12.脚気
「久しぶり」
上空から声が投げかけられ、スピカはビクリと体を振るわせ、真上を見た。
そこには黒髪の海のような瑠璃色の瞳をもつ男が金髪の長髪の男を携えてたっていた。
リゲルはアルデバランに目配せをして、二人は砂漠に降り立ち、少しずつスピカに近づく。
「久しぶり。あの時はありがとう」
スピカは先程までの驚いた顔ではなく、もう真顔に戻っていた。
「元気そうで何よりだよ」
スピカの顔色が、拘束されていた時より、格段と良くなっていた。骸骨のように痩せていた身体も年相応の肉付きがつき、美しくなっていた。
「おかげさまで。我が国にはまだ私の居場所があったようだわ」
リゲルは応えず、フッと笑った。
「ずっとモヤモヤしていた。だから、一度きちんと整理したいと思っていたんだ」
リゲルは見渡す限りの砂漠を見た後、スピカを射るような目つきを向けた。
「なぜ、麒麟国の民を殺さねばならなかった?」
リゲルの言葉と視線を危険と察知したスピカの隣にいた少女が、攻撃をするような姿勢となったので、スピカがスッと彼女の前に手を出し、攻撃するな、と、制した。
少女は不満そうに口を尖らせ、身体を弛緩する。
「この国の民は、『脚気』という病を患っていたそうよ。太陽の光を浴びないと栄養素が作られず、歩くこともままならない病。それが『脚気』よ」
「それと、この国の民を根絶やしにすることは相関があるのか?」
「ある」
キッパリと言いきるスピカにリゲルの眉がピクリと動いた。
「王室の病のことは知っている?」
「いや」
リゲルは小さく首を振った。
「ある日突然発症した遺伝病で、鳳国の王室が発症と言われている病よ。王室のみが罹る病なの。子は授かりにくいし、生まれても成人する子のほとんどは女子。運良く男児が生まれても体は弱く、早逝することがほとんど。そして、この病には治療法がない」
「………」
スピカが何を言おうとしているのか、リゲルも察しがついた。
麒麟国を訪れた時、どす黒い雲が国全体を覆っていた。文明が発展していたが、作物がまるでない国。
そして、なぜか民がやたらと疲れ切っていた。
「王室というのは実に閉鎖的で、それ故、この醜聞は隠匿されてきた。各国は鳳国への怒りを抱えながら。そんな状態で、また未知の病気が、自国に持ち込まれたらどうする?」
「……」
「しかも、今回は王室ではない。国民。ましてや自国の姫を誘拐し、長年幽閉した上、奴隷のように酷使させた国の民。我が国としては、それを無視できる?」
リゲルは首を横に振る。
「難しいだろうな」
「前々から霊亀は麒麟国に侵攻したかったのよ。隣国にふしぎな病が流行り、自国の姫が陵辱されている。正当な理由はあった。けれど星宿の子である姫を傷つける可能性がある以上、攻め込めなかった。たまたま、私があなたによって救い出されたから、攻め込めた」
「私のせいなのか?」
「大義名分はあった。あなたが、たまたま積もり積もった感情の堰を切っただけ」
リゲルは「そうか」と小さく応えた。
その時、突風がふき、リゲルは目を瞑り、アルデバランがリゲルの盾となった。
「それに、これは他国への牽制もあるのよ。我が国の軍事力、そして、我が国には星宿の子がいる、とね」
リゲルが目を開けると、スピカを覆うように少女が盾となっていた。
なるほど。
スピカもロイヤルスターの素質があるのか。
「けれど、そんな牽制、龍王国には無意味だったけれど」
風が止み、スピカは少女の前に出て、リゲルに近づいてきた。
「助けてくれてありがとう。恩は必ず返すわ」
スピカはそういうと向き直り、少女に連れられて、空高く消えていった。
リゲルはスピカと少女を見て「そうか、スピカもか」と小さく呟くと、アルデバランに視線を移す。
「確認したいことがある。連れていってくれないか?」
「はい」
リゲルは眉間を少しだけ寄せると、顎に指を置き、ふっと笑った。
「ロイヤルスターか」
「はい、私の同輩です」
そうか、なら、一つ疑問が残るな、とリゲルは思っていた。