5話 魔族の国
「わっ」
スイッチを切り替えるかのように、景色が一瞬で変わる。
ジークさまの転移魔法で、一気に魔族の国までやってきたのだ。
「これが転移魔法……」
「そんなに驚くものでもないだろう? これくらいの魔法、聖女も使えるはずだ」
「いえ、その……恥ずかしながら、私はまともに魔法を使うことができず……」
「ふむ?」
なぜか、ジークさまは怪訝そうな顔をした。
魔族領なので警戒して、力を隠している、と思われたのだろうか?
でも、そんなことはない。
私は、治癒魔法がせいぜいで、他、聖女が使えて当たり前の魔法はまともに使うことができない。
唯一の治癒魔法も発動が遅いという、ダメダメな有様だ。
一応、結界を展開することもできるけど、こちらもとても遅い。
「謙遜というわけではなさそうだが……俺の目がおかしくなったか?」
「どうされたのですか?」
「いや、なんでもない。それよりも、我が国を案内しよう」
「え? ジークさま自ら……?」
「問題ない」
ジークさまは笑い、私の手を取る。
遅れてはならないと、私は必死でジークさまの後についていく。
「ここは……?」
まっすぐに伸びた大きな道路。
馬車が同時に五台は走ることができそうだ。
その左右に色々な建物が並んでいて……
そして、最奥に城が見えた。
あれが魔王城だろうか?
「さあさあ、寄っておいでー。おいしい酒と料理が楽しめるよ!」
「おかーさん、あれ食べたいー!」
「ほら、のんびりしていないで、さっさと行くわよ」
活気にあふれる街だった。
魔族領なので、住民は全員魔族。
角とか翼とか尻尾とか生えているのだけど……
でも、その顔に浮かんでいる表情は、私のような人間となにも変わらない。
楽しそうに声をあげて。
うれしそうに目を細くして。
にっこりと笑う。
「……」
「魔族があんな顔を見せるなんて、意外か?」
「あ、その……はい」
隠し事をしてもバレてしまいそうなので、素直に頷いた。
「アルティナがどのような話を聞かされていたかわからないが、俺達魔族にも感情はある。楽しい時は笑い、悲しい時は涙する」
「本当に人間と変わらないのですね」
「血も涙もないと思っていたか?」
「それは、その……すみません」
まさにその通りなので、頭を下げた。
「謝るな、気にしていない。人間がそういう教育を受けていることは知っているからな」
「そういう教育……?」
「それについては、またの機会にしよう。ここで話すようなことではないからな」
「あ、はい」
ジークさまが歩みを再開したので、私も後に続く。
手を繋いでいるため、そうせざるをえないのだけど……
「……」
私のことを気遣ってくれているのだろうか?
歩みは速くなくて、ちょうどいい。
時折、ちらりと私のことを見てくれる。
優しい人だ。
本能的にそう感じた。
「さあ、着いたぞ」
歩くことしばらく……
最奥に見えていた城に到着した。
ここがジークさまの城……魔王城なのだろう。
魔王城といえば、おどろおどろしく、禍々しい外観を想像していたのだけど……
そんなことはない。
白亜の宮殿という言葉がふさわしく、白で統一された外観は美しい。
洗練されたデザインは芸術品のようで、見る者の目を奪う。
「ここが……」
「見惚れてくれるのはうれしいが、そこでずっと立っているつもりか?」
「あ……は、はい。すみません」
「いちいち謝るな」
怒らせてしまっただろうか?
とにかくも、ジークさまに続いて城の中へ。
「?」
門を潜った瞬間、なにか違和感を覚えた。
うまく言葉にできないのだけど……
悪い空気が晴れたというか、そんな感じ。
なんだろう?
「ジークさま!!!」
不思議に思っていると、その思考を遮るかのように大きな声が響いた。
見ると、城の奥からメガネをかけた人が駆けてくる。
角があるところを見ると、やはり魔族なのだろう。
「た、大変です!」
「騒がしいぞ。客人の前なのだ、少しは落ち着いてみせろ」
「落ち着いている場合ではありません! 城の結界が破壊されたのです!!!」




