再契約
「で、結局あの子は見つかったの?」
問題はそこだった。怪物じみた男が暴れようが、小僧犬の兵隊が何人叩きのめされようがチャオには関係が無い。肝心なのは、浅黒い肌を持つあの少女の行方だ。
「知らねぇ。野郎と一緒に消えた様子もないから、ひとりで逃げてんじゃねぇの?」
あっさりと小僧犬が答える。チャオの右手の爪が音を立てて伸びる。今しがたモニターの中で男が見せた暴力など茶番に過ぎないことを小僧犬に教えてやらなければならない。
「イレギュラーな事態が発生したのは、自分の落ち度ではないと、そう言いたいのですか?」
会話にミカが割って入る。ラウンドグラスの奥にある小僧犬の視線がミカに注がれる。
「勘違いすんなよ、兄ちゃん。端っから俺の落ち度なんか欠片もねぇだろうが」
呆れるように小僧犬が笑う。
「ガキを監禁しとけっていうのがちびっ子姉ちゃんの依頼だ。化物に襲われるかもしれねぇなんて話は聞いちゃいねぇ」
「契約内容に重大な情報の遺漏があったと、そう言いたいのですね?だから契約自体が無効だと」
「俺たちみたいなやんちゃ集団に子守を頼むんだから、それなりの事情はあったんだろう。だがその辺を差し引いても、あいつは規格外だ。あんな奴を相手にするってんなら、お年玉の額を上げてもらわねぇとな」
「なるほど。ごもっともですね。だけど、あの男の出現は私にとっても想定外だったのでね。で、小僧犬くんだったっけ?きみは、金さえ払えばあの子を取り戻すことができると、そう言ってるのかい?」
「二日以内に見つけ出す。できなければうちのお母さんをあんたに差し出すよ。ちょっと辛いけど」
「要りませんよ、そんなもの。ですが理解していますか?あの子の側には、相変わらずあの男がいる可能性が高い。あの男からあの子を取り戻すことが、あなたにできますか?」
ミカの問いには答えず、小僧犬はジャケットの内側から一本のナイフを取り出した。
「こいつは、うちの兵隊があいつの脇腹を抉ったナイフだ。とは言っても、切っ先1㎝も刺せちゃいねぇけどさ」
先端がわずかに赤く染まっている刃渡り20㎝はありそうなナイフを、小僧犬はテーブルに投げ出した。
「こいつを使って、流行りのDNA鑑定ってやつをやってみた。面白くもなんともねぇ結果が出たぜ。こいつは間違いなく人間の血だそうだ。ゴリラでもなけりゃツチノコの血でもねぇ。しかもおれと同じB型だときてる」
舌なめずりをしながら小僧犬が嬉しそうに笑う。
「相手が人間なら殺せる。つまりそういうことさ」