17話 ふざけないで
アニスがカイムの婚約者となり、国を代表する聖女となり、しばらくの月日が流れた。
アニスは精力的に活動した。
イングリウムを支えるため、カイムを支えるため。
ただ、なかなか思うようにいかない。
聖女としての務めは、なんとかこなすことができて、魔物や瘴気の侵入を防いでいる。
怪我人、病人の治療も行えている。
だがしかし、それも限界に近い。
アニスは聖女としての才能がある。
一を教えられたら十を覚えることができる。
ただ、あくまでも常識内のことしかできない。
アルティナは常識外のことを連発して……
周囲はそれが当たり前と誤認するようになって……
その常識外をアニスにも求められていた。
今のところなんとか応えられているものの、体や精神を削っているため、そうそう長くは続かないだろう。
対策を考えないといけない。
問題はそれだけではない。
アルティナは聖女としての才に優れているだけではなくて、非凡なる知識を持っていた。
その知識を活かすことで、イングリウムの発展に繋げていた。
カイムの執務をほぼほぼ代行さえしていた。
それもまた、アニスに求められて……
「あー……死んじゃう。過労死しちゃう……」
アニスは自室のベッドで横になり、死んだ魚のような目をする。
乙女としてあるまじき姿だけど、そうなってしまうくらいの激務だった。
「ダメダメ……これくらいでへばっていたら、アルティナ姉さまに笑われちゃうわ。私ががんばらないと!」
アルティナに不憫な思いをさせないために、今の立場を望んだのだ。
一年も経っていないのに音を上げるわけにはいかない。
「でも……アルティナ姉さまは、どうしているのかしら?」
カイムの非常識ぶりを知っているアニスは、アルティナが国に留まれば、下手をしたら逆恨みで命を狙われるかもしれないと考えていた。
だから、両親が追放を言い渡した時は賛成した。
追放といっても、一時的な退去。
国外の別荘で生活することになる。
そう聞いていたから賛成した。
でも、その後、なんら連絡がこない。
手紙の一つや二つ、あってもいいはずなのに。
「よし。この後、問い詰めてみよう」
――――――――――
「アルティナ姉さまが行方不明!?」
公爵令嬢としての品位を忘れ、アニスは大声を出す。
そして、バンッ! とテーブルを強く叩いて、対面に座る両親を睨みつけた。
「どういうことですか!?」
「……そのままの意味だよ」
「アルティナは隣国に出したのだけど、その途中、魔物に襲われたらしく……」
「遺体は確認されていないが、現場の状況を考えると、生きていられるとは思えない。仮に魔物から逃げられたとしても、あそこは魔族の国の領土だ。無事でいられるとは……」
両親は沈痛そうな表情を浮かべているが……
それにしては、やけに落ち着いていた。
我が子が生死不明なのだ。
絶望的な状況なのだ。
時間が経っていたとしても、普通、もっと慌てるものではないか?
そもそも……
事件が起きたという頃を思い返してみると、両親に変わった様子はなかった。
いつも通りに過ごしていた。
アルティナの件について、まったく悲しんでいる様子がない。
むしろ、その生死はどうでもいい、という感じだ。
「どうして、そんな大事なことを今まで黙っていたんですか!?」
「アニスはこの国の聖女で、そして、殿下の婚約者だ。余計な心労をかけたくなかったのだよ」
「余計? 大事な家族の生死が余計なことだって言うんですか!?」
「その通りだ」
「っ」
あっさりと肯定されて、アニスはカッと頭に血が上る。
父親の頬をはたいてしまいたい気持ちになるけれど……そこは、ぐっと我慢した。
「……捜索はしていないんですか?」
「もう打ち切っている」
「……っ……」
「生存が絶望的な状況で、そして、迂闊に魔族の領土に踏み込むわけにはいかないからな」
「アニス、お父様も苦しいのよ」
苦しい?
なら、なぜそんなにも平然としていられるか。
わずかに嬉しそうにしているのは、どういうことなのか。
「……そう」
ここに来て、アニスは理解した。
両親は……アイスフィールド家はアルティナを捨てたのだ。
元々、アルティナと両親の仲は良くない。
鉄仮面と揶揄されて、出来損ないと勘違いされている娘のことを疎ましく思っていた。
それでも親子の絆を切らなかったのは、カイムの婚約者だからだ。
しかし、アニスが代わりになったことで……
(私のせいで、アルティナ姉さまが……私の!!!)
冷酷な両親に怒りを覚えた。
ただ、それ以上に、アニスは自分自身が許せなかった。
よかれと思ってしたことが裏目に出て、アルティナを追いつめてしまった。
ここに刃があれば、迷わず自分の胸を突き刺していただろう。
それほどまでに深い後悔があった。
「……でも」
簡単に死ぬことはできない。
許されない。
アニスには、やるべきことが二つある。
一つは、アルティナの生死を確かめることだ。
生死不明ということは、まだ生きている可能性もあるということだ。
それはとても少ない確率だろうが……
しかし、なにもしないうちから諦めたくはない。
全力でアルティナの行方を追いかけて、その生死を確かめる。
そして、もしも生きているのなら絶対に助けてみせる。
そして、もう一つのやるべきことは……
(アルティナ姉さまは魔物に襲われたというけれど、偶然にしてはできすぎているわ。仕組まれたことのはず。そんなことができるとしたら……)
両親が関わっていることは間違いない。
それと、カイムも関わっているだろう。
アルティナを疎ましく思っていた彼のことだから、よからぬ企みを持ちかけられたら、即座に飛びついたはず。
アニスは拳を強く握る。
(絶対に、このままじゃ済まさないんだから……!)
アルティナを助ける。
そして、ふざけたことをしてくれた家と王家に鉄槌を下す。
アニスはそう誓い、わずかに唇を噛んだ。




