21話 忍び寄る影
「よいしょ」
結界のチェックを終えた後、手前の地面にとある種を植えた。
一緒に来ていたアン様は、それを見て不思議そうに言う。
「なにをされているのですか?」
「世界樹の種を植えています」
「なるほど、世界樹の種ですか……世界樹!?」
びっくりした。
いつも冷静沈着なアン様が大きな声をあげて驚くなんて。
「どうかされましたか?」
「それは私の台詞です……世界樹といえば、瘴気や魔物を追い払うだけではなくて、その土地に実りと祝福をもたらしてくれる、とても貴重なもののはずですが……」
「そうなのですか? 私は、こう……」
植物の種を手に取り、祈りを捧げる。
淡い光が種に宿る。
「こうすると、世界樹の種にすることが可能なので、そこまで貴重なものと思っていなかったのですが……」
「……」
なぜか唖然としていた。
「……結界の時もそうでしたが、アルティナ様はつくづく規格外ですね」
「ありがとうございます?」
私はなぜ褒められているのだろう?
「おやおや、これはこれは」
ふと、第三者の声が聞こえてきた。
振り返ると、髪の長い男性が。
歳はジーク様と同じくらい……いや、少し上だろうか?
細身で背は高い。
肌の艶や張りは、女性の私が羨ましくなるほど。
他の方と違い、見た目は人間となにも変わらない。
そういう種族なのか、それとも、服の下は違うのだろうか?
男性ではあるのだけど、美人という言葉がよく似合う人だった。
「このようなところで噂の聖女様に出会うことができるとは、私は運がいいな」
「……ハンヘルド様……」
アン様は眉を寄せて、とても微妙な表情に。
この方が、ジーク様が仰っていたハンヘルド様?
気をつけろ、と言われたものの、とても友好的に見えるのだけど……
「はじめまして、聖女殿。私は、ドーグ・ハンヘルドと申します。どうかドーグとお呼びください」
「かしこまりました、ドーグ様。私は、アルティナです」
「アルティナ様……うむ、素敵な名前ですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。温かく太陽のように輝いている……あなたの美しさに似合う名前ですよ」
「ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をする。
ただ、顔はいつもの鉄仮面。
「ぬ……この私の言葉に溺れないか……」
なにやらドーグ様がつぶやいていたものの、意味はよくわからない。
「ここで出会うことができたのもなにかの縁でしょう。よければ、ご一緒に食事でもどうですか?」
「ハンヘルド様、それは……」
「控えろ。侍女が口を挟んでいいと?」
「……」
アン様は悔しそうにしつつ、口を閉じた。
「さあ、アルティナ様。ご一緒に……」
「申しわけありません」
「え」
「お食事は、これからアン様と一緒にする予定なので」
「……なんですって?」
「では、これで」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
鉄仮面にふさわしい声だろう。
一礼して、アン様を連れて立ち去る。
「ま、待て! 私にこのような無礼を働くなんて……」
後ろでドーグ様がなにやら叫んでいたものの、今の私はそれを聞くつもりはない。
足を止めることはない。
――――――――――
「ふぅ」
離れたところにある飲食店に入り、席についたところで吐息がこぼれた。
悪い意味で、心臓がものすごくドキドキしている。
喉がやたらと乾く。
はしたないことなのだけど、注文したアイスティーを一気に半分ほど飲んでしまう。
「あの……アルティナ様、大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です。お見苦しいところを見せてしまい、申しわけありません」
「どうしてあのようなことを?」
そう言うアン様は、声に少しだけ険が含まれていた。
ドーグ様には気をつけろ、とジーク様は言った。
日頃の態度も注意を払うように、という意味も含まれているだろう。
悪印象を避けることで問題を回避したい、という思惑。
なればこそ、彼の誘いを断るようなことをしてはいけない。
断るにしても、もっとスマートなやり方をしなければいけない。
いけないのだけど……
「申しわけありません。あのような態度を取ってはいけないとわかってはいたのですが、アン様に失礼なことをしたもので、つい」
「……」
アン様が目を丸くした。
「アン様?」
「それは……つまり、私のためを思い、行動してくれたと?」
「その……はい。一応、そのつもりです」
「……」
再び目を丸くした。
どうしてそこまで驚いているのだろう?
ややあって、アン様が苦笑する。
「申しわけありません、アルティナ様。私の方に問題があったようです」
「えっと……どうしてアン様が謝るのですか?」
「アルティナ様の気持ちを汲み取れず、侍女失格です。こういう時は、ジーク様のことが羨ましくなりますね。私もアルティナ様の考えていることを理解できるようになれば……」
そう言うアン様はとても悔しそうだった。
どうして、そんなことを思うのだろう?
どうして、そんなに私のことを気にするのだろう?
私は鉄仮面なのだから、考えていることがわからなくて当然だ。
そのことを気にする必要なんてない。
でも……
アン様は、こんなにも私のことを思ってくれている。
このような時になんだけど、少し嬉しかった。
「アン様、どうか気になさらないでください」
「ですが……」
「その想いだけで嬉しいです。それと、私の努力も至らないと思うので……」
思えば、今まで感情を表に出す努力をしてこなかった。
鉄仮面だから仕方ないと、なにもしようとしなかった。
理解してもらえないのは当たり前だ。
「私、がんばりますね」
「アルティナ様?」
「アン様にも理解していただけるように、がんばっていきたいと思います。だから、これからも一緒にいていただけますか?」
「ええ、もちろん」
アン様がにっこりと笑う。
私は……笑うことができない。
でも、心の中で笑顔を浮かべていた。




