23話 は?
「……遅いな」
イングリウムとグレスハウトの間にある森に、複数の騎士を連れたカイムの姿があった。
誰に見られても問題ないように、フード付きのローブを着ている。
ここで待っていれば、グレスハウトの協力者がアルティナを連れてやってくるはずだ。
そうすれば国の問題が全て解決する。
イングリウムは繁栄を約束されて、カイムは名君として歴史に名を残すだろう。
……と、そんな妄想を繰り広げていると、足音が近づいてきた。
「来たか?」
茂みをかき分けて、カイム達と同じようにローブで体と顔を隠した男が現れた。
男は肩に大きな荷物を抱えている。
「おまたせいたしました、殿下」
「まったくだ。遅いから、よもや失敗したのではないかと思ったぞ」
「まさか。私の辞書に失敗の二文字はありませんよ……こちらを」
男は担いでいた荷物をそっと地面に下ろした。
巻き付けていた布を取ると、アルティナが現れた。
目を閉じていて、ピクリとも動かない。
ただ、よくよく見てみると小さな寝息を立てていた。
彼女はまだ、魔法によって眠りに落ちている。
「確かに。無事、荷物を届けてくれたみたいだな」
「荷物ですか」
男……ドーグは苦笑した。
仮にも、アルティナはイングリウムの元聖女。
そんな彼女を物扱いする王子というのは、なかなか酷い光景だ。
その光景の一員であることを自覚しているドーグは、彼を咎めるようなことはしないが。
「ところで……」
カイムはアルティナに視線をやりつつ、問いかける。
「手を出したのか? 衣服が少し乱れているが……」
「いえ、とんでもない。見ての通り、肩に担いで運んできたので、そのせいでしょう」
実際、ドーグはアルティナに手を出していない。
手を出そうとしたものの……
彼女は大事な『商品』だ。
下手に傷をつけては客の怒りを買うかもしれないと思い直したのだ。
その選択は正解だ。
カイムはアルティナに婚約破棄を告げたものの、しかし、彼女は自分のものという歪んだ独占欲を持っている。
もしも手を出していたら子供のように怒り、短絡的で攻撃的な決断を下していただろう。
「では、これで契約は成立だ。君が事を起こす時は力になることを約束しよう」
「ええ、よろしくお願いします。これからも互いに良い関係を築いていきましょう」
カイムとドーグはニヤリと笑い、握手をして……
「なにを……しているんですか……?」
そこに第三者の声が割り込んだ。
カイムは慌てて振り返り、その目を驚きに大きくする。
「アニス!?」
――――――――――
アニスは己が持つ伝手を最大限に使い、日々、姉に関する情報を集めていた。
その過程でカイムが不審な動きを見せていることに気がついた。
カイムは王族として厳しい教育を受けてきたため、頭は悪くない。
しかし、同時に甘やかされることも多いため、心は未熟。
子供のように感情を爆発させて、感情に任せた行動を取ることが多い。
そんなカイムがなにか企んでいることを突き止めた。
またバカなことをするのではないか?
いざという時に備えて後をつけてきたものの……
まさか、姉をさらってくるなんて。
「カイム様。なにを……なにをしているんですか?」
怒りのあまりアニスは声が震えてしまう。
それでも必死に自制して、怒鳴りつけるのだけは止めた。
「どうして、こんなところにアニスが……いや、まあいい。良い知らせがあるんだ」
「はい?」
「ほら、アルティナが生きていたんだよ」
そう言うカイムはアルティナの生存を喜んでいる様子だった。
アニスは考える。
アルティナを誘拐するという暴挙に出たようだけど……
それも彼なりに心配しての行動だったのだろうか?
それならば仕方ない。
短絡的な行動ではあるが、アルティナの身を案じてのことなら理解できる。
後々の処理がとんでもなく大変だろうが、なんとかして……
「彼女は利用価値があるからな。我が国のために、その身、すりつぶして働いてもらおう」
「は?」
アニスは自分の立場を忘れて、ついついドスの聞いた声を出してしまう。
そんな彼女の様子に気づかない様子で、カイムは得意そうにペラペラと喋る。
「アルティナはどうしようもなく無能な聖女ではあるが、それでも一応聖女だからな。予備はあった方がいい。それに、無能でもアニスのサポートくらいはできるだろう」
「……それは、アルティナ姉さまは承知しているんですか?」
「なぜ彼女の意思を確認する必要が? アルティナは聖女だ。ならば、イングリウムのために、その身を粉にして尽くすべきだろう」
「……私も聖女ですが?」
「アニスはなにもかも違う。無能ではない。愛想のない鉄仮面ではないし、きちんと男を立てるという女の在り方をわかっている」
「……つまり?」
「ああ、すまない。少し話が逸れたね。つまり、アルティナことを女として見たことなんてない。彼女は便利な道具でしかない。私が愛しているのはアニス、君だけだから安心してほしい」
カイムとしては、最大限に甘い言葉を告げたつもりなのだろう。
ただ、それはアニスの逆鱗に触れるものでしかなくて……
「いい加減にしてっ!!!!!!」
アニスに怒りが爆発した。




