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6. 思わぬ客

 カルトスが嫁いでから、リゲルは今まで以上に政務に邁進していた。時間があれば、余計なことを考えてしまうのが人間というもので、それを避けようとしているのか、そんな雰囲気をアルデバランは感じ取っていたので、主人の姿を横でじっと見ていた。


 あまりにもリゲルが根を詰めすぎているので、「少し、休憩を取られたらいかがですか」とアルデバランからリゲルへ提案したこともある。

 しかし、休憩後に政務に戻ったリゲルが翌日も使いものにならないほど呆けていたので、リゲルの母のリアンに「このままでは他の人に迷惑がかかるから、倒れるまで働かせときなさい」とアルデバランは叱責を食らった。

 リゲルは日に日に目の下の隈を濃くしていくが、休憩を安易にすすめるわけにもいかず、アルデバランはリゲルの横で彼を支えることに徹することにしたのだ。


 アルデバランとしても主人が体調を崩していくのを黙って見過ごすのもつらいところではあるが、こういった事情なので仕方がないと思うことにしていた。


 この八方ふさがりな状況ではいつもポルクスが助け舟を出してくれるのだが、今回は彼も忙しいのか、リゲルになかなか会いに来てくれない。


 (レグルスだって……)


 カルトスが結婚をし、王都を離れるとき、何故かレグルスも王都からいなくなった。それがないを意味するのか、アルデバランはよくわかっている。

 レグルスとは仲が悪いわけでもよいわけでもないが、同じロイヤルスターであるからこそ、レグルスの【誠の王】が誰であるのか、簡単に察することができた。


 龍王国は王族が代々【王】となっているが、それは偶々反乱がおきなかったともいえる。もし、カルトスの夫のアルフィアスが反乱を起こし、玉座の横にカルトスが座ることだってあり得ないことではない。

 レグルスかカルトスについたということは、そういう状況になることだって十分起こりうる未来だ。


 だからこそ、リゲルにはさっさと失恋から立ち直ってほしいところなのだが……。


 日常の不満を心の中で愚痴りながら、王宮内をとぼとぼ歩く。


 アルデバランは先刻、王宮内ですれ違ったリアンに「リゲルからもらった書簡なのだけれど、私はまだ王宮内に用事があるから、私の部屋にこの書簡を置いてくれないかしら」と頼まれ、リゲルは仕事に集中している中で、ずっと横にいつづけるのも邪魔だろうし、何よりアルデバラン自体も息抜きが欲しかったこともあり、リアンからの申し出を引き受けた。


 書簡を届けにアルデバランは王宮の中庭を通ると、かつてアルフィアスが槍稽古をしていたことを思い出し、さらに胃がキリキリする状況となった。


(この八方塞がりな状態は息が詰まる……)


 沈み切った気分でリアン邸へ訪れると、そこには椅子に座ってくつろいでいる客人がいた。


(また、リアン様が誰かを招き入れたのか。困っていたら猫や犬を拾うように人も拾ってくる人だからなあ)


 そんなことを思って、客人の後ろを通るために「失礼します」と言って、アルデバランはそっと彼の脇を通る。


「いえ、こちらこそすまない」

 

 少し低い声だった。聞き覚えのあるその声の主を見ようと、アルデバランはそっと横目で客人を見て、その者が誰であるかを認識した途端、「嘘だろう」と思い、両目をぎゅっと瞑った後、再び目を開けた。


 艶やかな漆黒の髪を上等な金糸を織り込んだ組みひもで、きれいに結っているその頭上には龍を施した冠が配していた。


「陛下」


 持っていた書簡を床に置き、平伏しようと膝を曲げようとしたところで、棚にあたった。


「よい。やめよ」

「しかし……」

「そんなことを、あなたにさせたら、ここの主は息苦しいと言って市政に逃げて行ってしまう」


 さすがにそんなことをしたら、リアンだって首が飛ぶことくらいは知っているだろう。……いや、彼女ならば知っていても、やりそうだ。


 今だって、この王宮のはずれの小さな小屋に近い屋敷に留まっているのは、一人息子のリゲルのためだろう。そのリゲルも王帝の養子となり、ますます彼女がここにいる理由は薄い。

 干渉が少ないからいるものの、干渉や監視の目が多くなれば、彼女はさっさとここを出ていく。そんなことが容易に想像できてしまった。


 アルデバランは「それでは、お言葉に甘えて」と言って、申し訳なさそうにペコリと頭だけを下げる。


「ありがとう」

「とんでもございません」


 現王に感謝される日が来るとは。アルデバランは複雑な心境で、床に置いた書簡を拾い上げると、埃を手で払い、リアンがいつもリゲルから届く書簡をしまっている棚へ入れた。


「誰からのものだ?」


 シリウスに問われ、アルデバランは答えていいものか悩み、暫く黙ったが「リゲル様からです」と素直に回答した。


「息子なのに、私には一度も書簡を送ったことはないぞ」

「そんなことは・・・」


 アルデバランが、変なところで食いついてきたシリウスを「面倒くさい」と腹の中で思いながら、なだめていると、背後から明るい声がした。


「そんなことありませんわ。あの子は陛下にも送っていると思います。()()として」

 振り返ると、金の髪を揺らしながらリアンが部屋に入ってきた。アルデバランは渡りに船!と思い、「リアン様」と泣きついた。

「アルデバラン、ありがとう。座って頂戴」


 それにしても政務として、とはまた、非常な一言だ。


 アルデバランが卓を挟んで陛下の向いの椅子に座り、リアンを見ると、彼女後ろには上等な着物を着た侍女が一人いた。リアンは「失礼します」と言って椅子に座ると、彼女の横にそっと立ち「お茶をご用意して良いですか?」とリアンに耳打ちをした。

「お願いします」

 リアンはそっと侍女に笑顔を向けると、彼女は手慣れた様子で厨房に入り、茶を用意し始める。


「リアン、遅かったな。待ったぞ」

「それは申し訳ございませんでした。王帝がリゲルのことで話があるため、私の屋敷に来ることを王妃様にお話をしておりましたもので」


 侍女の様子や、リアンが遅れてきたことから、アルデバランはリアンがなぜ自分に書簡をどけるように言ったのか、理解した。


(まあ、そうだよな)


 現王がリアンの屋敷にふらふらと来ることが一番の問題だが、リゲルの件で話があるのであればリアンも断ることができない。

 陛下はリアンが嫌だと言っても聞かないてくれそうはないし、陛下もリアンに避けられていると知りながらもリアン邸に通うものだから、リアンは王妃に頼み、侍女を連れる許可を得ているのだろう。


 リゲルが養子になっているのだから、リアンと陛下が話をすることに違和感はない状況だ。ただし、男女が二人きりで密室で会うのは別の意味合いにとらえるのが世の常。

 アルデバランも侍女もいわば、二人きりにならないための従者として、ここにいるのだ。


(う、胃が痛い……)


 自分の置かれている状況を察知し、アルデバランは腹部をゆっくりとさすった。


「それで、陛下、リゲルのことでお話とは?」

 シリウスは、ゆっくり息を吐いた。何かとんでもなく言いにくいことなのだろうか。


「リゲルも成人をした。そして王位継承権第1位だ」

「その……失礼ながら、話が見えません」


 リアンにすっぱりと切り捨てられ、シリウスは少しだけ肩を落とした。

(なんなんだ。避けられているのを知ったうえで来ているのに、強気かと思えば、存外に傷つきやすいのか)


「すまない。回りくどい言い方をした。リゲルの結婚相手を見繕った、ということを伝えに来た」


 卓に座っている者の周りだけ、空気が冷たくなった。


 だが、奥の厨房では湯が沸く音なのか、ボコボコと遠くから聞こえた。アルデバランにはその音がリアンの腹の中から聞こえたような気がするが、それはきっと気のせいだ。

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