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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者 第二部  作者: 氷川泪
第四章 アプリコットチェイサー
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小さな勇気

 ここから逃げ出して警察に連絡を取るべきだろうと考えたが、入口を(さえぎ)るようにもう一人、男が現れた。小柄だが均整(きんせい)の取れた体つきの外国人だ。


「囲まれているから下手な動きはしないで下さい。わたしね、嫌いなんですよ暴力が」


 暴力が嫌いだといいながら、暴力を行使(こうし)することを前提(ぜんてい)に話を進めている。やはり、男はあんずの正当な保護者ではないようだ。


「だから教えてくれませんかね、アン・ズヨーの居場所を」


「近くの公園に遊びにいってます。しばらくは戻りません」


 咄嗟(とっさ)に着いた嘘だが、あんずがこの部屋にいないことは事実だ。男が出て行ってくれれば、あんずを逃がす時間が(かせ)げる。


「それは無いですね。このアパートに入ってからずっと監視してましたから。アパートから出て行けばすぐに判ります」


 ウェル、ウェル。不意に入口の男が声を上げた。入口に立ち(ふさ)がっていた男が体を開けると、あんずと慎太が現れた。


「これはこれは。お帰りなさい。迎えにきたよ」


 黒スーツの男を見た途端(とたん)、あんずはドアに向かって駆けだした。こちらの(きょ)をつく動きだったが、入口の男はいとも簡単にあんずを取り押さえた。


「人の顔を見て逃げるなんて。ちょっと傷つきましたよ」


「嫌なのです。嫌いなのです。離すとよいですよ」


 入口に立つ男の腕の中であんずが暴れる。言葉こそ丁寧(ていねい)だが、暴れ方は半端(はんぱ)じゃない。男の腕に噛みついて逃れると、あんずは台所の隅でうずくまった。


 舌打ちしながらあんずに近寄る男の前に、慎太が立ち塞がった。あんずを守るように、慎太は両手を広げている。


「やめろ。嫌がってるだろ!」


 慎太は今年で6才だったはずだが、腹の底から出した声は十分に力強かった。


(えら)いね、きみ」


 スーツ男が慎太の前にしゃがみ込む。慎太の背に隠れたあんずは、獣じみた(うな)りを上げている。


「おそらくきみは、隣の部屋の子なんだろうね。そうだろ?」


 男を(にら)んだまま、慎太は一歩も引かない。男は首を(すく)め、芝居がかったため息をついてみせた。


「暴力は嫌いなんだ。相手が年端(としは)もいかない子供なら尚更(なおさら)いけない。だけどきみは引きそうにないね。どうしたものだろう」


 (あご)に手を当てて思案(しあん)した後、男はわざとらしい笑顔を浮かべた。


「こうしよう。これからあのお兄さん、チャーリーに頼んで、オサカベさんを殴る。暴力は嫌いだけど、他の人がやるならそれほど気にならないからね。きみがアンズヨーを渡してくれるまで、チャーリーはオサカベさんを殴り続ける。きみがどいてくれれば、おじさんはチャーリーにそんなことはさせない。どうだい?」


 慎太の返事を待たず、チャーリーが明奈の前に立つ。


「さあ、どいて。オサカベさんとは知り合いなんだろう?今日初めてあったズヨーよりずっと大切な人だよね」


 両手を開いて男の前に立ち塞がりながらも、慎太の目は明奈に向いている。歯を喰いしばり、両目に涙を浮かべながらも、慎太はその場から動こうとはしなかった。


 どかなくていい。慎太に向かって明奈は(うなづ)いてみせた。殴られるのは怖いし、痛いのも嫌だったが、慎太が卑怯(ひきょう)な大人に(くっ)するのを見るのはもっと嫌だ。


「仕方ない。チャーリー、その女の腹を殴れ。手加減(てかげん)するなよ」


 男の言葉に、チャーリーと呼ばれた男が薄ら笑いを浮かべながら頷く。


「人の脇腹ってね、ほとんど筋肉がついてないそうだ。そこを強打されると、息ができなくなる。衝撃(しょうげき)が内臓全体に広がって、凄まじい苦しみにのたうち(まわ)ることになる。(さいわ)いなことに、わたしは経験したことがないけれどね」


「お姉ちゃんじゃなくて、俺をぶてばいいだろう?」


 目に()めた涙を堪えながら慎太が男を睨む。思わず慎太に駆け寄ろうとした明奈の腕を、チャーリーが(つか)む。


「かっこいいな、ガキ。毎朝かかさず戦隊ヒーローものでも見てるのか?赤レンジャーにでもなったつもりか?」


 楽しそうに笑うと、男は冷たい視線を明奈に向けた。


「やれ」


 チャーリーが右腕を引くのが見えた。こんなことならもっと腹筋を(きた)えておくんだったと思いながら、明奈は腹に力を込めた。



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