11.子を宿せない理由
スピカの故郷である霊亀国は、世には出せない悩みがあった。
それは霊亀国だけではなく、この世界の一大事でもあった。
鳳国から霊亀国へ嫁いだ姫が産む男児の体が弱かった。だから、スピカは麒麟国と婚約し、スピカの子を養子として貰い受けよう、そう思ってのことだった。
だが、麒麟国は霊亀国を騙し、星宿の子だったスピカを捉え、電気という発明をし、工業を発展させたのだ。
星宿の力を奪われ、政治の道具を奪われた霊亀は煮湯を飲まされたわけだが、反撃をしては自国の姫がいつ殺されるかわからぬ状況だったからか、ずっと反撃をしなかったが、沈黙の中でゆるりと麒麟国全土に霊亀の刺客を配置し、滅ぼしたのだ。
その国でも、世継ぎは女性だ。
鳳国の王家は男児は生まれるものの短命であったり、怪我をすると、出血が止まらなくなり、短命である病に冒されていた。
それは外傷だけではなく、内出血でも同じだ。頭を打てば頭蓋骨内で出血が広がり、命を落とす。
ある日出てきた遺伝病だった。鳳国のみから出できた遺伝病は、他国に婚姻していった姫も保有しており、鳳国の姫が産む男児は同じように短命だった。
防ぎようなどない。特効薬もない。
そして不幸なことに、龍王国以外は一夫一婦制だったのだ。
だから、鳳国の姫が崩御しない限りは他国から姫をもらえない。
鳳国の姫は冷遇されたり、過酷な運命であったが、他国がこの遺伝病に気づい時には時間が経ち過ぎていたのだ。
鳳国の姫をもらおうと思う国はなくなったが、鳳国の姫が産んだ姫も同様の病を持つことを知らなかった。
世界は龍王国以外の国の姫は、おおよそこの病を抱えていた。
外交のためにも、国々はこの事実に口をつぐんでいたのだ。龍王国に嫁いだ王妃も同じであった。
スピカは麒麟国サンドルの砂漠にかつてあった鳥籠の残骸をしゃがんで、じっと見ていた。その目は少し狼狽えているようでだった。
「さて、困ったな」
麒麟国には良い思い出などなかったが、霊亀国には麒麟国を滅ぼす大義名分ができ、この国は滅びたのだが、そもそも世継ぎという問題は解決していない。
サンドルで監禁されているうちに、自分は随分と適齢期を過ぎてしまった。子を宿しにくいのに、さらに追い討ちをかけるようなこととなり、スピカの自尊心は砕けている。
「ねー、スピカ。帰ろうよ。この国をどうするかは、スピカのかんがえることじゃないよ?」
スピカの隣に小さな子供が近づいてきて、飽きたと言わんばかりにスピカの腕をぐいぐい引っ張る。
「待ってよ」
スピカはなだめるようにそう言った。
「悩んでても、時間は戻らないし、仕方ないんだよ」
「そうだけど」
「それに、龍王国のリゲル皇子だっているよ? あの国なら、世継ぎの問題はないんじゃないの? 先王と側室の子なんでしょ?」
側室は乳母の娘と聞いているし、確か国内の貴族の出身だ。
「そうだね」
「鳳国の血が入ってないよ。安全だよ」
「王位継承権が一位になったと聞いているよ」
「えー」
子供は悔しそうに、愚痴ったので、スピカは苦笑いをした。
二人の会話を空から二人の男が聞いていた。
リゲルとアルデバランであった。
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龍王国。王妃の私室。
龍王国王妃が執務をしていると、見慣れた封書を見つけたので差出人を確認すると実家からの手紙だった。
彼女は侍女を呼ぶと、実家からの手紙の封を切ることなく、慣れた手つきで侍女へ手渡した。
「捨てておいて」
「わかりました」
侍女が深々と礼をし、手紙を受け取ると、そのまま暖炉へ手紙を投げ入れ焼べる。
それを確認すると、王妃はまた手元にある書類に目を通し、慣れた手つきで署名を再開した。
実家からの手紙は想像がつく。子を宿せ、その子をよこせというものだろう。
私は子を産む気にすらなれないというのに。
子を宿すのは何にも自分でなくとも良い。自分以外のものが、世継ぎを産めば良い。
そう思ったら心が軽くなった。
嫁いでからシリウスとの生活は想像するより、楽しく、安定していた。
だからこそ、ふとした瞬間や、弟達の子を見るシリウスの横顔を見るたびに、心苦しくなったのだ。
鳳国の秘密を言えない自分が、この幸せを得て良いのか、と。
シリウスの穏やかな横顔を見るたびに、胸がチクチクした。
それでも、生まれた子はすぐに命を失う。そんな状況が果たして耐えられるだろうか。
待ち望んだ子が命を落とす、それも幾人も。
そんな不幸を夫にさせるのか。
世継ぎ、世継ぎと、周りは騒ぎ立て、精神が壊れていく母や姉を見てきた。
そんな風に壊れていく自分をこの穏やかな夫に見せるのか。
そう思うと、私にはそんな生活はできない。それが答えだった。
プライドよりも心の平穏を選んだ。
鳳国や霊亀国、麒麟国は一夫一婦制だが、幸いにも龍王国は違う。王妃はいるが、側室もいる。
もはや、この病に対抗できているのは、龍王国だけだった。
だから、実家も口うるさく妊娠を待ち望む。
そんなこと知ったことではない。
だから、私は前王妃と共闘して、シリウスとリアンを相引きさせた。
リアンにこの話を打ち明けた時、彼女は私の顔をじっと見つめ、深々と頭を下げた。
「申し訳ございません」
私はあの顔を忘れない。あれほどまでに、優しい娘を私は知らない。
私はこの国の王妃。
実家の駒ではないのだ。
王妃の仕事は子を宿すだけではない。
国を支えるのも王妃の役目。その役目は私が全うする。それこそ、私がこの国に、奉仕できる唯一の務めなのだから。
幸いにも、シリウス様の息子リゲルは王位継承権一位に上り詰めた。
王の子を次の王へ誘う道筋は整った。
実家などに足を掬われるような真似は絶対にしない。