14話 なにを話せばいいのだろう?
「……」
「……」
紅茶を飲み、クッキーをいただく。
どちらもとてもおいしくて、思わず幸せな気持ちになってしまう。
ただ、私はそれを感情に出すことができなくて……
かといって、良い言葉で表現することもできなくて……
ついつい無言になってしまう。
「……」
こういう時、いったいなにを話せばいいのだろう?
私は、まともにお茶会なんてしたことはない。
鉄仮面と好き好んでお茶会をする人なんていないからだ。
お茶の話?
クッキーの話?
それとも、天気の話?
どうしていいかわからなくて、あわあわと混乱してしまう。
でも情けないことに、その混乱は表に出ない。
私は頬をぴくりとも動かすことはなくて、静かに紅茶を飲んでいた。
「どうした? なにをそんなに慌てている?」
「え?」
「いたずらが見つかった子供のように慌てているじゃないか。なにか問題でもあるのか?」
「……」
ジーク様は、またしても私の感情を当ててしまう。
もしかして、心を読む力があるのだろうか?
「なぜ不思議そうな顔をしている?」
「いえ、その……どうして、ジーク様は私の感情を理解できるのですか?」
「うん?」
意味がわからない、という様子でジーク様は首を傾げた。
「以前、軽く触れましたが……私は鉄仮面です。笑うことはなくて、泣くこともない。いつでもどんな時でも無表情で、まるで人形のよう」
「だから鉄仮面……か」
「はい。私はなにも感じることはありません。それなのに、ジーク様は……」
「なぜ、と聞かれても困るな。俺の目には、単純にそのように見えている。そこに仕掛けはない」
「特に理由はないのですか?」
「ああ。手品を使っていないのに種を聞かれても答えようがないな」
嘘を吐いている様子はない。
だとしたら、ジーク様だけは私の感情がわかる?
心が見える?
不思議だ。
どうして、そんなことが可能なのだろう?
私は、ジーク様に強い興味を抱いた。
「あ、あの……!」
「なんだ?」
「えっと、その……えと……」
ジーク様のことを知りたい。
でも、うまい言葉が出てこない。
出来損ないなので、聖女の仕事をこなすだけで精一杯。
鉄仮面なので、人付き合いもない。
そんな風に過ごしていたせいで、人との接し方がわからない。
なんてことだろう。
私は、普通に人と話をすることもできないなんて……
「ゆっくりでいい」
「え?」
「慌てて話をしようとするな。急ぐな。落ち着いて、ものをまとめてから、ゆっくり話せばいい」
「それは……」
「俺はここにいる。逃げるつもりもない。俺は、アルティナと話をしたいとだからな」
「……はい」
私の表情は、やっぱり変わっていないと思う。
でも……
よくわからないのだけど、心は泣きそうになっていた。
「すぅ……」
深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
それから、ジーク様に言われた通りに言葉を頭の中でまとめて、それを口にする。
「ジーク様は不思議な方です」
「ほう、俺が不思議か」
「はい。今まで、私の感情を理解できる人なんていませんでした。それは、私も同じです。私も、自分で自分のことが理解できませんでした。だからこそ、鉄仮面などと言われていたのだと思います」
でも……
もしかしたら、それは間違いだったのかもしれない。
私でさえ気づいていなかったことを、ジーク様が指摘してくれた。
もちろん、それが正しいかわからない。
ジーク様の持論で、他の方からしたら間違っているかもしれない。
しかし、私は……
「私は……私に感情があると思いますか? 人の心があると思いますか?」
「おかしなことを言うな。アルティナは、俺が見てきた者の中で、一番、感情が豊かだと思うぞ。そして、誰よりも優しい心を持っているだろう」
「ありがとうございます」
その言葉はとても嬉しいのだけど、しかし、それが表に出ることはない。
笑みに変わることはない。
そのことが……初めて、悔しいと思った。
「そう言っていただけて、すごく嬉しいです。その……表情には出ていないと思いますが、本心です」
「ああ、わかる」
「それで、その……とても厚かましいお願いなのですが……」
「なんだ?」
「しばらくの間、私をジーク様の側に置いていただけませんか?」
「それは……つまり、俺と一緒に行動したい、ということか? 秘書のように?」
「はい」
「理由を聞いても?」
「……私は鉄仮面です」
感情が表に出ることはない。
だからこそ、鉄仮面と呼ばれていたのだけど……
こうも思うのだ。
感情が表に出ないのは、私に人の心がないからではないか……と。
元々、なにも感情が備わっていないのだ。
それなら感情が表に出ることはなくて、鉄仮面になるのは当然の流れと言える。
私は鉄仮面。
心のない人形。
……でも。
ジーク様は、私は感情豊かだと言ってくれた。
初めて、私の心を言い当ててくれた。
その方の言葉を信じたい。
そんなジーク様と一緒にいれば、私もまた、なにかが変わるかもしれない。
そう思ったのだ。
「ダメでしょうか……?」
「そう不安そうな顔をするな」
さらりと、私の心に触れてくる。
「断る理由がない。というか、それは俺の方からお願いしようと思っていたところだ」
「どういう意味でしょうか……?」
「やや複雑な経緯を辿ることになったものの……アルティナは、我が国にやってきてくれた聖女だ。しかも、類まれなる力を持っている」
「いえ、私なんて……」
「謙遜……ではないか。そのように教え込まれたのだろうな」
初めて、ジーク様が不快そうな顔をした。
その矛先が私でないことはわかるのだけど……
なぜ、怒っているのだろう?
「すまない、みっともないところを見せた」
「いえ……」
「とにかく。俺はアルティナことを非常に高く評価している。人を価値で表現するのは好かないが……その価値は、俺よりも高いだろう」
「そのようなことは……」
「あるんだよ。俺はただの王でしかないが、アルティナは聖女だ。聖女がいなければ、国は瘴気や魔物に侵されて、たちまち滅びてしまうからな」
「……」
その言葉は否定できない。
瘴気と魔物が蔓延る今の時代、聖女は必須の存在だ。
「おこがましい言葉になるが、俺と一緒に行動することで、アルティナには色々なことを学んでほしい」
「はい、わかりました。そうすることで、より国に貢献できるわけですね」
「それもあるが、それだけではない」
「?」
他にどんな意味があるのだろう?
疑問に思っていると、ジーク様がじっとこちらを見つめてきた。
「アルティナのためだ」
「私の?」
「変わりたいと思っているのだろう?」
「……あ……」
「なら、俺はアルティナの力になりたい。王という立場上、無条件でとはいかないのがもどかしいところだが……これなら、うまい具合にバランスが取れるだろう」
「どうして、ジーク様は私のためにそこまで……」
「そうだな」
ジーク様は少し考えて、優しく笑う。
「アルティナに惹かれているからだろうな」
「え?」
「君は不思議と人を惹きつける。目を離せなくなる。魅力があるから、自然とそんなことを思ってしまうのだろうな」
異性としてではなくて、人として……という意味らしい。
思い切り勘違いした私は、ものすごく動揺してしまうのだけど……
幸いというべきか、ジーク様はそのことに気がついていない様子だった。
……あるいは、残念と言うべきか?




