15話 一緒に
翌日から、私はジーク様の側で仕事を学ぶことになった。
仕事といっても、秘書や補佐をするわけではない。
そういう名目でジーク様の側にいて、彼のことを学び、理解する。
仕事という名目をつけておかないと、ちょっと面倒なことになる……とのことだった。
ジーク様は聖女を連れ回して、なにを考えているんだ……と、ジーク様が責められる可能性があるとのこと。
私なんかを連れ回しても、害はあっても利はないと思うので、問題ないと思うのだけど……
そこは、魔族の国だから価値観が違うのだろうか?
「ジーク様、今日はなにをされるのですか?」
ジーク様と一緒に執務室へ移動した。
「今日は書類仕事がメインだな。見ていても退屈かもしれないが……」
「いえ、そのようなことはありません。ジーク様がどのように判断をして、どのようなことを考えるのか。そういったことを学ばさせていただければと思います」
「アルティナは真面目だな。そういうところは好ましく思う」
「……そうですか」
「照れたのか?」
「気の所為です」
本当にどうしてこの方には私の鉄仮面が通用しないのか?
忌々しいと思っていた鉄仮面だけど、こういう時は、別の意味でもどかしくなってしまう。
「全てというわけではないが……時折、アルティナにも意見を求めてもいいだろうか?」
「私が……ですか? しかし、私は為政者でいたことはなく、そういった知識や経験は持ち合わせていないのですが……」
「構わない。王でも為政者でもなく、外から来た者であるアルティナの意見を聞いてみたい。案外、そういった意見が頼りになるものだ」
「そう、ですか……では、なにかありましたら」
イングリウムでは、王族が絶対的な権力を持ち、その発言は絶対だ。
他者に意見を求めるなんて初めて聞くことだから、驚いてしまう。
「ふむ」
とある書類を見て、ジーク様が迷う素振りを見せた。
ややあって、こちらに書類を差し出してくる。
「アルティナ。さっそくですまないが、この案件についての意見を聞かせてくれないか?」
「はい。えっと……」
書類を受け取り、目を通す。
治水工事に関する案件だ。
グレスハウトは大きな川と山に囲まれた土地だ。
故に水害が多く、河川の整備をしたい、という要望書だった。
「どう思う? 俺は、早急に取り掛かるべきと思っているが……」
「なにか問題が?」
「人手が足りない。重要な案件ということは理解しているが、しかし、他にもやらなければならないことが多い。河川の整備となると多くの人が必要になるだろう」
ただ、人手が足りず、すぐに動くことができない。
だからこそ悩ましい。
そんなところだろうか?
「そうですね……」
私なんかの意見、役に立つのだろうか?
余計なことを口にしないで……いえ。
ジーク様は、そんな答えは求めていないだろう。
的はずれな意見だとしても、私なりの考えを聞きたいと思っているはず。
少し考えて口を開く。
「グレスハウトの地図はありますか?」
「地図? ここにあるが……」
「お借りします」
地図を机の上に広げた。
じっと見つめて……
いくつかの箇所を指さしていく。
「河川の整備はとても大事ですが、全てを一度に行わなくてもいいと思います。水害が起きた時、危険な箇所を優先して作業をすれば、人手を減らせるのではないでしょうか?」
「ふむ。その箇所は?」
「こことここ。それと、こちらです」
「なぜわかる?」
「大きな孤を描いていたり、小さな川が合流する場所なので……こういったところは負荷が強く、時に、決壊する可能性が高くなります」
「なるほど……素晴らしいな」
ジーク様は感心した様子で頷いた。
「良い着眼点だ。そうすることにしよう」
「えっと……ですが、私の考えは素人のもので……」
「気にする必要はない。俺も、そうするべきと考えた」
そう言うと、ジーク様はなにやら書類に記入して、側に控えていたアン様に渡した。
「このように進めてくれ」
「はい、かしこまりました」
本当にいいのだろうか……?
少し不安になってしまうものの、ジーク様やアン様に迷いはない。
私の言うことを正しいと信じているみたいだ。
「……よし」
私にできることがあるのか。
正しいのかどうか。
それはわからないのだけど……
でも、私を信じてくれる二人のために、精一杯がんばろうと決意するのだった。
――――――――――
「ふう……そろそろ休憩にするか」
ジーク様の仕事のお手伝いをして、しばらく。
気がつけば太陽が頭上に登る時間になっていた。
「もうこんな時間なのですね」
「すまないな。ここまで仕事を手伝わせるつもりはなかったのだが、アルティナはとても優秀だから、ついつい甘えてしまった」
「いえ、気になさらないでください。私が力になれたのなら、それはとても嬉しいことです」
「そう言ってもらえると助かる。とはいえ、本当にアルティナは優秀だから、甘えすぎないように注意しないといけないな」
ジーク様は、自分を戒めるようにそう言う。
私が優秀、と言われても……
そのようなことは絶対にありえないと思うのですが。
「ごはんにしよう。腹が減っただろう?」
「それは……はい」
小さな声で肯定して、頷いた。
体は動かしていないけれど、頭はフル回転。
そのせいか、けっこうお腹が空いてしまっていた。
「では、行こうか」
「はい」
ジーク様に連れられて、執務室の外へ。
そして……
「え?」
やってきたのは、たくさんの人が集まる食堂だった。
城で働く人達が集まり、笑顔で食事をとっている。
「あの、これは……」
「俺は、いつもここで食べている」
なんということでしょう。
一国の主が、たくさんの民がいるところで食事をするなんて。
なんていうか……
ジーク様といると、本当に驚かされることばかりだった。




