12.嗚呼、父さん母さん
「はい。はい。申し訳ございません。今後はこのようなことがないように、しばらくは美結さんの身の回りに注意を払うため、私が責任を持って……はい、はい」
ペコペコ頭を下げている黒沢さんの電話の相手は、真白のお母さん。芸能活動に難色を示していたので、こういうことがあるとすごくすごく、マズい。保護者として活動を辞めさせられることもありうる。
固唾を呑んで見守っていたが、ひとしきり謝り終わって話がまとまったらしい。とりあえず、今すぐ辞めろとか、そういう話ではなさそうでほっとする。
電話を代わった真白が、お母さんを宥めるようにゆっくり話す。
「子供のしたことだし、そんなに騒がないで。実害もないんだし。とりあえずは黒沢さんに任せて……わかってる。受験まででしょ」
最後の台詞に、思わず眉をしかめた。そう、受験まで。
俺は就職も考えてるけど、学力推薦で進学科に入った真白は、そうはいかない。今だって成績落としたらアイドル辞めさせるって言われて、頑張ってるんだ。受験が危ぶまれるような事件なんて、絶対に無理、だ。
そしてそこまでの、期間限定の活動だ。
「うん。うん。大丈夫。それじゃ……あ」
電話を終えようとした真白と、目が合う。俺も。
口を動かさなくても、わかってくれたらしい。
「颯真が、代わるって」
「あの、お久しぶりです。すいません、俺……いえ、はい……そう、ですね。はい……はい、それじゃ、失礼します」
電話を切って、真白のおかあさんの言葉を噛み締める。
『子どもが責任を負うことじゃないの。颯真くんも、ご家族に迷惑がかかるかもしれないんだから、よく考えて行動しないとだめよ』
子ども。そうか、そうだな。俺はあの子たちを子どもだって思ったけど、親や大人からすれば、俺達も子どもだな。
それに、家族のことなんて全然、考えてなかった。男ばっかの気楽な兄弟で、家族も応援してくれてるからそれでいいとばっかり。これが、学校じゃなくうちの住所だったら……。
「今回のことは、子どものいたずらではあるけれど、場合によっては大事になっていたわけだし、わたしたち事務所の責任でもあるわ。とくに真白くんは一人暮らし。しばらくは安全のため、一人では移動しないこと。他にもあの書き込みを目にした子がいるかもしれないし、登下校は私が車出すわ」
「なんかすいません……」
真白が恐縮するのもわかる。俺たちの責任じゃないとはいえ、親でもない人に送り迎えしてもらうなんてな。
黒沢さんいつも忙しそうだし、朝イチから来てもらうとか申し訳ないよな。
「いいの。タレントさんの安全を守るのも仕事だから。あぁ、書き込み自体はもう消してもらったけど、犯人の特定まではしてもらえるか……」
「あ、それ心当たりがあるんですけど……」
リトルリーグの後輩だろうという予想、監督とコーチの連絡先を伝え、俺達は帰宅することになった。
車の手配だったり明日以降のスケジュール調整だったりで忙しそうな黒沢さんに代わって、俺が真白を送っていくことになった。……まぁ、ほぼいつもどおりなんだけど。
「しかし凸られるとはなぁ。俺が芸名使ってたら……変わらんか」
「変わらんな。まぁファンっていっても女の子ばっかだし、今回も相手は中学生だし、そんなに警戒しなくても、とは思うけど……」
俺よりは慎重な真白がそう言うなら大丈夫なんだろうけど、なんだか歯切れが悪い。歩きながら考えていた真白が、笑って見せる。
「ま、颯真は心配しなくて大丈夫だろ」
それはなんか……これはなんか……誤魔化されてる気が、するぞ?
「……なんか大丈夫じゃないっぽいな?」
「……うーん……」
ここで即答しないのもなんか、やな感じだな。
ぐりぐり、眉間を揉んだ真白が、首を傾げて苦笑を浮かべる。
「俺はアンチ多いから、まぁ、颯真よりは、って感じ?」
何だそれ。初めて聞いたぞ。
いや、今回そういう人がいるってのは知ったけど、多いってどういうことだ。
「とはいえだよ。多いって言っても俺等の知名度なんてたかがしれてるし、そのうち実際なんかしようなんてのはほんとにごくごく限られてるし。だからまぁ、気にするほどでもないだろ」
用意していたかのように流暢に、丸め込まれようとしている。
なんかこれ、やな感じだな。はっきり何がとは言えないけど、やな感じだぞ。
わかるぞ、親友。俺に気を使ってるときの態度だ。中学の時に故障して、野球は続けられないと知ったときの俺への態度と似てるぞ。俺が余計なこと考えないように、納得させようとしてるな?
こういうときは真っ向勝負だ。変化球ではこいつには勝てない。
「……真白」
真白の肩を掴み、ひたすら真っすぐ、真白の顔を見る。こんな近くで顔を見合わせるのは恥ずかしいけど、これ以上声は出ないけど、逃げるとこじゃない。
言え。それだけを念じて、それが叶わなければ動かないぞと、自分にも言い聞かせて。
真白は一瞬驚きに目を見開いて、それから力なく視線を泳がせて。
「………………はぁ」
観念したとばかりにため息を付いた真白が、がしがしと後ろ頭を掻いてから、もう一度深く息を吐いた。
「お前のリアコにとって、俺は邪魔なの。たいした数じゃないのはホントだけど、リアルのイベントあるから気を付けようって、黒沢さんと話してたとこだったから……まぁ、アンチじゃなくてホッとしてる……かな」
なんだそれ。
俺が思ってたより、真白はヤバい状況にいるってことか?
いや、具体的にヤバいわけじゃないかもしれないけど、少なくとも、そういう不安は持ってたってことだよな?
「真白。今日は俺んちに泊まれ」
「は?」
荷物がとか、黒沢さんがとか、うちの親がとか、色々言って一人になろうとする真白を、俺は無理矢理家に連れ帰った。
おふくろには黒沢さんから連絡が来てたから、事情を話す必要はなかった。
いや、なんでうちに連れてきたのか、俺自身よくわかってないんだけど。
本人の同意がないことに気付いたお袋には叱られたが、兄弟もすんなり受け入れてくれて、残業してる親父以外の皆で夕飯を食べて、泊まりの用意がない真白とコンビニに行って、今日のことはちょっと、兄弟の前では話しにくかったんでいつも通り過ごした。
末っ子と三男が風呂を出ると、お袋が真白に声をかけた。
「真白くんお風呂どうぞ。パジャマは颯真の服で悪いけど、好きに使ってね。颯真は今日のことでちょっと話があるから、こっちに来てくれる?」
そうお袋に言われて、ようやく帰宅した親父とお袋と向かい合わせになってダイニングテーブルにつく。
あれ、説教かなこれ。いや、俺たちに責任はない、よな?事情聴取ってやつ?
「まず最初に……よく真白くんを連れてきたな。本人を説得してからだとなお良かったけど、まぁそこは仕方ないか」
親父に褒められた。なんで?
「え、いやあの、勢いで連れてきちゃってすんません……」
「良いわよ。でもまぁ、女の子は体一つで外泊ってわけにはいかないから、次からは気をつけなさい」
たしかに、なんかコンビニで色々買ってた。余計な買い物させちゃったのは悪かったと思う。
……いやますますなんで褒められたのかわかんないんだが。
「で、だ。今回のことは俺もさっき母さんから聞いたんだが、扱いが難しいやつだな。会いに来た子たちに悪気はないんだろうし、書き込んだ……誰かわからんが、そっちの子も、よくわかってなかったんだろう。何より、そういう危険がある活動だってことを、俺たち家族も甘く見ていた部分があると思う」
ここで、俺を責めずに、親としての責任を感じてくれる親父は、かっこいいと思う。この人が親で良かった。
「とはいえ……まぁなんだ、言っちゃなんだがお前たちのファンの数からしても、そうそう何度も起こることじゃないだろう。それでも危険がまったくないとは言えないし、特にお前よりは真白くんが被害に遭いそうだってことも、わかってるな?」
頷いて、被害という重い単語に顔を顰める。
逆恨みで刺されたり、なんて想像が頭を過って、ギュッと心臓が痛くなる。
そんな俺の顔を凝視して、強い視線でこちらを試すように、親父が口を開いた。
「それでも、続けるか?」
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