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8. 予想外な出来事(過去 前編)

 シリウスを屋敷から見送った後、リアンは茶器を片付けながら、アルデバランに話しかけてきた。

 

「気がついていたかしら? 私の力のことは」


 アルデバランは卓を拭いていた手を止め、リアンの方を向くと、リアンが右手をひらひらと見せて、親指の付け根に星宿の痣を見せてれた。


「いえ。気がつきませんでした」

「そう……」


 リアンは息ついた。

「私が力をつかえたのはたった一度だけだったから」


 リアンは瑠璃色の瞳を見開き、アルデバランをじっと見る。

「聞いてくれる?」


⭐︎⭐︎⭐︎


 リアンが幼い頃、自分の右手の親指の付け根に星型のあざがあるのを知り、両親に尋ねた。


 両親は狼狽えたが、すぐにリアンを諭すように「誰にも言ってはいけないよ」とそう言って、家族だけの秘密した。

 両親の態度にこれはただならぬ事なのだと、幼いリアンもすぐに理解し、長らく黙っていた。


 リアンの母はシリウスの乳母であったことから、リアンとシリウスは幼い頃からよく遊んでいた。野山を駆け回り、虫を取り、共に勉強をした。時には喧嘩をし、仲直りして、共に成長していった。


 二人が年頃になる頃には、先王妃とリアンの両親の考えから、二人は距離を取り、男女として正しい距離を保ちながら、接するようになっていた。


 シリウスの艶やかな黒色の髪は、夜の帷のようで、本当に美しく、その顔立ちも王妃に似て眉目秀麗で、誰もが彼の横を歩くと、その美しい造形を再度確認したい気持ちに駆られ、視線を集めてしまうそんな雰囲気を持っていた。

 そしてその生まれ持った地位も相まって、皆が夢中になった。


 リアンの周りにいる友人達も通りすがれば頬を桃色に染めていたし、年頃の女生たちはみな、シリウスに憧れていたとリアンは思っていた。


 たまたま母と先王妃が友達で、たまたまリアンが少し早く産まれ、たまたまシリウスがリアンの少し後に生まれた。

 そんな偶然がいくつも重なって、幸運にも自分はライバルたちを出し抜いて、シリウスと知り合えた。


「成人したら結婚してほしい」


 シリウスはリアンにそう告げてくれていたし、リアンも彼を信じていた。疑う余地なんてなかった。


 そう、自分が成人をするその日まで。


 金色の髪を結い上げて、花を簪代わりにあしらった。リアンの金色の髪に艶やかな玉をあしらった簪は派手すぎるので、花ならば問題ないだろうと、両親と話して決めたのだ。


 この花が本当にリアンによく似合っていた。


 成人の儀は王宮の中庭で行われる。

 その年に成人となる者やすでに昨年成人となった者が集まり、陛下もしくは王妃に名前を呼ばれるので、返事をして、王と王妃から渡される祝いの酒を飲むというものだが、これがこの国の官吏や豪族たちの子の成人の儀であった。


 平民ならば村長や諸侯の役人が王や王妃の代わりを務めることとなるが、豪族たちの子を蔑ろにするわけにはいかないと、このような慣習となった。


 リアンの誕生日はこの成人の儀の三ヶ月後だが、シリウスと早く結婚したいと思い、翌年ではなく、今年、成人前だが儀式へ参加することにしたのだ。


 王宮の中庭には金糸や銀糸を施した着物を纏い、頭には碧玉や紅玉、真珠を施した豪華な簪を刺した両家の子女が多く集まっていた。

 その中で生花を挿している娘などリアンだけであった。


 リアンが圧倒されながら、キョロキョロと周囲を見渡していると、「リアンも来ていたんだね」と聞き慣れた声が遠くから聞こえてきて、振り返った。


「シリウス皇子」

 リアンは驚いたからか、いつもより声が大きくなった。

 慌てて、肩をすくめるがもう遅かった。周りがざわめき始めたので、気まずいな、と思っていたが、シリウスは気にしていないらしい。

 いつものように話を続ける。

「とても綺麗だ。よく似合っているよ」

「どうしてここに?」


 皇子が諸侯や豪族の子供と同じように成人の儀を執り行うなど聞いたことがない。

 リアンが目をパチクリとしていると、シリウスは楽しそうに笑った。


「私のたっての願いだよ。私の成人の儀の正式な式は後日行うとしても、ここにいる皆とは同じ釜の飯を食った仲間なのだと思いたいからね。一緒に参加したいと思った。許してほしい」

 

 この人は素でこんなことを言うのだから。

 百点満点の回答をするシリウスの言葉を側で聞き耳を立てていた周囲が、わーっと盛り上がり、いつしか大喝采となっていた。

 それを恥ずかしそうに沈めると、シリウスはこっそりリアンに耳打ちをする。


「本当は誕生日まで待てなかった」

「まあ。私もです」


 成人をしたら結婚してほしい、と言うシリウスの言葉を疑ったことなどない。


 ああ。あと少し。その日が待ち遠しいのはリアンも同じだ。


 そんな二人のやり取りを王宮の2階の欄干から第二皇子のカイルがじっと見ていた。じっとりと見下しながら、送る視線の腹の内を二人は知る由もなかった。


 リアンが胸の高鳴りを抑えながら、会が開かれるのを待っていると、王妃と共に王が現れ、会場がどよめいた。


 え。なんで? 例年は王妃様だけのはず。シリウスがいるから?


「今年は余が執り行う」


 会場は歓喜の声で溢れていたが、リアンの心中は穏やかではなかった。


 シリウスがいるからだけなのか、他にも理由があるの? リアンは不安そうに王妃の姿を見るが、幾分か顔が硬直しているようだ。


 気にしても仕方ないわ。

 リアンは自分を納得させ、首を垂れて待ち続けた。

 

「礼部侍郎の娘 リアン」

「はい」


 リアンは、はつらつとした声で返事をすると、陛下の前に出てうやうやしく盃を受け取り、薔薇色の唇の中に酒を注ぎ込む。


 その姿を陛下が値踏みをするように、じっと見ていたことを緊張していたリアンも、リアンの姿を愛おしそうに見ていたシリウスも気が付かなかった。


 だが、王のすぐそばにいた王妃と遠くから見ていた第二皇子のカイルだけは王の気まぐれを察知していた。

 カイルの口元がほんの少しだけ、怪しく弧を描いたことを王妃は見逃さなかった。


 成人の儀の後、リアンが家に帰ると、両親は豪華な食事を用意してくれていた。

 大人になったのだと、和かに微笑んで迎えてくれた。


 家で散々宴を開き、初めて飲んだ酒の味に酩酊しながら、リアンはいつもよりほんの少しだけ早く、休むことにした。風呂に入りなさいと、母の声が遠くの方で聞こえる。


 けれど、そんなことどうでもいい。

 雪崩れ込むようにベッドに横たわると、リアンはそのまま夢の中にいた。


 リアンは結婚式の日に新婦が着る純白の着物を纏い、頭には沢山の玉を施して、王宮の廊下を歩いていた。

 リアンの歩く先には白色の着物を纏う黒髪の男の後ろ姿が見えた。どうやら新郎なのだろう。

 男は振り返り、いつものような屈託のない笑顔ではなく、少しはにかんだ笑顔を向けてくる。

 新婦のリアンが自分の元に来るのを待っている。


 ああ、シリウスとの結婚式ね。


 シリウスで、彼の手をリアンに差し出し、二人は手を取って、民衆の前に結婚したことを報告していた。


 とても幸せに満ちたこの気持ち。


 それから何年が過ぎたのだろうか。

 二人の間には子も授かり、男の子と女の子が遊んでいる中、王宮に鳳国の紋章をつけた刺客が現れ、二人の子供を一瞬で殺害した。

「何事?」

 リアンがそういうより早く、リアンの腹に刺客の一人が剣を刺していた。


「侵略だ。我が姫と結婚してれば良いものを」


 口から血が溢れ、苦しくて咳と共に血が吹き出し、床に転がると、そこには絶命している我が子がいた。


 そして、遠のく意識の中で、シリウスが刺客に刺されたであろう声が聞こえていた。



「リアン、リアン」

 声に導かれるようにリアンが目を開くと、見慣れた天井と、心配そうな母の顔がそこにあった。

「うなされていたわよ。大丈夫?」

「ええ」


 夢? 夢なの……。


「悪い夢を見たから」

「もう、汗がこんなに。湯を沸かしますから、風呂に入りなさい」


 本当にただの夢といいきれるの?

 私は星宿の子なのに、本当にただの夢なのだろうか。


 不安を押し隠して、リアンは母に笑った。

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