1話 鉄仮面
冬の新作投稿期間ということで、二つ目の新作を書いてみました。
にっこりと笑うことがなければ、悲しそうに眉をたわめることすらない。
親族が亡くなった時でさえ、涙の一つ流さない。
まるで鉄仮面だ。
それが私、アルティナ・アイスフィールドにつけられた、もう一つの名前だ。
アイスフィールド家は、代々、聖女を排出してきた。
聖女というのは、神に愛された子のことを指す。
怪我を癒やしたり、魔物を退ける結界を構築したり……特殊な力を持ち、代々、国に貢献してきた。
国の守護者と言っても過言ではない。
アイスフィールド家の長女として生まれた私も聖女の素質があり、幼い頃から訓練に励んできた。
聖女はとても大事な役目だ。
優秀な聖女ならば国は発展して、逆に力のない聖女なら国は衰退してしまう。
だから私は、一生懸命訓練した。
早く一人前になるために。
優秀な聖女になるために。
聖女としての力を磨くことに全ての時間を注いできた。
しかし、なかなかうまくいかない。
他の聖女ならできて当たり前のことを、私はどれだけ努力してもできない。
例えば、傷を癒やす魔法をいつまで経っても習得できない。
私はこの程度なのか、と落ち込んだ。
それでも諦めることなく、いつかは、とがんばり続けた。
がんばり続けたのだけど……
「この私、カイム・イングリウムは、アルティナ・アイスフィールドとの婚約を破棄する!!!」
国内の有力貴族が集まるパーティーで、あろうことか、カイムさまは私との婚約破棄を発表された。
カイム・イングリウム殿下。
イングリウム王国の第二王子。
私が聖女ということが判明して……
幼い頃に婚約を結んだ相手だ。
しかし今、大勢の人の前で私との婚約破棄を宣言していた。
突然、なにを?
私は驚くものの、うまく声が出てこない。
周囲の人達も同じような状況らしく、目を丸くするだけで、カイムさまの発言の真意を問いただそうとはしない。
そんな人々をぐるりと見回してから、カイムさまは声高々に言う。
「私は、イングリウム王国の第二王子として、聖女アルティナ・アイスフィールドと婚約を結んだ。それは国の発展を願うためであり、彼女自身に想いを寄せているからではない! 彼女のような鉄仮面に心を奪われる男など、いるはずもないだろう」
カイムさまの言葉に、いくらかの人が笑う。
まあ、鉄仮面ですが。
こんな状況でも、無表情を貫いていますが。
でも、さすがにひどくないでしょうか?
「アルティナが聖女としての役目を果たせるのならば、まだ私は我慢できた。しかし、しかしだ! 彼女の聖女としての能力は著しく低い。誰でも当たり前にできることをできず、歴代最低と言われるほどだ。そのような者と婚約するなど、国にとっての恥!」
おっと、恥とまできたか。
一応、私も男爵令嬢……貴族なのだけど、そのことは一切考えていない様子だ。
「よって、改めて宣言しよう。私は、アルティナ・アイスフィールドとの婚約を破棄する!!!」
反論はあるか? という感じで、カイムさまが私を見た。
反論、と言われても……
突然のことすぎて、頭がうまく回っていないというのが正直なところだ。
鉄仮面と呼ばれている私だけど、少しは感情がある。
驚いたり戸惑ったり、それくらいはする。
「そして……」
カイムさまの合図で、一人の女性が姿を見せた。
私と同じ銀色の髪。
ただ、私と違い、毛先はややウェーブがかかっている。
私よりも背は低く、感情豊かで愛嬌のある顔。
かわいい、という言葉がなによりも似合う女の子。
アニス・アイスフィールド。
私の妹だ。
「彼女は、アニス・アイスフィールド。アルティナと同じ聖女で、そして、歴代最高と言われるほどの実力を持っている。彼女こそが、聖女にふさわしい! この国の真の守護者である!!!」
参加者がざわついた。
それは本当なのか? と懐疑的な視線が飛ぶ。
しかし、カイムさまは余裕をもってそれに応える。
「アルティナよ。君が結界を張る場合は、どれくらいの時間がかかる?」
「通常のものでしたら、一時間ほどでしょうか?」
「アニスは一分とかからない」
「おぉ」という声があちらこちらから聞こえてきた。
その称賛の声を、アニスは当然という顔で受け止めている。
「他にも、アルティナの魔力量は最低値なのに対して、アニスは歴代記録を塗り替えるほどのもの。アルティナが十の魔法を使えるのならば、アニスは百……などなど。全てにおいて、アニスの方が上回っているのです。まあ、比べる対象のレベルが低すぎるというのもありますが……それでも、一般的な聖女と比べて、アニスはとても高いレベルにいる」
「ご紹介に預かりました、アニス・アイスフィールドです。まず最初に、姉の不徳を代わりにお詫びいたします。姉は聖女でありながら、その自覚と責任に欠けていたのでしょう。故に、力を得ることができなかった。そのことを深くお詫びいたします」
アニスが頭を下げると、パーティー会場の人々はどよめいた。
自分に一切の非がないのに、そこまでするのか。
なんて美しい姉妹愛なのだろう。
あの少女こそ、真の聖女だ。
そんな言葉が次々とあふれてきた。
「どうか、私にチャンスをいただけないでしょうか? 姉が果たせなかった聖女の役目、私が果たしてみせましょう。この国のため、身を捧げる覚悟で聖女の務めに励みたいと思います」
万雷の拍手がアニスを包み込んだ。
それを受けて、アニスは花のように笑う。
とても愛らしく、とてもかわいらしく……
到底、私にはできない笑みだ。
笑みだけじゃなくて、仕草に声のトーン……
なにもかもが私と違う。
生き生きとしていて、かわいい。
そんなアニスに、会場の人々はすっかり心を奪われてしまったようだ。
誰もが熱い視線をアニスに送り、拍手を送っている。
「ここでもう一つ、皆に発表しなければいけないことがある」
ある程度、場が収まってきたところで、カイムさまが再び口を開いた。
「私は、アニス・アイスフィールドとの婚約を発表する!!!」
再び場がどよめいた。
ただ、私の時とは違う。
驚きはあるものの、皆、好意的な表情を浮かべていて……
二人の婚約を祝福していた。
「私と彼女が結ばれたのならば、この国はさらなる発展を遂げることだろう!」
「殿下の婚約者に選ばれるという、途方もない栄誉……謹んでお受けしたいと思います」
二人の発表を見て、私は……
「……」
特に表情を変えることなく、置物のように、その場でじっとしていた。
笑顔を浮かべるわけではなくて。
悲しみに涙するわけでもなくて。
ただただ、無表情。
なにも感情を示すことはない。
そんな私を見て、人は鉄仮面という。
感情がまったく揺らがないから、鉄仮面。
でも……
「私は……」




