと評価してくれてて、助けてくれて、叱ってくれて。
こんな頼りになる親友が、傷付けられ搾取されるか弱い女の子だとは、思わない。
思わないけど、でも、コイツが泣いてるとこだって、俺は見たことがある。いつの話だよって言われそうだけど、でも、確かにある。だから、こいつが何があっても傷付かない、完璧なメンタルの持ち主だとは思っていない。
だから心配するし、助けられるもんなら助けてやりたいと思うけど、こいつはそれを「女の子扱い」だと受け取って、やけに嫌がる。俺の心配をはねのけて、お節介に嫌そうな顔をして、「大丈夫」って言う。
あー、なんか心配になってきたぞ。こいつの「大丈夫」は信用ならない気がしてきた。つっても、また無理矢理連れ帰るのもなぁ。
今回は家でやんなきゃいけないことがあるみたいだし、引き止めにくいな。
「……なんか不満そうな顔だな?」
「え。いやー、不満というか、不安というか」
「不安?何が?」
真白が。って言ったらなんか、怒られそうなんだよなー。うーん。
「いや、多分考えすぎだ。大丈夫」
「そ。んじゃ、またな」
ここで引いたのが失敗だった、ってわけじゃないけど。
引かずにもう少し話してれば、もう少しマシな方向に進んでいたかもしれない。
少なくとも、真白を泣かせることは、なかったと思う。
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ヒロインが可愛くなくて申し訳ないです!これから、きっとこれから可愛げが出てくるはず……!




