5. 花火
ポルクスはリアンの屋敷に入ると、カルトスの腕を乱暴に離したので、カルトスは床に尻もちをついた。
「お前、何がしたいの? 結婚をするのが嫌になったのか?」
「……」
「ポルクス、カルトスは」
「黙って。何でこんなことなってるの? 今更、覆ることはない。だったら、もっと前に決着をつけるべきだし、誰も得しないだろ、こんなの」
ポルクスはレグルスの言葉を遮り、淡々と言い放つ。
「時間が経ち過ぎている。そんなことはここにいる誰もが知っていることだと思ったのは、私の勘違いなのか?」
ポルクスの言葉にリアンの屋敷にいた者が全員口をつぐむ。
「最初は後悔のないようにと思った。俺だって。だが、それは、婚約する以前の話であって、今は立場が違うだろう。賽は投げられた後に足掻いても何になる? それはただのわがままにすぎない」
「そのようなこと、誰が決めたのだ? ただのわがままにすぎない。と」
レグルスの言葉にポルクスは睨め付ける。
(婚約破棄は、単なるわがままではない、というのか?)
カルトスは脳裏に浮かんだ考えを探るようにレグルスへ問う。
「以前、あなたはカルトスに対して4通りの未来がある、と言った。その中にこれは選択肢として含まれるのか?」
レグルスは「応える必要はない」とはぐらかす。
ポルクスとレグルスの会話に何か訝しむカルトスとリゲルに気づき、これ以上は踏み込めないと考えたポルクスは、矛先を変える。
「リゲル、あなたも、悪い」
ポルクスはそういうと、髪をかきあげて、リアンの屋敷を後にした。
(リゲル、あんたも、あんたの両親も、遅すぎるんだ)
ポルクスがリアンの屋敷から足早に歩いていると、一羽の真っ黒な梟が、ポルクスのそばを離れぬよう飛んできた。
「どうやら、私にも味方がいたらしい。おいで」
ポルクスは自身の右肩をポンポンと叩いて差し出すと、梟はポルクスの肩に止まると、足の爪が肩に食い込みんだ。
「結構、痛いのだな」
梟は慌てた様子で、ビクリと身を動かすが、ポルクスは楽しそうに笑った。
「気にするな」
⭐︎★⭐︎
リゲルは卓に置いてある茶に目を落とすと、間抜けそうな自分の顔が写っていた。
「正直言って、私はよくわからない。カルトスの結婚祝いで皆が集まったというのに、この雰囲気……これは一体……」
アルデバランが苦笑し、カルトスは諦めたようにため息を落とす。
「ポルクスがおかしいだけです。お気になさいますな」
(アルフィアス様の牽制を額面通り捉えているのね。それは答えだわ)
カルトスは精一杯の笑顔を貼り付けて、そう答えた。
レグルスもアルデバランも、それ以上何にも言うまいと、口をつぐみ、其処となく、うわべだけの会話をする。
思い返してみれば、ポルクスの言っていることは至極当たり前のことであり、的をいている。
だが、レグルスは思わず行動してしまったのだ。
(我が王の望みと思ったのだが……、難しいのだな)
レグルスは服についた埃を払うと、清々しいほどの笑みを浮かべる。
(気にするな、とのことだからな)
先刻にもまして、上部だけの会話をしながら、リゲルの顔色を伺うが、その表情は何にも映していなかった。
(あれがアルデバランの王、か)
カルトスとレグルスはリアンの屋敷を後にするとポルクスの屋敷に泊まることにした。
ポルクスの屋敷に着く前の馬車の中で、カルトスはレグルスに礼を言った。
「ありがとう。もう、迷ってないから」
「ああ」
馬車がポルクスの屋敷に着くと、カルトスは足早に屋敷の門をくぐった。
⭐︎★⭐︎
三ヶ月後、カルトスは嫁に行った。
その花嫁衣装は豪華絢爛で、若い花嫁を美しく引き立たせた。
青い鳥と緑の鳥の姿となり、頭上から見下ろす形で、アルデバランとレグルスは花嫁姿のカルトスを見ていた。
「こんなに美しいのに、馬鹿だよなあ」
「……でも、仕方ないさ……」
レグルスとポルクスはカルトスの側を旋回した後、浮上した。その際、青と緑の羽を一本ずつ空から落として。
カルトスは空から降ってきたその羽を受け取ると、ニコッと笑った。
新婦の笑顔に新郎が小首をかしげる。
「どうした?」
カルトスは首を左右に振り「いえ、あまりにも、美しい羽で、眩しかったものですから」と言って新郎の手を取る。
色とりどりの花弁が空高く宙を舞い、太陽の光をキラキラと反射しており、カルトスの持っている羽も光を帯びて宝石のように輝いた。
「本当に、そうだな……」
アルフィアスは羽を持っている新妻の方が美しいと思ったが、それは言葉にせず、カルトスに掴まれた手に自身の手を大切そうに重ねる。
リゲルが、執務室で仕事をしていると一羽の青い鳥が執務室に入ってきた。
青い鳥は人の姿になると、金色の髪を一つに結びながら、主人の横にある椅子に腰を下ろす。
「みれましたか?」
「ああ、ありがとう」
リゲルは青色の羽をアルデバランに手渡した。
アルデバランの力で、アルデバランの一部を共有していると、その視界も共有できる。
今回、リゲルはアルデバランの羽を持っていたので、アルデバランが見たカルトスの花嫁姿を見ることができた。
それはロイヤルスターとその君子の契約によるなせる技である。
それはカルトスも同じなのだ。カルトスもレグルスと契約をしていれば、当然同様のことが可能である。
だが、それはアルデバランにすらわからない。
「心配せずとも、私は父とは違う」
「………突然なんですか」
気がついていたのか。
「私は恋愛という感情も、物事の考え方も、父とは異なる。同じ轍は踏まない」
アルデバランはリゲルの手から羽を受け取る。
「そうですか。次王たる自覚がでたのは良いことですね」
「だと、良いな」
リゲルは青く青く透き通ったそらを見上げ、大きく伸びをする。
いつかは誰かと結婚する。だが、それはまだ遠い先の話だと信じたい。
でも、やはり、美しかったなあ、と思う。
ほんの少しだけ、寂しい気持ちもある。これが恋なのかどうかはわからない。仮に恋だとし、感傷に浸っても、きっと誰も何にも言わないだろう。
少しだけ、少しだけ。
リゲルはただ黙って空を見上げ、カルトスの門出を祝うように、星宿の子の痣のある手のひらを窓から何にもない空へとかざし、そこから色とりどりの花火を空高く放った。
都の青空に幾つも花火が広がり、人々は歓喜に溢れた。
「リゲル様! なんて事を!!」
「最近、できるようになった。ただ、手から炎を出すだけだと、芸がないし、実用性あるほうがいいだろう」
「ですが、ここから放たれたとわかれば大事ですよ」
焦るアルデバランをよそに、当の本人のリゲルは淡々としている。
「ここから音がするわけでもないからな。バレないぞ。音を出さずに花火を出す練習をしていたからな」
リゲルの言ったことは正しい。
アルデバランは観念したように「わかりました」と言って諦める。
今はただ、空回りでも、何でもいい。
この平和な時がずっと続くならば。
(ただ、君の未来が幸多い人生である事を祈っている、カルトス)
リゲルはアルデバランと戯れながら、そんな事を思っていた。