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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者 第二部  作者: 氷川泪
第四章 アプリコットチェイサー
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変貌

監視カメラに(うつ)し出されていたのは、パンツスーツ姿の女が、浅黒い肌を持つ少女の手を引いて歩く姿だった。


「この女が手引きしたのか」


 ミカの(つぶや)きに小僧犬が反応する。


「ここからが面白(おもし)れぇ」


 意味が(わか)らなかったが、質問はしなかった。画像を見ていれば答えはそのうち分かるはずだ。


 画面の奥にプレハブの住宅が写り込んでいるが、屋内の映像だ。大型倉庫の内部だろうとチャオは見当をつけた。


 警報が鳴り響き、小僧犬の兵隊らしき数人の男が女と少女を取り囲む。女の手から少女を引き離すと、男たちは女に暴行を加えだした。


 少女が女に向けて何やら(わめ)いているが、異国の言葉らしくチャオには理解できなかった。


「言葉が分かるからって(やと)ったんだが、ガキにほだされちまって逃げ出そうとした。殺すしかねぇわな」


 人の生き死にを小僧犬は事も無げに語る。


 画面の中の男たちは執拗(しつよう)に女を痛めつけている。他人が苦痛に顔を歪めるのを見るのは好きだが、それはあくまで自分で手を下した場合だ。チャオはモニターの映像に興味を失った。


「退屈なんだけど。早回ししてよ」


「もうじきだ。楽しみたいなら我慢(がまん)しろ」


 小僧犬の物言(ものい)いはいちいち頭にくる。チャオが選んだ男だが、ミカが許可するならすぐにでも始末する。


 取り押さえていた男の(すき)をついて、少女が女に(すが)りついて何かを女の耳に(ささ)いているが、その声が女に聞こえているとは思えなかった。画面越しに見ても、女は意識を完全に失くしている。


 画面が不意に明るくなった。画像の解析度(かいせきど)が上がったわけではない。倒れている女の体が光り出していた。光は徐々に強くなり、紺碧(こんぺき)の輝きを(ともな)って女の体を包み込んだ。


「回復魔法、いや違うな」


 呟いたミカが、親指の爪を()んでいた。子どもの頃の癖だったと聞いたことがあるが、もう何年も前に克服(こくふく)したはずだ。


 紺碧の光に包まれた女の全身が、大量の水を流し込んだように膨張(ぼうちょう)していく。膨張する筋肉に(うなが)されるように、女の体が形を変え肥大(ひだい)していく。


憑依(ひょうい)。いや、入り込んだ魂が肉体を変化させている。これは、召喚(しょうかん)だ」


「召喚って、ゲームに出て来るあれ?お化け呼び出して戦わせるやつ?」


 チャオの問い掛けを無視して、ミカは画面を食い入るように見つめている。女の体は変化を続け、膨張を続ける筋肉が、女の身に着けたシャツを内側から押し破っていく。


 意識を取り戻した女がコンクリートの床に手を()いて起きあがろうとしているが、あまりの出来事に男どもは為す術(なすすべ)もなく女を(なが)めている。


 女が顔を上げた。監視カメラのひとつが女の顔を正面から(とら)えていた。そこに映し出されていたのは、荒々しく岩を彫り上げたような精悍(せいかん)な男の顔だった。


「これからは性転換にわざわざ海外まで行くことはねぇ。あのガキにお願いすればあっという間だ」


 (ひざ)を叩いて喜んでいるのは小僧犬だけだった。小僧犬の取り巻きの女たち、ミカも、チャオ自身も声を失くして画面に見入っていた。


 女から変化した異形(いぎょう)の男が立ち上がる。小柄な女だったのに、立ち上がった男の背は百八十を(ゆう)に超えている。


「いいなぁ。おれも背ぇ伸ばしてぇな。あと5ミリでいいからさ」


 馬鹿げた冗談が耳を突くが、反応する気にはなれなかった。画面の中の男は、なんというか・・・・・。


禍々(まがまが)しい」


 適格(てきかく)な表現をミカが口にした。画面越しに見ても判る。立ち上がった男から放たれる気配は、暴力そのものだった。




 男が不意に右手を伸ばした。異様なほどに大きな男の(てのひら)が、脇に立っていた小僧犬の兵の頭を鷲掴(わしづか)みにする。さして体格の変わらない兵の身体を軽々と持ち上げると、腕を一振りしてその体を投げ捨てた。


 各国の特殊部隊崩(とくしゅぶたいくず)れを好んで雇う小僧犬の手下だけあって、倉庫に()めていた兵たちは動じなかった。十数人はいる兵たちは、手慣れた様子でそれぞれの得物(えもの)を手にして男に(おそ)いかかった。


 兵たちが手練れ揃(てだれぞろ)いだということは、画面越しに見ても容易(ようい)に知れた。ナイフを構える物腰(ものごし)からして、一流の使い手であることが判る。 だがそれを物ともしないほど、画面の中の男の戦闘力はずば抜けていた。


 その動きはさなが実体を持つ黒い颶風(ぐふう)だった。兵たちは男に吸い寄せられるように近づき、男の放つ拳に打ちのめされ、鷲掴みにされ、襤褸布(ぼろぬの)のように床に叩きつけられていく。


 兵たちもただ打ちのめされていくだけではなかった。後方にいた数人が銃を抜いて男に向けて発砲した。軍隊経験者にしかできない、躊躇(ちゅうちょ)のない射撃だった。


 男の身体が(しず)む。殺気を感知(かんち)して身を沈めたとしか思いようなスピードだった。ほとんど四つん()いの姿勢(しせい)のまま、男は一足飛(いっそくと)びに銃を構える兵の一人に襲い掛かる。巨大な肉食の四足獣(しそくじゅう)の身のこなしのように無駄のない動きで近づき、男は発砲した兵の足を掴んで、銃を構える別の兵に向けて叩きつけた。


 十数人の兵たちの半数以上が、戦闘開始から数秒で打ち倒されていた。その全てが一撃で粉砕(ふんさい)されている。男のうごきは格闘術などという範疇(はんちゅう)(おさ)まるものではなかった。それは(まさ)に、具現化(ぐげんか)した暴力そのものだった。


 だが、小僧犬の抱える兵たちもまた尋常(じんじょう)では無かった。大型の肉食獣さながらの男の動きに対応できないと判断すると、後方にいた二名が後退し、画面から消えた。次に現れたとき、兵たちは自動小銃を構えていた。


「そう。そうこなくっちゃ」


 意識したわけでもないのにチャオの口元が吊り上がる。二人が構えているのは自動小銃の中でも特に殺傷力が高いAK47だ。


 小銃を構えた二人は、それぞれが立ち撃ちと膝撃(ひざう)ちの体制を取る。ツーマンセルカバーフォーメーション。男が銃弾を()せて()けたのを見ての対応だろうが、冷静に相手の動きをよく見ていなければ取れない対応だ。


「よし、()れる!」


 思わず声が出ていた。結果は解っていたが、それでもハンターとしての本能が、チャオの精神を高揚(こうよう)させていた。


 身を乗り出したチャオの興奮(こうふん)に水を差すように、モニターが暗くなった。画面は暗いが、スピーカーからはまだ叫び交わす声が聞こえてくる。画面が暗くなったのではなく、倉庫の照明が不意に消えたのだ。


 闇の中でフラッシュライトが点滅した。同時にカタカタと鳴るAK独特の射撃音が(ひび)く。


 蛍光灯が(またた)き、倉庫の中の照明が復活した。そこに映し出されていたのは、小銃を構えた二人の首を掴んで吊るし上げている男の姿だった。


 吊るし上げられた兵の手から、音を立ててAKが床に落ちる。そこまでが限界だったのだろう。それまでどうにか奮闘(ふんとう)していた兵たちが、我先(われさき)にと倉庫から逃げ出し始めた。


「この先は大して面白くもねぇ。応援に来た連中が駐車場で叩きのめされるが、まぁそれだけだ」


小僧犬がリモコンを操作すると、昭和のアニメの続きがモニターに映し出された。



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