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3. アルフィアス

 アルフィアスがカルトスに求婚したのは、政治的な意味合いもあった。

 アルフィアスの家は、西部を治める豪族のため、嫁となるのは知性が優れたものが良い。

 もちろん、家門の位も高い方が望ましいが、そういう貴族は往々にして女に学問を教えていないことが多いので、アルフィアスは女性官吏や女史を望んでいた。


 アルフィアスも年齢を重ねるうちに、実家の両親から地方の女性官吏を紹介されていた時、カルトスの護衛を任命された。

 自分より8つも歳下の少女が、官吏の白服を着ていることに驚愕を覚えた。


 まだまだ、中央での女性官吏が出てくるかもしれない。そんな期待があった。だから、なんとなく、地方官吏の女性との見合いをはぐらかしてきた。


 アルフィアスの思惑は正しいと言える。実際、カルトスが入内した後、半年毎に徴用される官吏試験を突破してくる女性は増えたのだ。


 だが、不思議なことに、どの女性官吏より、カルトスのことが気になった。幼さと危うさから庇護欲を掻き立てられたのかもしれない。

 だが、成長していく彼女を見るうちに、その努力を見ていたからこそ、アルフィアスはカルトスから目が離せなくなっていったのだ。

 また、カルトスの見た目も変化し始め、少女から女性になっていくカルトスを見ていくうちに、同じ赴任先というだけで、やたらと横にいる背丈が高くて、がっしりとした体躯のレグルスにも苛立ちを覚えたとき、アルフィアスは、初めて自分の気持ちを認めた。

 そして、いつ誰かが、カルトスの魅力に気がつくかもしれない、そう思ったら、早く手を打たねばと思い、求婚していた。


(最初は条件だった。だが今は)


 宮中庭園での鍛錬の中で、槍を振り回しなが、カルトスのことを思いふける。


 時折、リゲル皇子へ恋心を抱いているのでは、と思う節があった。13の時に贈られたというコートを未だに使っていたり、毎年、誕生日に贈られる髪飾りや筆をとっていると、カルトスから聞いた。


 恋慕の想いがなければ、なぜそのようなことをするのだ。


 アルフィアスは雑念を振り払うように、槍で空を斬る。


 私の妻となるのだ。カルトスは。


「はあ、はあ」


 上がった息を整えるため、地べたに座り込んだアルフィアスへ同僚の左軍第五番隊隊長のルーカスが、桃を一つ前に出した。


「はい」

「ありがとう」

 

 アルフィアスがルーカスから、桃を受け取り、かじろうとすると、ルーカスが一言余計なことを言った。


「皇子からの差し入れ」


 アルフィアスは開けた口を閉じ、ずいっと桃をルーカスへ戻す。


「やる。食欲がなくなった」


 ルーカスは「ええ」と反論したが、半ば強引に押しつけられた桃を受け取り、かぶりとかじる。


 アルフィアスは髪をかきあげると、手縫いで汗を拭き、瓢箪の中に入れた茶を飲んで喉を潤わせる。

 

「アル、婚約者はいつ来るの?」

 桃をかじりながら尋ねるルーカスを見ようともせず、ルーカスは瓢箪の口に蓋をねじ込む。


「来週、来る」

「そうか、そうか。それはさぞ、ご両親もお喜びだろう。あんなに才色兼備な女性はいない。アルは鼻が高いね」


 そうか。やはり、カルトスは目を惹くのだな。


「早く、籍を入れたいよ」


(そうすれば、安心できる。この不安を払拭できる。最初は政治的な意味だった。だが、今は、ただの恋した男だ)



☆彡☆彡☆彡


 レグルスが北部へ戻ると、カルトスが荷造りをしているところだった。


「あれ? 来週だよね?」

「そうなんだけど、来週は引き継ぎの人が来るし、荷造りは、早くやってしまいたいから」

「ふーん」


 レグルスは納得してはいないがとりあえず、納得した風を装い、相槌を打つ。


「指輪は? 人間は結婚するとき、指輪を交換するだろう? カルトスはもらったのか?」


 カルトスは少し気まずそうに、引き出しから箱に入った指輪を取り出した。


「いただいたわ」


 レグルスはカルトスの背後に周り、指輪の入った箱を開けてみた。


 カルトスの瞳にあわせた緑色の石がついた指輪があった。レグルスはカルトスの指に指輪をはめると、カルトスが敢えて視線を逸らしたことに気がついた。


「本来ならば、カルトス、君は幸せの絶頂って顔でなければいけない。なのに、どうしてそんなに浮かない表情なんだ?」


 カルトスはゆっくり目を閉じる。


「幸せよ。私の身分など、気にせず、求婚してくれている彼に感謝しているわ。だけれど、どうすることもできないのよ。私は……」


「なら、言えばいい」

「何を?」

「リゲルが好きだと」


「言えるわけないじゃない。なぜ、リゲル様?」

「好きなんだろう、彼を。彼の気持ちも確認したいんだろう?」


 レグルスはカルトスの荷造りしている服の横に置かれた、サイズの小さい服を取り出し、一つ一つ取り上げていく。

「今の君には必要のなあものばかりだ。だけれども、捨てられない。これらはリゲルが渡したものだからだろう?」


「王族から下賜されたものは、捨てられないわ」

「かもね。でも、嫁ぐならば、カルトスが持っていくのはダメだ。部下や他の人に与えるべき、ものだ。そうだろう?」


 この国では、結婚する際、夫の家庭から衣服や装飾品が与えられ、独身の頃に得た財や、物品は花嫁の親しい人物に与える、または捨てる、という風習がある。


「……まだ、嫁いでいないわ」


 レグルスは掴んだ服をそのまま離し「いつまで、悩んでいるつもりだよ。いい加減、認めろよ」荒げた声で、カルトスを責め立てる。


「私はは貧しい農家の生まれで、身分は卑しいのに、何を聞けると言うの?」


 レグルスはカルトスの両肩を掴むと、諭すようなゆっくりとした口調で彼女たちに伝える。


「君は、この世界で尊ばれる星宿の子であり、官吏だ。そして、それは身分なんかを遥かに凌駕するほど、貴重な存在だと、ロイヤルスターの長である、このレグルスが保証する」


 カルトスの瞳は涙で煌めいた。

「それでも、私は……」


『聡いって不幸だよね』

 レグルスの脳裏にアルデバランの言葉が反芻された。

(ああ、本当に、そうだな)


「ならば、会いに行こう。カルトス。お前の想い人に」


 レグルスはカルトスの腕を引っ張ると、指輪の箱を卓に置き、邸宅の庭へ駆け出した。


「レグルス、どうしたの?」


 カルトスの不安そうな声を払拭する様に、レグルスはカラッとしたあっけらかんとした声で応える。


「なーに、すぐ着く。だが、決して私から離れぬ様に」

「え? どういうこと?」


 カルトスの問いに応えることなく、レグルスはカルトスの膝の裏に手を回し、背中を支え、お姫様抱っこをした状態で宙を飛んだ。

 カルトスは「待って! それなら、私、化けるから」と抗議するが、レグルスは笑って誤魔化す。


「化けた後、裸になるだろう? その大切な指輪が落ちてしまうし、ここは私の力で中央まで行こう」


(状況がよく分からないけれど、とにかく中央に向かってるのね)


 カルトスは目を見開いて瞬きをした後、観念したようにレグルスに抱き抱えられることとした。


 レグルスの言った通り、中央へはほんのすぐでたどり着いた。


 ただ、空から人が降りるなど、なかなか目立つ行為はできぬため、宮中の木が生い茂った庭でレグルスは着地すると、優しくカルトスを腕から下ろした。


 カルトスは身なりをささっと、整えると、口をあんぐりと開けたアルデバランが、二人を見ていた。


「派手な登場ですね。人の気も知らないで」


 アルデバランが空高くまで帳を施し、レグルスとカルトスが空から降りてくるのを周囲に気づかれないよう配慮してくれた。


「お前なら気づいてくれると思っていた」

「でしょうね」


 ロイヤルスターは近くにロイヤルスターが来ると、その気配を察知するらしい。ましてや、今回は、猛スピードな上に、カルトスの気配も察知したので、アルデバランが急ぎで対応してくれたのだ。


「まあ、目的は何となくは、わかる。ついてきてくれますか? リアンさまの屋敷に案内します」


 レグルスは顎に手を置き「まだ、下働きしてるんだな」と突っ込む。


「ほっといてください。案内やめますよ?」

「いやいや、すまない」


 カルトスはレグルスとアルデバランのやりとりをハラハラした気持ちで見ていた。

「なぜ、リアンさまのお屋敷なのでしょうか?」


 カルトスが不思議そうに首を傾げていると、アルデバランが、歩きながら説明をする。


「リゲルさまは成人されたので、リアンさまの屋敷を離れ、お一人で暮らしております。私はリアンさまのお屋敷で暮らしてますので」


「そうですか……」



 リアンの屋敷に案内された時、リアンが目をぱちくりして「驚いた」と呟いた。

 そのあと、カルトスをじっと見つめた。

「わかりました。話をしましょう」



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