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7. 予想外な出来事

 凍りついた空気を溶かしたのは厨房から茶器を持ってきた侍女だった。

 彼女は手早く茶碗をシリウスの前に置くと、手慣れた手つきで茶を注いでいく。


「さ、冷めぬうちお召し上がりください」


 シリウスが茶碗を持つのを確認し、アルデバランにも前にも茶碗を置いて、シリウスと同じことをしていく。


「陛下のおっしゃる通り、リゲルは王位継承権第一位となりました。故に婚姻はあの子の望む通りにはならないことは私も存じております」


 リアンの声に侍女の手つきが一瞬止まったが、先ほどよりスピードを上げて作業をする。どうやら、込み入った話になることを察したらしい。

 本当に優秀だ。王妃の侍女なだけある。


「ですが、陛下が()()()()このようにご足労いただいて話すということは、候補となるお相手の女性に思うことがおありだと言うことですか?」


 リアンは自分の手前に置かれた茶碗に注がれていく茶を見ながらそう言った。

 湯気がゆらめいて宙を舞っている。


()というほどではない。ただ……鳳国の姫とするか、国内の豪族の姫とするか、それで迷っている」

「北はそれほどまでに脅威ですか?」


 王妃の祖国である鳳国。王妃一人だけでは龍王国への侵攻を止める礎にはなり得ないのだろうか。


「養子をとったことが気に入らないのであろうな。自国の姫と血が繋がっていないのだから、気持ちはわかる。つまり、我が国は彼らにとっていまだに信用ならないというわけだ」

「それは、王妃様にはお聞かせできない事案ですね」

「そうだ」


 リアンは、困ったようにふう、と息を吐き、侍女に下がるように目配せする。侍女は、「それでは失礼します」と言って、リアンの家を後にした。


 リアンはアルデバランは去ってはだめよ、と目で訴え、茶碗を持ってごくりと茶と不満を腹の奥へと流し込む。


「でしたら、他国からの侵略を防ぐのが定石でございましょう。国内は一枚岩でなくとも他国の侵略を御していれば、問題ないかと」

「そうでもないのだ」

「西の……反乱……ですか?」


 現王シリウスは首を縦に振る。

「今は問題ないだろう。だが、西武の豪族は星宿の子を妻として手に入れた地方豪族だ。元々野心もある。彼らがおとなしくしているとは思えん」


 アルデバランは誰のことを指しているのか、わかり、ごくりと唾を飲み込んだ。


「私にはカルトスが、国を裏切るようなことをする子にはおもえません。あの子は北部のために、冬場でも荷物の運搬ができるよう、駅舎を作った子です。国のために、民のために官吏として力を注いでくれた子です。そんな子が裏切るなど、私は信じられません」


 シリウスはリアンを諭すように、見つめた。その視線があまりにも甘ったるいので、アルデバラン、寒気を覚えた。


王の星(ロイヤルスター)がついているのにか?」


 ああ。やはり。この人は気づいていたのか――。アルデバランは申し訳なさそうに、眉を寄せる。


「陛下はずいぶんと悲観的でいらっしゃるのですね。リゲルにも王の星(ロイヤルスター)はついております。そうよね」


 金色の髪を傾けて、瑠璃色の瞳を三日月のように細めて、アルデバランを捉えていた。アルデバランを信頼している、というその表情がよくわかり、アルデバランはドキリとした。


(リアン様もリゲル様と同じ瑠璃色の瞳なのだな)


「はい。必ずや私の王(リゲル)様が窮地に陥れることがないよう、お支えすると誓います」


 アルデバランは陛下の目を見て、そう答えた。


 シリウスはアルデバランの言葉に一瞬目を見開き、リアンの涼やかな表情を見ると、全てを察知したように、静かに息を吐いた。


「なるほど、そういうことか……」

「リゲルの従者は素晴らしいのですよ」

「しかし、まあ、遠回りしそうだな」

「それは星のみぞ知るところですわ」


 リアンが満足気に、にこりと微笑むので、その顔が少女の頃とまるで変わっていなかった。

 シリウスは懐かしそうに、ふっと笑って茶を啜った。


「だが、リゲルは私の養子となった。諸侯らが自分の娘を嫁にと動いているのは止められない。形だけでも婚約関係を結べる者がいれば願ったり叶ったりなのだが」


「私はあの子には波風のない平穏な道を歩んで欲しと願っております。そしてできることなら、望む者と添い遂げて欲しいとも」

「余は叶わなかった。王とはそういうものだ」

「……」


 リアンがシリウスをキッと睨む。

「王妃様は素晴らしい方です」

「知っている。それに、リアンが思うよりは大切にしている」

「それはよかったです」

「………」


 シリウスとリアンの間に流れる空気が凍りついていたのでアルデバランはまた胃がキリキリ痛んだ。


「死ぬまできっと後悔するのだと思う。先王を諌めていたら、あなたと早く結ばれていたら、カイルに出し抜かれてなければ、そんなことを考えずにリアンに接することができたら良いのに、思わずにはいられない」

「…………」

「愚かであろう」


 情けない顔をリアンに向けたシリウスはリアンに救いを求めるように見つめた。


「では、陛下は私が哀れな女と思われているのでしょうか?」

「?」

「私は貴方様と結婚の約束をしていたのに、先王の後宮に召され、一人息子は陛下と王妃の養子となり、一人ぼっちとなった私はこの王宮の隅のボロ屋敷に住まう私を哀れと思われているのですか?」


「そんなことは断じて思っていない」

 シリウスは首をぶんぶんと横に振る。


「矜持があるのだと、凛としている姿がただ美しく、目が離せない。あの時とまるで変わっていないと、そう思っている」


 リアンは満足そうに、にこりと微笑んだ。


「そうですか……。ボタンがかけ違い、別の道を生きることとなったよくある男女の話です」

「リアン。()は王の前に、よくある男なのだ」

「私は()()()との間にできたリゲルを愛しています。どうか、その想いだけで満足していただけませんか?」


 リアンがシリウスに頭を下げたのでシリウスは、卓の上で拳をきつく結んだ。


「私を日陰者と思い、哀れな女と思っていないのであれば、どうかこのままで」


「あなたが誰を想って、どう生きようが私には止めることができません。あなたのお心のうちを私にどうこう出来ることではありません。ですが、お心を、表には出さないでくださいませ。これは私の力によるお願いです」


 シリウスは苦虫を噛んだように、眉を寄せる。


「わかった。先読みの力なのだな」


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