19話 おや?
数日後。
私の体は問題なく回復した。
お医者様の診断によると、慣れない環境で疲労が溜まっていたとのこと。
数日、じっとしていることで熱は下がり、体のだるさも取れた。
「なので、今日からまた、ジーク様のお手伝いをさせていただければと思うのですが……」
「……」
ジーク様は苦い表情だ。
私では迷惑をかけてしまうのだろうか……?
「アン」
ジーク様は私の斜め後ろにいるアン様に声をかけた。
「アルティナは本当に問題ないのか?」
「はい。お医者様もそう判断されました」
「本当か?」
「本当です」
なぜ、そこまで確認するのだろう?
「……わかった。頼む」
「はい。微力ではありますが、お邪魔にならないようにがんばりたいと思います」
私は聖女ではあるものの、大した力は持っていない。
なら、他の面で貢献しないと。
よし、がんばろう。
「その握りこぶしはなんだ?」
「がんばろう、という意気込みです」
「……」
「どうかされましたか?」
「ジーク様は、アルティナ様の可愛らしさに悶えているのかと」
「余計なことを言うな」
「失礼しました」
「?」
私がかわいいなんて、あるわけがない。
鉄仮面なのだ。
……ああ、なるほど。
病み上がりの私を気遣うため、ちょっとした冗談を口にしてくれたのだろう。
優しい方だ。
そんなジーク様のために、できることをがんばろう。
「……」
「……」
その後、私は書類整理にとりかかる。
ジーク様が作成した書類に目を通して、なにかしら間違いがないか確認。
あるいは、記載漏れがないかのチェックをした。
ジーク様はとても優秀な方だけど、でも、人はどうしてもミスをしてしまうものだ。
そんな時、私が補助できれば……なんてことを思う。
「あら?」
「どうした、アルティナ」
「ここ、計算ミスではないでしょうか?」
「む……ああ、そうだな。すまない。それと、よく気づいてくれた。ありがとう」
「いいえ……あ、こちらもおかしいですね」
「なに? それは間違っていないはずだが……」
「いえ。計算は問題ないのですが、この支出と収支を考えるとこの数字にはならないような……?」
「……」
私が指摘した書類を、ジーク様は厳しい目で見る。
「アン。この件の担当者は誰だ?」
「ドーグ・ハンヘルド様です」
「あいつか……」
ジーク様が苦い顔に。
ハンヘルド様という方にあまり良い感情を抱いていないみたいだ。
「どうされたのですか……?」
「アルティナは気にしないで……いや、なにがあるともわからないか。一応、知っておいた方がいいな」
ジーク様は途中で言葉を切り替えて、改めて口を開く。
「ドーグ・ハンヘルド。グレスハウトの軍の一部を預かっている男なのだが、悪知恵が働くヤツでな。つまらないことをちょくちょく企んでいる」
「では、この収支報告は……」
「ハンヘルドが私腹を肥やすために細工したのだろうな」
ジーク様は拳に力を込める。
そのまま書類を握りつぶしてしまいそうな勢いだけど、そこは耐えたようだ。
「無能であればすぐに解任しているのだが、それなりに能力はある。悪知恵も働くが、まあまあ、仕事はきちんとしている。そしてなによりも、ヤツに味方する者がそこそこいてな。簡単に手を出すことはできないのだ」
その話を聞いて、私は妙な納得をした。
イングリウムにいた時も、そういう話はよく聞いた。
貴族同士の派閥争いや権力闘争。
衝突が繰り返されて、穏やかな日なんてほとんどない。
それは悲しいことだけど……
ただ、魔族も同じだった。
人と同じように欲望を持ち、同じように我の道を走る。
似てはいけないところなのかもしれないけど、でも、変わらないことにどこか安堵を覚えてしまうのだった。
「後でハンヘルドの似顔絵と情報を渡しておく。アルティナはしっかりと覚えて、そして、ヤツとなるべく関わらないでくれ」
「えっと……どうしてでしょうか?」
「最近、きな臭い噂を聞いていてな。念のためだ」
「はあ……」
ジーク様の言い方だと、ハンヘルド様が私に興味を示しているように聞こえる。
そんなことはありえない。
私は鉄仮面。
そして、役立たずの聖女。
そんな女に興味を持つ人なんていない。
いないのだけど……
「わかりました」
ジーク様が言うのなら、その通りにしようと思った。
この方の言うことは信じないといけない。
信じることができる。
不思議と、そう思ってしまうのだ。
でも……
私は、本当の意味でジーク様のことを信じていないのかもしれない。




