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私は偽聖女らしいので、宮廷を出て隣国で暮らします【連載版も始めました】

「お前の治癒の力は偽物だ!」


「偽聖女め。そうやって疲れたふりをしていれば給金がもらえていいご身分だな」


「全く、民の血税を何と思っているのか」


 治癒の力を使った反動で地面にへたり込んだ私を見て、宮廷に仕える方々が口々にそう言った。


 体中に重たくのしかかるような疲労感もあって反論する気にもなれない。


 何より、こうやって罵倒されるのも慣れてしまった。


 もう何年もこんな状態が続いているのだから。


 ──私、何のために頑張ってきたのかな。


 今となっては自分が頑張ってきた理由さえあやふやに思えてくる。


 ……私ことティアラは、物心ついた頃にはこのレリス帝国の辺境の寒村にいた。


 両親は顔も名前も知らない。


 私は浮浪児だった。


 いつもお腹を空かせて、飢えで頭がどうにかなりそうだった。


 そんな時、私は初めて宮廷の人たちの言う「聖女の力」に目覚めた。


 ゴミ捨て場に投げ捨てられていた腐りかけの果実。


 綺麗な状態だったら食べられるのにと思いつつ手を触れたら、果実は見る見るうちに新鮮な状態に戻っていった。


 ……それが全ての始まりだった。


 動植物が痛んでいたり、傷ついている時、私が触れればそれらは瞬く間に治っていく。


 私の力は次第に村人たちも知るようになり、私は村の人々が病や怪我で倒れた時、彼らを治すようになった。


 助けた村人たちも私に衣食住を与えてくれるようになり、生活は少しずつよくなっていった。


 そうやって生活し、私もそれなりに成長した頃。


 レリス帝国の宮廷近衛兵の方々が私の村にやってきた。


 そして私の力を確かめると「あなたは当代の聖女。ぜひ共に来ていただきたい」と言い出したのだ。


 どうやら神のお告げとやらで、聖女が辺境の寒村にいると彼らは知ったそうだ。


 聖女。


 それはあらゆる人々を癒し導く存在であり、勇者と並んで古の時代より存在していたという。


 私は「聖女? 自分が?」と半信半疑だった。


 自分の力が聖女特有の治癒の力と言われてもピンとこなかった。


 何より「宮廷に行きたくない。村の人と一緒に暮らしたい」というのが私の願いだった。


 村の人たちも最初は私を行かせまいと宮廷近衛兵の方々に話してくれたけれど、結局は私が出て行くことに同意した。


 ……宮廷近衛兵の方々が大きな袋にいっぱいの金貨を詰め、村の皆に渡したからだ。


 生活が厳しい辺境の寒村、お金が必要なのは私にも分かる。


 でも身売りされたようで、とても悲しかった。


 ……けれど、宮廷に行けば多くの人の助けになると馬車の中で兵士の方々に言われ、私は涙を拭って故郷を後にした。


 誰かの役に立つことはいいことだもの、そう自分に言い聞かせて。


 それから私は帝国の宮廷に住むことになった。


 夢に見た綺麗な衣服、美味しい食べ物、ふかふかのベッド。


 最初は全てが満ち足りていた気がしてとても嬉しかった。


 ……ただ、宮廷での生活は夢のようなものではないとすぐに気付いた。


「聖女様。まだ次の負傷者が来ます。すぐに準備を」


「ま、待って……。まだ力の回復が……」


 聖女の力は他人を癒す代わり、私自身を強く疲弊させる。


 本来なら一日に何度も使い続けられるものではない。


 息も絶え絶えになった私は首を横に振ったけれど、それでも無理矢理に力を行使させられた。


 ……レリス帝国は他国と戦争中だったのだ。


 帝国が聖女の治癒の力を欲し、辺境まで私を探しに来た理由もそれだった。


 毎日のように痛々しい負傷兵を治癒し、張り付けた笑みで「頑張ってくださいね」と送り出す日々。


 聖女の力の反動による疲労がありつつも、傷ついた人たちを前に「助けなくては」と私は気張り続けた。


 だって私は、多くの人の助けになるために宮廷に来たんだもの。


 ……自由になりたい自分の心を偽り続けて、そう思い込んできた。


「その結果が偽聖女扱い……酷いなぁ」


 自室に戻ってベッドに横になる。


 体に上手く力が入らない。


 少し涙が出そうになった。


 毎日頑張ってきたのに、偽聖女と罵倒される日々が続いている。


 ……思えば、戦争が終結した後からそんなふうに呼ばれ始めた。


 宮廷には寒村出身の私をよく思わない貴族の方々が大勢いる。


 前々から嫌がらせもそれなりにあった。


 聖女と呼ばれているからって調子に乗るなよ平民、などと。


 多分だけど、戦争が終わってお役御免になった私を宮廷から追い出したい王族や貴族の方々がよからぬ噂を流しているのだろう。


 私は聖女ではない、力も偽物だと。


「本当、馬鹿みたい。……どうしてこうなったのかな」


 この力だって欲しくて手に入れた訳でもないのに。


 それでも頑張って誰かのためにって自分に言い聞かせてここまでやってきたのに。


「私……何のために辛い思いをして、頑張ってきたんだろう」


 正直、これ以上この帝国のために頑張れる気がしない。


 そんなふうに思いつつ、私の意識は眠気で闇へと沈んでいった。


 ……それから、昨日の疲労が抜けきらなかった翌日。


 私は早朝からレリス帝国の姫君であるイザベル姫の自室に呼び出されていた。


 イザベル姫は大の平民嫌いで知られ、いつも私を睨んでいた。


 当然今も不機嫌気味に私の方を向いている。


 さらにイザベル姫の部屋にはエイベル・ルルス・ドミクス公爵を始めとした有力な貴族の方々が控えていた。


 ……皆、平民である私をよく思っていない方々ばかりだ。


 王族や貴族は尊く、それ以外は下賤であると。


 今日は一体何を言われるのだろうと身構えつつ、私は頭を下げた。


「イザベル様、ティアラが参りました。伏して御身の前に」


「ハッ。こういう時は名前のみならず家名も名乗るものよ? 教育がなっていないわね」


 イザベル姫が鼻で笑えば、傍らにいるエイベル公爵も下卑た笑みを浮かべた。


「いいえ、仕方がないかと。何せ彼女は元浮浪児。両親の顔も名も知らぬ故、家名などありませぬよ」


「ああ、そうだったわね。くくっ……これは失礼」


 周囲の貴族も二人に合わせて私をあざ笑う。


 いつも通りの嫌がらせかな、と思っているとイザベル姫が続けた。


「ねぇ、ティアラ。最近、あなたの持つ聖女の力が偽物だって噂が流れているけれど。今日はそれを確かめたく思うの。付き合ってくれるかしら?」


「……はい」


 すると控えていた兵士の一人が、痛んだ果実を台ごと運んできた。


 私の前に台を置くと、イザベル姫が言う。


「さあ! 私の前でこの果実を新鮮な状態にしてみせなさい」


「分かりました」


 私はいつも通り、治癒の力を働かせる。


 自分の体から生命力……即ち魔力を発し、腕を伝って果実へ流し込む。


 すると果実は元の新鮮な状態に戻った。


 ──よかった、今日もちゃんと力を使えた。これなら罵倒されずに……。


 と、半ば安心しかけていたその時。


「あら? おかしいわね。歴代の聖女は力を行使する時、眩き聖なる光を発すると伝えられているのだけれど」


「うむ。ティアラの手は全く輝いておりませぬな。これは本当に聖女の力なのでしょうか?」


 イザベル姫とエイベル公爵は揃ってそう言った。


 周囲の貴族たちも揃って「確かに」「言われてみればな」と頷いている。


 嫌な予感がした瞬間、イザベル姫はにやりと笑った。


「ふふっ……やっぱりね。あなたは聖女などではない。ただの治癒術師。生命力である魔力が多いから、大方それを使って癒しの魔術でも使っていたのでしょう。絶対的な治癒の力を持つという聖女ではないようね!」


 魔術。


 それは私の治癒の力と同様、人間の生命力である魔力と引き換えに使える力。


 でも私は魔術を扱えないし、治癒の力だって魔術ではない。


 その証拠に、私は魔術の設計式である魔法陣を空間に展開できない。


 これをイメージ通りに展開できなければ、魔術は行使できないのだ。


 ……言いがかりです、そう訂正するより早く話は進んでいく。


「聖女を騙り、給金を手にしていた罪は重いものと存じます」


「偽聖女め。平民を宮廷に入れるからこうなる」


「尊き血を持たぬ者はここから消えよ!」


 周囲の貴族たちから口々にそう言われて私はたじろぐ。


 今まで一生懸命にやってきて、今日だって治癒の力の反動で少しふらついているのに。


 あんなふうに言われて、私は唖然とする他なかった。


 そんな私の様子を見てなのか、イザベル姫はこちらへ指を突き付けてきた。


「偽聖女ティアラ! この件は私から父上……皇帝陛下に伝えさせていただくわ。そしてこうなれば陛下の沙汰を待つまでもない。……あなたはこの宮廷に相応しい人間ではない。すぐに出て行きなさい!」


 ……イザベル姫から告げられた宮廷からのクビ宣告。


 思わず愕然としてしまった。


 ここを追い出されたらどこに行けばいいのか。


 私を宮廷へ売り渡した人たちの住む故郷には戻りたくない。


 毎日毎日、気絶する寸前まで治癒の力を酷使して、嫌がらせにも耐えて耐えて、全部に耐えてきたのに最後には追い出されるなんて……あれっ?


 ──よく考えたら宮廷を出れば、これ以上罵倒されることも、気絶するほど疲労する聖女の力を酷使することもない? 色んな悪口に耐えて生きることも?


 ……よく考えたら全てから解放されるし、いいこと尽くしでは?


 貯金もあるし、住む場所はどうにかできるかもしれないし。


「ふふっ。でも情けをあげてもいいのよ? 私は寛容なの。平民らしく床に這いつくばって靴を舐めれば……」


 哄笑するイザベル姫。


 けれど私の耳にはそれらの言葉は入ってこなかった。


 この宮廷から解放されるという喜びに満ちていたからだ。


 それから私は、どうせ最後なのだから少しでも爽やかに別れようと考えた末。


「これで自由に生きられます、ありがとうございます!」


 勢いよくそう言い、頭を下げた。


「……は?」


「な、何……?」


 イザベル姫やエイベル公爵たちがぽかんとしている気がするけれど、きっと気のせいだろう。


 だって二人が望んだ通りに私はここを去るのだから。


「それでは、失礼いたしますね」


 私は一礼し、言われたようにすぐ宮廷から出るよう、イザベル姫の部屋から退室した。


 ドアを閉める時に「ちょっ、ティアラ……!」とイザベル姫の声が聞こえた気がしたけれど、多分聞き間違いに違いない。


 だってあのイザベル姫が私を呼び止めるなんてこと、するはずがないもの。


 ……それから、私は少ない荷物を纏めてトランクに詰め、即座に宮廷から出て行った。


 日々の疲労で少し足はふらつくけれど、そんなものは気にならないほど私の心は晴れ晴れとしていた。


「今日から自由! ……でも、どこに行こうかな」


 帝都の大通りの端で少し考え込んでから、


「ひとまず帝国図書館にでも行こうかな」


 帝国図書館、そこは帝国中の貴重な文献が保管されている場所だ。


 当然ながら許可がなければ入れないが、私の場合は聖女という立場であったのと月に一度の休日に必ず通っていたので、最早顔パスだ。


 ……今は元聖女だけれど、最後に一回くらい行ってもバチは当たらないだろう。


 宮廷のある帝都からはひとまず離れる予定だし。


 私は賑やかな大通りを移動し、宮廷から少し離れた帝国図書館へ足を踏み入れる。


 神殿のようにも見える厳かな石造りの図書館は、いつ見ても建物そのものが美術品のようだった。


 まずは受付さんに顔を見せると「お入りください」と一礼される。


 そして中へ入れば、いつ来てもその蔵書量に圧倒される。


 高い棚に本がぎっしりと詰まっている様は、私にとっては夢のようだった。


「辺境の故郷じゃ本なんてほとんどなかったものね……」


 端的に表せば、私は本が──歴史書、図鑑、伝記、小説などのどれもが──大好きだ。


 どんなに辛いことがあっても、集中すれば忘れてしまえる。


 本の中は知識の海で、そこでは私はいつだって自由だからだ。


 それを理解した時は、必死に文字の読み書きを学んで本を読めるようにしたものだ。


 そんな訳で、私は休日のたびに必ずと言っていいほどこの図書館に通っていた。


 図書館の中には私のように本好きと見える人たちがちらほらといて、本を開いて夢中になっていた。


「帝都を出る前に最後に読むなら何がいいかしらね……」


 思わずそう呟いて本を一冊手に取れば、背後から「えっ」と声が聞こえてきた。


 思わず振り向けば、そこには。


「アレックス。久しぶりね」


 私の数少ない友人であるアレックスが立っていた。


 光を受けて輝く金髪に、こちらを映す澄んだ翡翠色の瞳。


 影を長く伸ばす長身は、帝国魔導学園の制服がよく似合っていた。


 そう、彼は名門である帝国魔導学園の学生なのだ。


「久しぶりだな、ティアラ。……それで、帝都を出るってどういうことだ? この図書館にももう来ないのか?」


 アレックスは少し難しげな表情でそう聞いてきた。


 ──うん。私が図書館にもう来ないって思えば、アレックスだって事情が気になるかもしれないよね。


 ちなみに、彼とはこの図書館で知り合った仲だ。


 仲良くなった際に聞いたところ、アレックスは留学生であるようで、あの時はこの国の歴史に興味があったのか歴史書を手に取ろうとしていた。


 一方、私も偶然同じ歴史書を手に取ろうとして……互いに顔を知り合ったきっかけはそんな形だった。


 その後はアレックスが度々、私に「図鑑はどこにある? 課題で使うんだが場所が分からなくてだな……」など、本の位置を聞いてくるようになり、気が付けば雑談も増えていった。


 結果、今や私の数少ない友人になっていったのだ。


 アレックスには事情を話そうと思い、私はこくりと頷いた。


「私、宮廷に住んでいたんだけど……事情があって出て行くことになったの。それで宮廷の近い帝都に住む気もないから。多分、この図書館に来るのもこれが最後」


「事情があって出て行く……? レリス帝国の当代の聖女が宮廷から? おいおい、穏便じゃないぞ何があった」


「……? アレックス、私が聖女だって知っていたの?」


 思い出すのも嫌だったから、今まで仕事については一言も伝えていなかったのに。


 するとアレックスは盛大にため息をついた。


「当たり前だろう。帝国で暮らしているのに当代の聖女を知らない方がおかしい。最初に出会った時は驚いたが……いいや、ひとまず外で話そう。ここだと他の人に迷惑だし、聞かれても困る」


 アレックスにそう指摘され、私は思わず手で口を押えた。


 ……図書館ではお静かに、そういう決まりだった。


 それから私はアレックスと一緒に外へ出て、帝国図書館の横にある噴水広場に向かい、その一角にあるベンチに腰掛けた。


 青空の下、多くの人が行き交う広場は活気がある。


 私は帝国図書館の次に、明るい雰囲気のこの場所が好きだった。


「……そんな訳で、今まで少しだけ大変だったの」


 諸々の説明を終えると、アレックスは「はぁ……」と盛大にため息をついた。


「酷い姫君だ、言いがかりも甚だしいな。戦争が終わった途端、今まで国のために尽力してきた聖女を切り捨てるとは……」


「でも……仕方ないもの。私は元々、辺境の生まれだし。宮廷に相応しくなかったのは本当かも」


 頑張って作法とかも覚えたのになぁ、と続ければ、アレックスはこちらを見つめる。


 ……正確には、私の手をだ。


「ティアラ。もしよければ一回、俺の手に治癒の力を使ってもらえないか? 話を聞いて気になって、確かめたいことがある」


「確かめたいこと?」


 アレックスは懐から短剣を取り出し、軽く自分の手をひっかくように切った。


 ……これくらいの傷なら、さほど反動もなく治せる。


 友人の頼みなら、と私はアレックスの手に自分の手を重ね、治癒の力を行使した。


 途端に傷は癒えていくが、アレックスは目を丸くしていた。


「どう? 確かめたいことは分かった?」


「ああ、分かった。分かったが……恐らく、とんでもないことが起こっているぞ」


 アレックスは下げていた鞄の中から筒を取り出した。


 中から紙を出して広げてみれば、そこには「帝国魔導学園 学位記」と記されていた。


「これって……えっ。アレックス、魔導学園を卒業したの?」


「ついさっきこれを貰ってきた。だから今は故郷に戻るまでの短い休暇中だ……って、今はそんな話はいい。俺がこれを見せたのは、俺が魔導学園で魔力や魔術について学んで研究し、ある程度の知見があるとティアラに知ってほしかったからだ」


「は、はぁ……」


 アレックスのいつになく熱心な様子に、私は少し気圧されてしまった。


「それで今使ってもらったティアラの力……聖女特有の治癒の力についてだ。俺の見立てでは恐らくだが、歴代聖女の『力を使った際に出る聖なる光』とやら。それは多分、治癒の力を行使した際、大気中へ逃げる魔力が光っているんだ。つまりは魔力のロス分だ」


「……魔力が無駄に逃げた分が光っていたってこと?」


「そうだ。治癒の力は凄まじい魔力を消費するし、そもそも魔術の魔法陣だって輝いているだろう? 大気中へ放出される魔力ってのは光るんだよ。でも……」


 アレックスは私の手を握って、息を呑んだ。


「……ティアラの場合、さっき手を治してもらったのを見る限り、全く魔力が光らなかった。大気中へ逃げる魔力のロスがゼロに等しいんだ。魔力が無駄に空間へ発散せず、対象の人間にのみ正確に力が働いている証拠だ。さっき俺がとんでもないことが起こっているって言ったのはそれだ。魔力を行使した結果、ロスがゼロ……そんな例は聞いたこともない……!」


 アレックスは自分で言いつつ妙に感動しているような、興奮しているような様子だった。


 ……要するに、私の治癒の力はアレックスからすればかなり凄いらしい。


 実感はないけれど。


「ティアラ。これから帝都を出るって言っていたが、行く宛はあるのか?」


「うーん……実はないの。故郷にも戻りにくいし、ノープラン」


「よし。だったら俺の国に来ないか? 俺も近々帰るところだしタイミングもいい。ティアラを最高の待遇で迎え入れるし、宮廷のように無理に治癒の力を使って働くことも強いないと約束する。向こうにも大陸の統一言語で記された本が多く入っている図書館はあるし、自由にして構わないぞ」


「ほ……本当!? ……って、どういうこと? アレックス、留学生って聞いていたけど。そもそも俺の国ってそんな自分の物みたいに……」


 思わず訝しんで聞けば、アレックスはけろっとした表情で、


「ああ、俺の国で間違いない。……言ってなかったな。俺はアレックス・ルウ・エクバルト。エクバルト王国の第一王子だ」


「……えっ? ……えええっ!?」


 ──何、アレックスって王子様だったの!? というか王子様も留学とかするんだ……。


 今まであまりにも普通に接していたので、一周回って驚いてしまった。


「というか、何で今までそんな大事なこと黙ってたの……?」


 まずい、隣国の王子様にこれまで色々な無礼を働いていないだろうか。


 ……こちらは辺境の寒村出身な田舎娘、気付かぬうちにおかしな真似をしてしまったりとか……。


 ううん、と唸っていると、アレックスは小さく噴き出した。


「くっ、はははっ。驚いてくれてよかったよ。いつか驚かせてやろうって黙っていた甲斐があった」


 アレックスはひとしきり笑ってから、


「それでどうする? 俺としてはティアラほどの人材がうちに来てくれればとても嬉しい。宮廷から追い出されたティアラを引き抜いても、この帝国の人間も文句は言わないだろうしな。何より……友達の窮地を放ってはおけない」


 アレックスはじっとこちらを見つめてくる。


 私の返事を待っているのだ。


 ──行く宛もないし、アレックスならおかしなことはしないだろうし。帝都から遠くへ行くって意味でも……うん。いいかも。


 ここ数年の付き合いで、そう思えるくらいにはアレックスに心を許していた。


 私は一度頷いた。


「分かった。私、アレックスについて行く。宮廷みたく、治癒の力を使って働くことを強いないって言ってくれたもの」


「そりゃ当たり前だ。……魔術でもそうだが、治癒系統の力は高度かつ使用者に多大な負荷を強いる。強引に使わせていいものじゃないんだ、本来なら。……その点、体を壊さなかったティアラはかなり凄いと思うぞ」


「えへへ、そうかな」


 褒められて嬉しくなっていると、アレックスは「本当に流石だよ」と笑みを浮かべた。


 ***


 ティアラが去った直後、レリス帝国の宮廷にて。


 まだ聖女が去ったことを多くの人が知らないその場所では、少しばかりの問題が起きようとしていた。


「失敬、急患だ! 通してくれ!」


 レリス帝国を守護する兵士たちが馬を走らせて現れ、宮廷の前で馬から降りた。


 彼らは負傷した仲間を背負っており、痛々しい呻き声が周囲へ漏れる。


「東の街道の警備任務で仲間が魔物にやられた! 聖女様のお力をお借りしたい!」


 彼らは東の街道を守る警備兵であったが、魔物──神秘の力である魔力により凶暴化した獣──に襲われたのだ。


 魔物の膂力は凄まじく、訓練された帝国兵を優に上回る。


 故に隣国との戦争が終わった後も、負傷した兵士が聖女ティアラの癒しを求めて宮廷へやってくることは多々あった。


 これも、当代の聖女は一般の兵にも癒しを与える真の聖女である……そんな噂話が兵士たちの間に流れているためであり、それは事実であった。


 ……ティアラが宮廷を去るまでは。


「聖女様か……少し待て」


 負傷者を背負った街道の警備兵に対し、宮廷の近衛兵はティアラを呼びに急いで宮廷内へ戻る。


 だが……。


「負傷者がいるようね。ならば任せなさい」


「なっ……イザベル様!?」


 聖女ティアラの代わりに現れたのは、帝国の第二王女であるイザベルであった。


 彼女は杖状の治癒の魔道具──内蔵魔力を糧に特定の働きをする道具──を手に、負傷した兵士の元へ向かう。


 この時、イザベルは次のように考えていた。


 ──ふふっ。平民聖女の力が何よ。今は昔と違い魔道具も進歩したもの。兵士の治癒程度、宮廷の技師が生み出した魔道具で十分。少しからかった程度で宮廷を飛び出した、あんな小娘の力を借りるまでもないわ。何よりあの子が出て行って清々したものね。


 そしてイザベルは魔道具を起動させ、兵士を癒しにかかったのだが……。


「……イ、イザベル様……? 治癒の方は……?」


 そのように兵士が困惑するほど、全く傷は塞がっていなかった。


 周囲の兵士たちも訝しんだ様子でイザベルを見つめている。


「なっ……そんな!? 魔道具はしっかり起動しているのに……!?」


 顔を青くして困惑するイザベルに、その様を見て「聖女様はどこだ!?」「仲間の命がかかっているんだぞ!?」と近衛兵に掴みかかる街道の警備兵たち。


 ……兵士たちは知らない。


 既にティアラはイザベルや貴族によって宮廷を追い出されていることを。


 ……さらにイザベルも知らない。


 聖女の治癒の力とは、聖女自身がその場に存在しているだけで周囲に影響を及ぼすことを。


 つまりは宮廷の技師が作った治癒の魔道具は、ティアラが宮廷にいた時には彼女の恩恵を受け、試験段階でも十分以上の効果を発揮していたのだ。


 けれどティアラが宮廷を去って「治癒の力」全般が弱体化した今、宮廷の技師が作った治癒の魔道具も使い物にならなくなってしまったのだ。


 そもそも治癒の力は魔道具に置き換えて扱えるほど、単純なものではなかった。


 ……魔力のロスを限りなくゼロにして治癒の力を扱えた、真の聖女かつ歴代一の聖女であったティアラ。


 その力は誰もが想像していなかったところまで及び、帝国や宮廷を支えていた。


 しかしながら治癒を一手に引き受けていた聖女ティアラはもういない。


 こうしてティアラの追放が原因となり、レリス帝国が次第に国力を衰えさせていくことを……帝国の人間たちはまだ誰も知らなかったし、予想すらできていなかった。


 その一方、聖女ティアラはアレックス王子と共に、エクバルト王国で温かく豊かな第二の人生を歩むこととなる。


 それらは全て、のちの歴史書に記される話であった。

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