28話 帰るべきところ
誘拐事件から一週間ほどが経った。
あの後の顛末を軽く話しておこう。
まずは、カイム様と側近の騎士達。
彼らはジーク様の力でイングリウムに帰された。
グレスハウトとイングリウムは国交を結んでいないため、外交問題が起きることはない。
ただ、これを機にイングリウムがグレスハウトに侵攻するのでは? という懸念があったのだけど……
魔王の力を見たカイム様とその側近の騎士達が、グレスハウトがいかに恐ろしいところかを語り、侵攻は回避された。
基本、イングリウムも戦争を仕掛けられるほどの体力はないのだ。
一方、私はグレスハウトに戻った。
妹のアニスと一緒に。
アニスは今まで私のためを思って色々と動いてくれていたらしい。
婚約破棄も、私をカイム様に嫁がせてはいけない、と思ったからの行動のようだ。
ジーク様やアン様は、それが本心なのか? と疑っていたのだけど……
でも、私は信じる。
だって、世界でたった一人の愛しい妹なのだから。
姉が信じず、他の誰が信じるというのか?
……なんてことを帰り際口にしたら、わんわんと泣かれてしまった。
どうして?
なにはともあれ。
アニスも一緒にグレスハウトで暮らすことになった。
アニスも家を捨てることになってしまったのだけど……
酷いことを言うようだけど、私は嬉しい。
アニスは可愛い妹だ。
だから、これから一緒にいられると思うと、とても嬉しい。
鉄仮面なので笑顔にならず、表情で喜びを表現できないのが悔しいところ。
そうして色々な処理が行われることになり、瞬く間に一週間が過ぎた。
――――――――――
「……んぅ?」
ふと、目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が目元に当たっている。
目を開けると、
「すぅ、すぅ」
アニスの顔が目の前にあった。
はて?
アニスの部屋は隣のはずなのだけど……
「アニス、アニス」
「ふぁ……おはようございます、アルティナ姉さま」
ちょっと寝ぼけている様子だけど、アニスが目を覚ました。
「おはようございます。それで、どうしてアニスが私のベッドに?」
「……すみません。夜中にトイレに行ったのですが、どうやら寝ぼけて間違えてしまったみたいです」
「なるほど、そうだったのですね」
それなら仕方ない。
「やれやれ……本当に寝ぼけたのでしょうか?」
納得しかけた時、そんな声が響いた。
アン様だ。
いつものように私を起こしに来てくれたのだろう。
アニスは唇を尖らせる。
「なんですかー、なにか言いたいことでも?」
「いいえ、別に。事故を装いアルティナ様の寝所に潜り込む妹がいる……などということは考えていませんよ」
「むぐ」
「気持ちはわからないでもないですが……わりと、大概ですね」
「うるさいですね。いいじゃないですか、姉妹なんですから」
「姉妹の範囲を超えているような気もしますが……まあ、そこは私が口を出すことではないので気にしません。それよりも、お二人共着替えてください。そろそろ朝食の時間ですよ」
アン様に手伝ってもらい、私とアニスは私服に着替えた。
私は白、アニスは桃色のワンピースだ。
色が違うだけでデザインは同じ。
「お揃いですね」
「はい、そうですね」
妹と一緒なので嬉しい。
「……アルティナ様も大概ですね」
なぜか、アン様がため息をこぼすのだった。
――――――――――
午後。
私はジーク様と二人でお茶を楽しんでいた。
大事な話があると言われ、ジーク様のところを訪ねたのだけど……
まずはお茶を、という話になったのだ。
「おいしいですね」
「そうか? いつものものと変わらないが……」
「いえ。こうしてジーク様と一緒に飲んでいると、いつもと違うような気がします」
思えばとても危ないところだった。
もう二度と、ジーク様と会えないところだった。
そんな思いがあるからなのか、こうして二人でのんびりできる時間がとても楽しい。
お茶もいつも以上においしく感じられた。
「……」
ジーク様は目を大きくして驚いて、
「敵わないな」
なぜか苦笑した。
「どうされたのですか?」
「いや……俺の心を覗かれたのかと、少し慌てた」
「?」
「さて……本題に入ろうか」
ジーク様はティーカップを置いて真面目な顔を作る。
自然と私の気も引き締まる。
「つい先日、イングリウムとの交渉が終わったところだ。国交は結んでいないが……バカ王子がグレスハウトに侵入して事件を起こした。それを口実としてこちらから攻め込んでもいいし、向こうから攻め込んでくることもある」
「ですが、その問題は解決されたのでは……?」
「ああ。水面下で交渉を重ねて、今回のことは『なかった』ことにした。互いに戦争は望んでいない。ならば、それが一番いいのだろう」
「はい、そうですね」
「で……ここからが本題だ。交渉の際にイングリウムの情報をいくらか入手することができた。イングリウムはアルティナに謝罪をして、国に戻ってきてほしいと考えているらしい」
「え?」
思わぬ話に、ついつい間の抜けた声がこぼれてしまう。
追放した私を欲している?
「アニスもグレスハウトに来たことで、イングリウムは今、正式な聖女がいないからな。さぞかし困っているのだろう」
「それは……」
「それと、アルティナの持つ力に今更ながらに気づいたのだろう。アルティナを説得してほしいと頼まれた」
「私は……」
イングリウムに戻った方がいいのだろうか?
困っている人がいるのなら、聖女として手を差し伸べた方が……
迷っているとジーク様が席を立ち、私の隣へ。
そして、
「だが、全て断った」
「じ、ジーク様……?」
抱きしめられてしまった。
「アルティナをイングリウムに返すことはしない。絶対に……な」
「えっと……私はまだ、なにも答えていないのですが。あ、いえ。戻りたいというわけではないのですが……」
「悪いが、俺の独断だ。アルティナを……手放したくないからな」
「なるほど……なるほど?」
「……かなり勇気を振り絞ったつもりだったんだが、その顔はまったくわかっていないな」
ごめんなさい。
ジーク様はため息をこぼしつつ、元の席に戻る。
「やれやれ、先は長そうだ」
「えっと……なにやら申しわけありません?」
「謝らないでくれ、みじめな気分になる。まあ……これからも時間はある。ゆっくりといけばいいか」
「はい、そうですね」
「……アルティナは良かったのか?」
ふと、ジーク様は静かに問いかけてきた。
「イングリウムに戻るチャンスがあった。待遇も改善される。それなのに、俺が勝手に蹴ってしまったわけだが……」
「問題ありません」
即答だ。
その質問に関しては迷う必要がない。
「私の居場所はここ……ジーク様の隣ですから」
「……」
「ジーク様?」
なぜかジーク様が赤くなる。
「どうされたのですか?」
「……今、この時ばかりは、アルティナが鉄仮面と呼ばれていることを羨ましく思う」
「え?」
「俺の顔を見るな」
「えっと……」
もしかして、照れている?
でも、どうして?
訳がわからなくて。
でも、なんだか楽しくて。
「ふふ」
私は自分でも気づかないのだけど、ほんの少し、ほんの少しだけ笑みを浮かべるのだった。
ここで終わりなります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
最近、異世界恋愛物にちょっとハマっています。楽しいですよね、すごく。
触発されて書いてみたのですが、難しい……
でも、少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
では、またどこかで。




