3話 辺境の出会い
魔物? それとも盗賊?
どちらにしても、こんなところにまともな人がいるわけがない。
私は後ろを確認することなく、逃げ出そうとして……
……逃げ出そうとして。
「どうするんでしょう……?」
ここで逃げて、仮に生きながらえたとして。
それから先、どうしろと?
縁を切られ。
国を追放されて。
行くところなんてなにもない。
未来に希望なんてない。
なら、いっそのこと、ここで……
「なんだ、人間か」
聞こえてきたのは魔物の唸り声ではなくて、人の声だった。
驚いて振り返ると、
「あ……」
彫像のように綺麗な男性がいた。
背は高く、鍛えているのか体は引き締まっている。
細くスリムで、しかし力強い。
意思の強さを感じる瞳は、見る者を魅了するかもしれない。
しかし……その色は赤だ。
髪は女性が嫉妬してしまうほどに艷やかで、風が吹くとふわりと揺れる。
ただ……その色は黒だ。
赤い瞳と黒い髪。
それは、人間に似て異なる種族の証。
魔族だ。
人間と対立している種族で、現在、戦争の真っ最中だ。
魔族が世界征服を企み、それを阻止するために人間が立ち上がったとか……
戦争の火種は諸説言われているものの、真偽は定かではない。
ただ、この戦いはずっとずっと続いている。
魔族と出会った以上、私は無事では済まない。
この命はここで終わり。
私はそっと目を閉じて……
「?」
しかし、いつまで経っても痛みがやってくることはない。
「なにをしている?」
目を開けると、魔族の男性は不思議そうにしていた。
「えっと……覚悟を決めていました」
「覚悟? なんのだ?」
「ここで命を落とす覚悟です」
「命を? 確かに、こんなところでうろうろしていれば、魔物に喰われてもおかしくはないが……いや、待て」
魔族の男性はなにかに思い至った様子で、苦い顔をする。
「もしかして、俺がお前を襲うと思っているのか?」
「違うのですか?」
「はぁ……」
魔族の男性は不愉快そうに眉をたわめた。
そして、私を睨みつける。
「俺を理性のない野蛮な魔物と一緒にするな」
「も、申しわけありません」
勢いに呑まれ、反射的に頭を下げた。
それから、冷静になって考えて……
「本当に申しわけありませんでした……」
もう一度、頭を下げた。
今度はさきほどよりも深く、精一杯の謝意を込めて。
私はなんて失礼なことをしてしまったのだろう。
この方を魔物と同列に扱ってしまった。
普通に考えて、とんでもない無礼だ。
許してもらえるかわからないが……
国を追放されて、なにもない私には頭を下げることしかできない。
「ほう、すぐに謝罪をすることができるか。しかも、魔族の俺に」
「私は、それだけ失礼なことをしてしまいましたから……人間であろうと魔族であろうと、関係ありません。失礼を働き、なおも平然としていられるような厚顔無恥な者にはなりたくありません」
「ふむ」
魔族の男性は、なにやら考えるような仕草を取る。
ややあって口を開いた。
「お前、もしかして、アルティナ・アイスフィールドか?」
「どうして私の名前を……?」
「なに。風の噂で耳にしただけだ。国を追放された聖女がいる、とな」
「……はい」
今の私は、ただのアルティナ。
アイスフィールドを名乗ることは許されていない。
「それで、このようなところでなにをしていたんだ?」
「それは……」
少し迷い……
でも、ごまかしても仕方のないことなので、素直に現状を話した。
「……なるほど、同じ人間に、しかも家族に捨てられたか」
「恥ずかしい話です」
「なぜ、恥ずかしいと思う?」
「え?」
「そこは悲しむべきところではないか? あるいは、怒りを覚えるところだ。それなのに、お前はなにも感じていないように振る舞っている」
「それは……私が、感情のない鉄仮面ですので……」
「違うな」
なぜか、彼はきっぱりと否定してみせた。




