4話 魔王
「お前には感情がある。それは確かなものだ。ただ、それを表に出していないだけ。それだけだろう」
「そのようなことは……」
「ふむ、自覚なしか。なるほど……興味深いな」
「あ……」
彼は私の顔をじっと覗き込んできた。
とても近い。
でも、特に感じるところはない。
動揺することもない。
「ふむ」
さらに接近される。
本当に近い。
「おもしろいな」
彼はニヤリと子供のように笑い、離れた。
「アルティナと呼んでいいか?」
「はい、問題ありません」
「では、アルティナ。俺のところに来るつもりはないか?」
「え?」
予想すらしていなかった展開に、ついついぽかんとしてしまう。
彼は、そんな私の反応すら楽しそうに見ていた。
「ああ、そういえば自己紹介をしていなかった。悪い」
「あ、いえ……」
「俺は、ジーク。ジーク・グレスハルト」
「ジーク……さま?」
その名前を聞いて、思わず目を大きくしてしまう。
私の記憶違いや勘違いでなければ、その名前は……
「魔王?」
混乱と破壊を撒き散らす者。
混沌の使者。
魔族の頂点に立つ者にして、最強の力を持つ存在。
それが魔王だ。
「ああ。どんな話を聞いているか、その反応でなんとなくわかったが……俺が、その魔王だ」
「……」
「どうした? 聞きたいことがあるのなら、なんでも言ってみるといい」
「どうして、魔王がこのようなところに? もしかして迷子ですか?」
「……」
ジークさまは、キョトンとして……
「はははっ!」
次いで、爆笑した。
「迷子ですか、なんて心配されるのは初めてだ。聖女というのは、おもしろい存在なのだな」
「あ、いえ……たぶん、私がおかしいだけで、他の聖女は違うかと」
「ふむ? ますますおもしろい存在だな、アルティナな」
「そう、でしょうか……?」
おもしろいなんて評価、人生で初めてだ。
当然、実感なんて湧いてこなくて、首を傾げることしかできない。
「話を戻すが、俺のところへ来るつもりはないか?」
「それは……魔族領に、ということでしょうか?」
「ああ、そうだ。どうせ行くところがないのだろう?」
「……はい」
「なら、問題ないな。来い」
「あ……」
ジークさまに手を引かれた。
その勢いが強くて、ついつい彼の胸元に飛び込むような形になってしまう。
「す、すみません……」
「なにを謝る必要がある?」
「それは……」
私のような鉄仮面が抱きついたとなれば、魔王の品位に傷をつけてしまう。
そんなことを思うのだけど、
「品位? そんなものはどうでもいい」
「そう、なのですか……?」
「そもそも、アルティナに抱きつかれたことで、なぜ品位が落ちる? むしろ、男としてはうれしいと思うのではないか?」
「それは、どうしてでしょうか? 私のような女が近くにいては、疎ましく思う以外の反応はないと思うのですが……」
「……それは本気で言っているのか?」
「はい?」
「やれやれ……これはまた、別の意味で興味深いな」
再びジークさまが笑う。
なぜ、楽しそうにしているのか?
私にはさっぱりわからないのだった。
「それで、どうする?」
「え?」
「俺のところへ来るか来ないか、という話だ」
「あ、はい。そうですね。えっと……」
どうしよう?
行く宛はないし、このままだと野垂れ死んでしまうことは、ほぼほぼ確定だ。
しかし、だからといって人類の敵のところへ行っていいのだろうか?
でも……
人類の敵というわりに、ジークさまはとても紳士な方だ。
話に聞いていたような乱暴な人ではないし、恐ろしい方でもない。
おもしろいと言っているのだけど、それだけではなくて、私のことを心配しているようにも見える。
「……あの」
「ああ」
「お願いしても、いいでしょうか……?」
もう少し、この方と一緒にいたい。
そんな想いが自然と湧き上がり、気がつけば、私はそんなことを口にしていた。
「ああ、問題ない。俺のところへ来い」
ジークさまは子供のように笑い……
そして、私の手を掴むのだった。




