8話 初めて……
「そんなことは見ればわかるだろう?」
さも当たり前のように、ジーク様はそう言う。
普通の人だったら、それは当たり前のことだろう。
でも、私は違う。
……私は鉄仮面だ。
にこりと笑うことができない。
涙をこぼすことすらない。
いつでもどんな時でも無表情。
それなのに……
「私……感情が顔に出ていたのですか?」
信じられなくて、ついついそんな問いを投げてしまう。
すると、ジーク様は頷いて……
しかし、女性は困惑した顔に。
「なんだ、お前はわからないのか?」
「いえ、その……すみません」
「あ、いえ……謝っていただかなくても」
頭を下げられてしまい、恐縮してしまう。
「私は……鉄仮面ですから。どうやっても感情が表に出ない、人形のような女です」
「ふむ? アルティナは、色々とわかりやすいと思うけどな」
「えっと……」
そんなこと初めて言われた。
どう反応していいかわからなくて、ついついぽかんとしてしまう。
私がわかりやすい?
感情がわかる?
そんなこと……本当に、初めてのことだった。
「ジーク様」
「うん? なんだ?」
「私は、その……」
自分でもなにを言おうとしているのか、よくわからない。
それでも、言葉を紡ごうとして……
キュルルル。
「……」
お腹が鳴ってしまった。
私のお腹だ。
恥ずかしい。
というか、死んでしまいたい。
「ああ、そうか。腹が減っているんだな? しばらく寝ていたから、それも仕方ないだろう」
「うぅ……」
「すぐに飯を用意しよう。手配を頼む」
「はい。ただ……」
女性が呆れた様子で言う。
「オブラートに包むことを覚えてください。相手は女性で、しかも恩人なのですから」
「それは……すまん」
ジーク様は苦い顔をして、私に頭を下げた。
「あ、いえ。私は気にしていませんので」
「そうか、そう言ってくれると助かる。じゃあ、すぐに飯の準備をさせよう」
ジーク様は、なんで私の感情がわかるのだろう?
肝心なことがわからないまま……ひとまず、時間だけがゆっくりと流れていく。
――――――――――
あれから食事をいただいて……
健康のため、いくらかの検査を受けて……
そしてまたベッドに戻る。
検査の結果、私は魔力切れを起こして倒れたらしい。
情けない話だけど、よくあることだ。
私は魔力のコントロールが苦手で……
全魔力を結界構築に回してしまい、そのまま倒れてしまう、ということがよくあった。
今回もそのパターンだろう。
「聖女なのに、きちんと魔力をコントロールすることができない……なんて情けない話でしょう」
自虐のため息がこぼれた。
その時、扉をノックする音が響く。
「はい、どうぞ」
「お邪魔します」
ジーク様と一緒にいた女性が姿を見せた。
「こんばんは。気分はどうですか?」
「はい。おいしいものを食べたからか、とても良い感じです。えっと……」
「あぁ、失礼しました。私は、王の秘書を務めている、アン・ルーネコといいます」
ぺこりと頭を下げて、アン様が自己紹介をしてくれた。
「私は、アルティナ……です」
私は追放された身。
家名を名乗ることは許されないと思い、名前だけを口にした。
「体調は問題ないとのことですが、なにか困っていることはありませんか? 欲しいものでも構いません」
「えっと……大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
「本当になにもありませんか?」
「え? あ……はい」
なぜ、二度も聞いてきたのだろう?
そんな私の疑問に気づいた様子で、アン様が説明をしてくれる。
「王が言っていたんです。アルティナ様は謙遜がすぎる性格のようだから、二度くらいは確認しておいた方がいいだろう、と」
「……」
ジーク様がそのようなことを……
思わぬことに、再び目を丸くしてしまう。
女性は男性を立てるもの。
常に謙虚であり、後ろにいなければならない。
そう教わり、育てられてきた私にとって、ジーク様の考えはけっこう衝撃的だった。
「えっと……本当に大丈夫です。食事をいただき、こうしてベッドを貸していただいているだけで、とてもありがたいことですから」
「ふむ……アルティナ様は、本当に謙虚な方なんですね」
「いえ、そのようなことは……あ。その……一つだけいいですか?」
「はい、どうぞ」
「私が展開した結界の調査は終わりましたか? その……どのような感じでしょうか?」
結界がうまく機能しているのか、それだけは知っておきたい。
「なにか問題があったり、機能不全に陥ったり、そのようなことは……?」
「いいえ、大丈夫ですよ。改めて調査を行いましたが、結界は完璧です。問題なく機能していて、強度も十分。改めて、感謝を申し上げます」
「そうですか……よかった」
追放されるようなダメな聖女でも役に立つことができたようだ。
そのことは、素直にうれしい。
「ただ、一つ問題が……」
「あ……やはり、結界に欠陥があったのでしょうか……?」
「いえ。今言ったように、結界は完璧です。それについては嘘偽りのないことで、問題はまったくありません」
「えっと……なら、なにが問題なのでしょう?」
「……その、ですね」
アン様は、とても困った様子で言う。
「アルティナ様のことを知った者達が、ぜひ我が国に移住してほしい、と無茶な要望を出し始めて」
「……え?」




