13.わかってなかった
「続ける。辞めない」
親父の台詞に、俺ははっきり答えた。
そんな危ないことなんて起こるわけない、という楽観的な考えから言ったわけじゃない。
それがどれくらいの可能性か判らないけど、あるのはわかってる。それでも、辞めたくなはい。
「……その、家族に迷惑かけないように、俺なりに気をつける、し……」
いや、言ってて苦しいな。俺にできることあんのか?
でもなんとか認めてもらわないと、ここまでやってきたことが消えちゃうみたいで嫌だし、ファンをがっかりさせちゃうし、真白だって辞めたいとは思ってない、はずだし……そう、だよな?
「……真白が辞めたいって言わない限りは、やりたい」
急に不安になって、視線が下を向いてしまった。
あれ?ほんとは真白は嫌、とかだったらどうする?そりゃそうだよな、危ないの俺より真白だもんな。でもまさか。無理矢理俺に付き合ってるとかじゃないよな?
そんな俺の様子に、お袋が声をかける。
「そう。じゃあ二人で話し合いなさい。わたし達は今までどおり、応援するから」
顔を上げると、お袋は優しく微笑んでいた。
なんかちょっと、目の奥が熱い。
「さぁさ、真白くんが出たら次はあなたがお風呂入ってきなさい。あなたのお布団は優真の部屋に敷いておくから、その前に真白くんが泊まっても大丈夫なように部屋を片づけておいてね」
え。
俺が三男の部屋で寝て、真白が俺の部屋で寝る?
いやちょ、なん、いや、そうなる、わかる、わかるけど!
「っか、片付けてくる!」
「はいはい。急いでね、あなたがお風呂出ないと、お父さんもお母さんも入れないから」
ちょっとしんみりした気分は一瞬で消えた。
我が家の間取りは4LDK。両親の主寝室に、子どもの部屋が三つ。大学生の兄貴が出ていって、末っ子が自室をゲットしたばかりだ。
そして、兄弟の友人が泊まりに来たら、もちろんその兄弟の部屋に友人が泊まる。そのルールだと真白が俺の部屋に泊まることになるわけで、でも同室とはいかないわけで、そうなると俺は兄弟の部屋に避難することになるわけだ。
いや、分かってたはずなんだけど、なんかこう、俺の部屋で真白が一人で寝るとなったら、いつも通してる部屋だけど、ちょっとは綺麗にしとかないとというか、見られちゃマズいもんは、まぁ、真白なら大丈夫だとは思うけどやっぱ見られたくないというか、とにかく!
「やば、これ、どうすりゃいいんだ?」
脱ぎ散らかした服を集めてクローゼットに押し込み、後で叱られるのは覚悟でゴミを分別も何もなくゴミ袋につっこみ、お袋が用意してくれたシーツをベッドにかけ直し、とっ散らかった雑誌をとりあえず一箇所にまとめる。
机の上の惨状はどこから手を付けていいのかわからない。なんか細々したものが重なり合ってて、でもこれ俺には使いやすい配置なんだよなぁ!
取りあえず見られたくないものだけ鍵つきの引き出しにつっこん……ここが溢れてるのは予想外だぞ!いや予想も何も俺がやったんだけど!
軽くパニックになりながら引き出しを整理して、なんとかブツを押し込み、一息ついたところでドアがノックされた。
「颯真ー。風呂出たぞ。次はお前の番だって」
「え!?あぁ、うん!」
やたらと元気よく挙動不審な返事になってしまった。
大丈夫か?と確認してからドアを開けてくれる真白は紳士だ。ありがたい。
「え、部屋綺麗じゃん。何、片付けてたの?」
いつもの部屋の状態を知っている真白に笑われて、唇を尖らせる。
「そりゃ一応、は……」
そして真白の姿に、声を失った。
まだ濡れたままの髪、いつもどおりの可愛げのない顔、細い肩、見慣れた俺のTシャツ、それを押し上げる控え目な胸の膨らみ、細いけどけっこう力のある腕、俺のハーフパンツから伸びる白くて滑らかな脚。
「あ、じゃ、風呂、入ってくる……」
「おう。いってらっしゃい。家探しとかしないから安心しとけ」
顔が見れない。顔が、なんか、熱い気が、する。心臓がなんか、変だ。情報が処理しきれない。だってあいつ、あいつは、いつも男らしくしてて、かっこよくて、だから。
「女じゃない……」
そんなはずないと、わかっているのに、何故か口から溢れたのはそんな言葉だった。
風呂に入って、あの手足の中心を、いやもう、遠回しに言うのもあれだからハッキリ言うけど、ようは真白の、裸を、想像してしまうのはもう、仕方ないことだった。
そりゃさぁ!男の格好しててもさぁ!そういうふうに付き合っててもさぁ!いくら誌面や画面で見る女の子みたいな可愛らしさとか色っぽさとかなくてもさぁ!女体は女体なわけだよ!なんでキレてんだよ俺!
だってあの、慎ましやか?とはいえ、胸、普段は潰してるから存在すら忘れかけてたし、脚も普段は出さないからあんな……だからあんな白いのか。あんな、滑らかで男とは違うきれいな脚、とは、知らなかった、し。
じゃあきっと、腰もくびれてるんだろな、とか、そういう……ぐっ……やめろ!あいつは親友、あいつは親友、あいつは親友!そういうのは、無し!失礼!嫌われる!無理!
嫌われる、と思ったらゾッとした。そんなん、いつも一緒にいる奴が下心持ってるなんて、会うかどうかもわかんないアンチより、よっぽど嫌じゃん。
なしなし。落ち着け俺。真白は女じゃない、真白は女じゃない、真白は女じゃない……これはこれで失礼な気もするけど仕方ない。
冷水を頭に浴びてようやく落ち着いた俺は、自室に戻ると、深呼吸して真白に向かい合った。
もう髪は乾いてるし、ローテーブルを挟んで向かい合って座っているので脚は見えない。胸だけ視界に入るけど、幸いというか不幸というか、さして大きくないのであれは大胸筋だと思うことにした。
真面目な話をするので、そこにツッコんでる場合ではない。
「さっき、親父とお袋と話して」
「うん」
「可能性は低いけど、危険なこともあるかもしれないけど、それでも続けるのかって」
「……うん」
「俺は、辞めたくないって言った。ちゃんと期限までは、やりたいから。でも」
真白がじっと、俺を見ていた。俺の声に、真面目に耳を傾けてくれていた。
だから俺も、真白の考えを、受け止めなくちゃいけない。もし、それが俺と違ってても。それで一緒にいられる時間が減るとしても。
喉を鳴らして、続ける。
「真白が辞めたいなら、諦める」
「辞めないよ」
間髪入れずに返ってきた、自分と同じ答えに、ほっとする。
「俺だって辞めたくない。なんだかんだ楽しいし、ここで辞めたらアンチに負けたみたいで悔しいし」
「っくく、そこで負けず嫌い出してくんの、真白だよなぁ」
そして笑ってしまう。そうそう、こういう奴なんだよ。勝手に勝負して、勝手に悔しがってる。俺も、そういうとこあるから、わかる。負けたくないよな。悪意とか、そんなので自分の邪魔されたくないよな。
「あ、もちろんお前に負ける気もないから。今度のイベントのグッズ売り上げで上下関係はっきりさせてやるから覚悟しとけよ?」
「はぁ?俺だって負けねーかんな!」
それから、俺が始めた野球ネタの話をしたり、次の配信の話をしたり、あんまりにもいつもどおりに過ごして、俺は油断していた。
三男の部屋に引き上げて、習慣になった寝る前のSNS投稿で、うっかり、やってしまったのだ。
真白が泊まりに来てるって。それだけなんだけど……それが、アンチの餌になるってことを、俺はちゃんとわかってなかった。
この二人にラッキースケベはまだ早いと判断しました。




