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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者 第二部  作者: 氷川泪
第四章 アプリコットチェイサー
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軽佻浮薄

 車を降りた瞬間から、腹の底にまで響く重低音を感じる。


 元々は港湾(こうわん)の倉庫街だったエリアの一角を改造して作り上げた店だった。交通の便が悪い代わりに、騒音などの規制が緩いのだろう。


 7㎝のピンヒールを()いたチャオの(もと)にボーイが走り寄ってくる。乗りつけた車は国産車だったが、車の扱いになれたボーイなら、その価値は一目でわかる。


 助手席から降りたミカは、辺りを睥睨(へいげい)して渋い顔をしている。騒がしい音楽が嫌いなのだ。


 今日のミカは黒髪だ。正体を隠しているから、顔の造作も変えている。


「ミカ、こっち」


 ミカの手を引き、エントランスに向かう。入場待ちの行列など当然無視する。クラブセキュリティが現れたが、チャオの顔を見ると黙って道を開けた。


「チップはいらないのか?」


 ミカが耳元で(ささや)く。人間としての生活が長いせいか、ミカは体面を気にする。


「わたしからチップを受け取るやつなんていない」


 チャオが微笑むと、筋骨(たくま)しいクラブセキュリティの男たちが一斉に顔を()せる。


「小僧犬は?」


 セキュリィの一人に(たず)ねた。


「エグゼクティブフロアにいらっしゃいます。お越しになったことをお伝えします」


「いいよ、そんなの。驚く顔が見たいから内緒にして」


「あとで私が(しか)られます」


 セキュリティの頬に、チャオはそっと指を()わせた。


「そのときはあいつを殺して。あとのことは面倒見てあげるから」


 チャオの爪が男の頬を(えぐ)る。爪に付着(ふちゃく)した男の血を長い舌で舐めとると、チャオはミカの腕を引いて奥へ進んだ。




 光と音が(あふ)れるフロアを進むと、チャオの姿に気づいた客たちが道を開ける。雑誌やテレビでよく見かける連中が何人かいるが、チャオを見ると畏怖(いふ)するように頭を下げる。


 後を歩くミカは、物珍(ものめずら)しそうに(あた)りを見回している。オペラハウスに連れていかれたら、チャオも同じように辺りを見回すのだろうから、茶化(ちゃか)したりはしなかった。


 エレベーターに乗りこみ、エクゼクティブルームのある3階で降りる。フロアとは異なり、調度品(ちょうどひん)は一流品になるが、廊下を照らす灯りはずっと薄暗い。


 ドアの前に()え付けた二脚の椅子から男が二人立ち上がる。いずれも大柄な白人で、ラフな格好をしている。小僧犬が好んで使う、旧共産圏(きゅうきょうさんけん)の特殊部隊上がりだろう。


「待って。許可がないとダメ」


 赤い髪を持つ男が腕を突き出してチャオを止める。連れの金髪はレシーバーで誰かと会話している。


 エントランスのクラブセキュリティとは違い、この二人はチャオを見ても動じない。


 レシーバーから耳を離した金髪が赤髪に異国の言葉で何かを告げると、赤髪は肩を(すく)めてチャオの前に立ち(ふさ)がった。


「約束のない人、会わない。お帰り下さい」


 体が熱を帯びていく。この二人は日本人の男女など警戒にすら値しないと高を(くく)っている。その態度にも腹が立つが、新宿の路地裏(ろじうら)での一件以来、チャオは人間を殺したくてうずうずしていた。


 二秒以内に素手で殺す。そう決めた。赤毛の喉を爪で切り裂き、蹴りで金髪の首の骨を叩き折る。動きの道筋(みちすじ)は出来た。


「申し訳ないが」


 踏み出そうとしたチャオを制して、ミカが男たちの前に立った。柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべている。


「日本語、苦手。お帰り下さい」


 赤毛がジャケットの内側に()るした巨大なナイフに手を掛ける。


「ドアを開けろ」


 静かにミカが告げると、男たちの顔から薄ら笑いが消えた。


 金髪がドアを開ける。赤毛は(ほう)けた顔で立ち()くしている。


「ありがとう。いい店だね、ここ」


 赤毛の頬を平手(ひらて)で叩きながら、ミカが先へ進む。拍子抜(ひょうしぬ)けしたチャオは慌ててミカの後を追った。


 いつ術が発動したのか判らなかった。魔眼(まがん)を発動させ、相手を(にら)みつけなければ暗示には掛けられなかったはずなのに、いつの間にかチャオですら気づかぬうちに暗示を掛けている。魔王を名乗る男と出会ってから、ミカの能力は成長の度合(どあ)いを急速に増している。




 部屋の中には、20人ほどの人間がいた。比率(ひりつ)からいうと、女が八割といったところだろう。目当ての小僧犬は、中央のソファで女を侍らせて卓球台ほどはあるモニターを眺めていた。モニターに映し出されているのは、古めかしい昭和のアニメだった。


「いなかっぺ大王ですか。懐かしい」


 ミカの方が先に反応した。昭和に関しては、ミカの方がはるかに詳しい。


「ブルーレイボックスを買ったんで、みんなで楽しんでるんですよ」


 振り返りもせず小僧犬が返す。そもそもミカと小僧犬は面識(めんしき)がない。


「楽しんでる?そうは見えないけど」


 コンビニくらいは営業できそうな広さの部屋の中にいる連中は、モニターなどに目を向けてはいない。各々が退屈そうに自分のスマホに目を向けている。


「で、今日は何の用です?いくら取引相手だからって、プライバシーを侵害(しんがい)されるのはあまりいい気分じゃないっすね」


 チャオに目も向けず小僧犬が怒鳴る。アニメの音が大きくて会話が成り立たない。一足飛(いっそくと)びに移動し、小僧犬の首を(つか)んで吊るしあげた。


「お前のくだらない私生活を覗き視(のぞきみ)したくて来てるとでも思ったのか?そんなに(ひま)そうに見えるか?」


 謝罪させなければならないから喉は潰さなかったが、小僧犬の顔は赤黒く変色していく。


 小僧犬が弱々しく右手を上げる。銃でも持っているのかと思ったが、手の中にあるのはモニターのリモコンだった。モニターが切り替わり、四分割(よんぶんかつ)された監視カメラの画像が表示される。何かを見せようとしているのだろう。


 ソファの上に投げ落とすと、小僧犬はわざとらしく盛大に咳をして見せた。


「仔犬を抱き上げるときは優しく、そっと抱き上げなきゃ。そんなんだから未だに真実の愛を見つけられないんだ」


 振り返ってミカを見ると、テーブルの上のブルーレイを手に取って見ている。体面を重んじる割に、ミカの趣味はガキ臭い。


釈明(しゃくめい)しろ、小僧犬。命が掛かってる。それを理解しろ」


 ソファに座る小僧犬の右肩をピンヒールで踏みつける。


「ああっ、知らない世界が窓を開けてる。こういう刺激、嫌いじゃないかも」


 (らち)が明かないのでピンヒールを外した。ミカが怒っていれば、この場にいる全員の首が落ちる。


「仕事の話をしましょう。ええと、小僧犬さん。小僧犬って変わった名前ですね。本名ですか?」


 致命的なミスをした者に対する態度ではなかった。ただミカは、いつも突然怒り出す。


「この名の由来(ゆらい)を話すと長くなる。でもお聞かせしましょう。我が一族3代に渡る復讐の物語・・・・・」


 ピンヒールで小僧犬の足を踏みつけた。この男の相手をしているとキリがない。


「痛っ。人込みの多いクラブとかに行くときは、ヒール履いてきちゃダメですよ。それが常識ってもんです。田舎者(いなかもん)のクラブ初心者がやりがちなミスです」


「貴様の漫談(まんだん)を聴きに来たわけじゃない。次またくだらない話をしたら、左手の指を落とす」


「だったら薬指にして。結婚指輪()められないから一生独身でいられる」


 怒りの余り笑みが(こぼ)れた。左手の薬指だけを残して(すべ)ての指を落とす。


「チャオ」


 声を掛けて来たミカは、小僧犬が再生した監視カメラの映像に目を向けていた。

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