2.とりあえずやめません!
真白はアイドルとして活動すると決まった時から、こういう反応されるのは予想してたし、知ってもたいして驚かなかったと言っていた。
そんで、いくら仲が良くても週五で飯食うのは普通ではないし、一応男女だから、他人には付き合っているように見えると。
言われてみればそのとおりなんだが、部活仲間のノリでほぼ毎日一緒に飯食ってたし、真白は一人暮らしだからうちのおふくろも喜んでうちに呼んでたし、周りの奴らも「そーゆーもん」だと思って対応してくれてたから、全然気にしてなかった。
……いや、たしかにおふくろには、真白の家に泊まるのは駄目だと何回か言われた気するけど、繰り返すうちに諦めたのか何も言わなくなった。
あ、真白が一人暮らし始めたのは高校に入ってからだ。ちょうど高校受験が終わった頃に親父さんの転勤があり、お母さんと弟は一緒に引っ越したけど、せっかく受かった高校に通えないのは嫌だと一人残ったのだ。
「じゃああれか、俺の投稿はとりあえず二回に一回とかに減らすとして……あとなんか、まずいことやってた?」
「うーん……」
首を傾げる真白の髪は濡れている。お互い、レッスンでかいた汗を流したばかりだ。俺も返事を待ちながらペットボトルを煽った。
ダンスレッスンが終わってから、結局は真白の家でこの相談をしている。当前シャワーも真白の家のを借りた。一応客なので俺が先、で、真白は今さっき上がったところだ。
こういうとこも駄目なんだろうなと、今ならわかる。遅いとか言うな。
でもあの狭いスタジオにはシャワーがないし、今日は真白の家で飯を食う約束をしていたので、うちに帰っても俺の分の夕飯はない。真白の家に行くのは必然で、そうなると真白の家でシャワーを浴びることになる。
仮にも女子の家の風呂場だが、俺は緊張しない。これがふつーの女子の家ならめちゃくちゃ緊張するだろうが、なにせ相手は親友である。親戚どころか兄弟くらいの距離感なので、緊張も何もない。
ちなみに俺は男四人兄弟の次男である。一人減ったところでその分は他の兄弟の胃に入るのだ。多分一番食うのは俺だけど。いや、親父のほうが食うかな。
とにかく、ファンにあーゆー勘違いをされるのはまずい。事務所的にもまずいが、おれの心理的にもまずい。
奇跡的に気が合う親友との仲を誤解されて、周りにあれこれ言われて気まずくなりたくはない。いや、真白は気にしてないから気まずくなってないけど、俺は気まずい。
「俺としては頻度が高すぎる、くらいしか気付かなかったけど、黒沢さんに相談してみる?」
「そーだな。そうしよ」
黒沢さんは俺等「Alice blue」のマネージャーだ。
といっても、ネットアイドルの所属事務所としても中堅どころのうちに、そう何人もマネージャーがいるわけではないので、いくつものグループを担当してるんだけど。
黒沢さんは長い三つ編みに眼鏡……って言うと野暮ったい感じがするけど、仕事はできるし優しいし胸は大きいし、ちょっと変人な社長とタレントの間を取り持ってくれる頼れる素敵なお姉さんだ。黒沢さんに相談すると必ずほっとする回答をくれるので、ちょっと捻くれてる真白も信頼している。
それから俺達は野球中継を見ながらコンビニ飯を食い、黒沢さんにメールしてから別れた。
真白の手料理を食べることもあるが、今日はダンスレッスンの時間が遅かったので作る時間がなかった、らしい。
まぁそんなに真白も料理上手ってわけでもなし、小遣い以上にはお給料を貰ってるので買い食いも痛くはないんだけど、なんとなく真白は申し訳無さそうにしてた。
そして翌日、学校帰りに黒沢さんからオンラインミーティングの指示があり、俺達はまた真白の家にいた。
俺の部屋汚いし家族多いからうるさいんだよな。そこいくと真白の家は空き部屋もあるし静かだし、配信とかにも向いてるんだよ。
そして始まったミーティングで、黒沢さんと、ついでに社長も何故か参加して、とんでもないことを言われた。
「いや、君たちはそのままでいーよ。むしろどんどん燃料投下しちゃって」
『え』
真白と俺の声がハモった。
「君たちをデビューさせたときからそういう路線で話題になるの狙ってたから、思惑通りだよ」
「だから仲良しアピールしろって言ったでしょ?」
『は?』
またハモった。
社長、最初からそのつもりだったってなんですか。黒沢さん、だからってなんですか。
言いたいことは色々あったが、どこから口にしていいかわからない。
「……じゃあ、それでファンが離れたらどーするんですか」
真白の台詞にはっとする。
そうだ、面白がってるだけじゃなく、幻滅するファンだっている。別に、そんなに売れたいとか思ってないけど、本当じゃないことで幻滅して嫌いになって、なんて、嫌だ。
「離れないよ。決定的な情報がなければね」
自身有りげな社長の言葉に、思い切り眉を寄せる。
いやいや、だめでしょ。現に幻滅してるファンだっているんだし。
「いいかい?君たちは男子と、男装女子のユニット。つまり男女ユニットなんだよ。だからファンは『そういう関係かもしれない』という考えは無意識でも必ず持ってる。それでもファンでいるのは、君たちのどちらか、あるいは両方、ひいてはその関係性に惹かれているからなんだ。
それは、多少『かもしれない』予想が裏付けされていっても、消えるものじゃない」
社長の言葉は、わかるようで、わからない。
予想だけで、好きだった人を嫌いにならない、とは、限らないんじゃないか。好きな人なら信じたいけど、それが悪い予想で、しかもどんどん裏付けされれば、余計に。
でも、おれたちに対しての『付き合ってるかもしれない』が、悪い予想なのかどうかは、人によるのかもしれない。
それを面白がれる人にとっては悪いことじゃないのかもしれないし。
俺がそんな事を考えている間、真白はまた違うことを考えていたらしい。
「それで離れる人より、興味を持ってくれる人のほうが多いってことですか?」
「そういうことだね。少なくともぼくはそう考えて君たちに声をかけた」
話題性ってやつか。
でもなんだかそれは、俺たちの関係を面白おかしく騒ぎ立てて、人を巻き込んで稼いでる感じがして、嫌だ。
別にアイドルになんかなりたかったわけじゃない。面白そうだから、真白と二人でやれるならって、そう思って始めただけなのに。
辞めてもいいかな。そう思って口を開きかけたけど、先に黒沢さんが話し始めた。
「無理に何かをしてほしいわけじゃないの。あなた達はすごく仲が良くて、それだけで嬉しいってファンがたくさんいるから。男女だけど、そうは見えない。それがあなた達の魅力だから、それをそのまま見せてくれればいいんだけど……嫌かな?」
そう言われると、迷う。二人で野球の話してるだけの配信でも、仲良くていいなぁとか、喜んでくれるファンがいるのは知ってるから。
もう、知ってしまったから。
「……颯真は、嫌?」
そう聞いてくる真白の、少しだけ不安そうに眉を寄せた顔と、声色で、こいつも同じように感じたんだと、わかった。
「……わかりました。今のままで、いきます」
社長も黒沢さんも、真白も笑ってくれた。
だからこれでいいんだ。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、俺も安心していた。
せっかく真白と始めたこのアイドル活動を、俺はもう少しだけやっていたかったから。
進学で、真白と離れ離れになるまでは。