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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者 第二部  作者: 氷川泪
第四章 アプリコットチェイサー
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愚者慟哭

 人間ごときに、こうも見事に()められるとは考えてもみなかった。


 だが現状を(かんが)みる限り、完全に完璧に、魔王である自分が罠に(から)め取られ、身動きできない状態にされている。


 光の勇者を舐めていた。勇者にあるまじきうつけ者だと思っていたが、その見解(けんかい)は間違っていたようだ。歴代勇者の中でも、飛び抜けて悪知恵が働き、陰湿(いんしつ)な男だった。




(はし)の持ち方がおかしい」


 小鉢(こばち)の中のひじきを取ろうと箸を使う南条に注意した。勇者になる前は各国へ出向き、秘密裡に情報収集に当たっていた男にしては、南条は要領が悪い。


「未だになれない。もう(しばら)く待て」


 向いの甘王に目もくれず、南条は食事を続けている。


「待てぬな。見苦しい。今すぐ直せ。直せぬなら、別の席に移動せよ」


「甘王くんはインターンだ。仕事中はわたしと行動を共にしてもらう」


「それは業務中の話だ。今は休憩時間。主と食事を共にする必要はないはずだ」


 北東京サンツリーという、大型複合施設の中にある従業員用の食堂だった。割引価格で食事ができる上に、20回分の食券は会社が負担してくれる。




 真・魔王城での会談の結果、勇者サイドは甘王の意向を無視し、強引にふたつの取り決めを決定し実行に移した。魔王覚醒(まおうかくせい)防ぐ為(ふせぐため)、真魔王城にランスロットが駐留(ちゅうりゅう)する。駐留といえば聞こえはいいが、要は野良猫でしかないランスロットを甘王家で飼うということだ。自宅にいるときに覚醒することはあまりなさそうだし、駐留といっても猫がいるだけなので、イ・モウトゥやオ・カァサンに手を出そうとしたら去勢(きょせい)することを条件に、甘王はその提案を受け入れた。去勢という言葉に、ランスロットは文字通り震え上がった。三賢者最強の呼び声の高い男の意外な弱点に、甘王は失笑を禁じえなかった。  


 勇者サイドの一方的な取決めなど、魔王たる自分が守る理由は無い。猫でしかないランスロットの駐留は認めても、顔を見るのも不快な南条と行動を共にするなど論外だった。それにそもそも、この世界で生きていくために南条も仕事をしなければならないはずだ。24時間監視することなどできるはずがない。


 正社員として働かないかと、南条から提案された。バイトではなく、正規の社員として企業と雇用契約を結ぶことだ。雇用契約上では非正規(ひせいき)とは比べ物にならぬほど優遇(ゆうぐう)されているが、五年以上引きニートをしていた甘王を正社員で雇う企業などありはしないと思い知らされたほど、甘王は就活で落とされていた。


「労働条件は?」


「9時から翌日の9時までの24時間勤務。9時に仕事が終わればあとは自由だ。翌日が休みならさらに時間はある。年間の休日は110日」


「お給金は?」


「基本給プラス残業手当。資格を取得すればさらに手当が出る」


「ぼーなすはどうだ?ぼーなすはさすがに出ないじゃろ?」


「入社1年目は微々(びび)たるものだが、二年目以降になればボーナスも支給される」


 悪い条件ではなかった。むしろ甘王の経歴を考慮(こうりょ)するなら、破格の条件と言ってもいい。


「条件に嘘偽(うそいつわ)りがあれば、すぐに辞める」


「構わない。言っておくが、決して楽な仕事ではないぞ」


「笑わせおる。たかだか人間の営みなど、魔王であるワシからすれば児戯(じぎ)に等しい」


 


 南条の提案に従い、甘王は警備員として北関東サンツリーで働き始めた。待遇も勤務時間も悪くはなかったが、そこに罠が仕掛けてあるとは思いもしなかった。


 シフト制と聴いていたから、仕事中に南条と顔を合わせることは(ほとん)どないと踏んでいた。だが(ふた)を開けてみると、一カ月間(すべ)て南条と一緒の勤務になっていた。


「同じ勤務にしてほしいとセンター長に依頼した」


 不満を漏らした甘王に、南条は平気な顔でそう言ってのけた。


「なぜそんなことをした?それでまた、どうしてそれを会社側が受け入れるのだ?」


「わたしとお前は、常に一緒にいなければならないと話した。快く同意してくれた」


「常に一緒だと?なぜじゃ。理由を聞かれたはずだ。お主は何と答えたのじゃ?」


「わたしとお前はコインの裏表。いわば一心同体(いっしんどうたい)だと」


 従業員食堂のテーブルで食事をしながら、南条はいとも簡単にそう言ってのけた。それを聞かされたセンター長がどう思うかなど、南条はまるで考えていない。怖ろしい男だった。


「イ・モウトゥがBLという言葉を教えてくれおった」


「BL?どういう意味だ?」


「ワシとお主の関係をな、BLと抜かしおったのよ」


 出勤日に、甘王家の前で甘王が出て来るのを待っていた南条を見て、イ・モウトゥが言い出した。


「ボーイズラブの略だそうな。ボーイズラブとはな、男同士での恋愛関係を指す。つまりお主の行動は、世間にはそう(うつ)るということだ」


「わたしとお前が恋愛関係?何を言ってる。馬鹿馬鹿しいにも程がある」


「毎朝自宅まで迎えにきて、同じ電車で通勤する。シフト勤務であるにも係わらず、現場の責任者に毎日同じ勤務にしてくれと頼みこむ。理由を(たず)ねられたら一心同体だからと恥ずかし気もなく答える。これで誤解を受けぬわけがない」


「事実は異なるのだから構うまい。魔王が覚醒すれば、この世界全体が危機的状況に(さら)される。わたしはそれを防いでいる」


 話にならなかった。魔王である自分が言うのもなんだが、人間社会の常識が南条にはまるで通じない。


「ねぇ南条さん、ほんとマジでやめませんか?そこまでする必要ありませんよ」


 甘王モードで話しかけてみても無駄だった。甘王に目も向けず、慣れない箸の扱いにてこずっている。


 この場で抹殺(まっさつ)してくれようかと思う。そう思うと無性に腹が立ってきた。


 デザートのスイカを口にすると、甘王は思念を集中した。


「ぺっ!」


 魔力を込めたスイカの種を甘王に向けて吐き出した。頭蓋(ずがい)を貫通させるほどの威力はないが、まともに喰らえば意識を失うくらいの破壊力はある。


 何事もなかったかのように、首を(かし)げて南条が種を()ける。種は南条の背後にある食堂の壁にめり込んだ。


「もう一度やったら首をへし折る」


 箸から視線を上げ、南条が静かに告げる。


 口の中にはまだスイカの種がふたつある。南条の双眸(そうぼう)目がけて吐き出すために魔力を込めた。だが警戒している南条相手にスイカの種が通用するとは甘王も考えていない。甘王の決め手は、右手の指先に転がる梅干(うめぼ)しの種だ。魔力を指先に込め、梅干しの種を(はじ)く。スイカの種に気を取られた南条の額に、スイカより(はる)かに質量の大きい梅干しの種が炸裂(さくれつ)すれば、殺せはせずとも病院送りくらいにはできるはずだ。


「あっ、お疲れ様です。お昼ご飯ですか?」


 視線を南条の背後に向けた。釣られた南条は振り返る。


「ぺっぺっ!」


 連続してスイカの種を吐き出した。背後に誰もいないと気づいて振り返った南条には種を交わす余裕はない。命中する。


 南条が額を突き出した。両目を狙ったスイカの種は突き出された南条の額に激突(げきとつ)し弾かれた。


 微弱(びじゃく)な魔力を込めたスイカの種など意識していればダメージはないと判断したのだろう。避けきれないと判断した南条は額を突き出すことで眼球への攻撃を無効化した。


 だが本命は梅干しの種だ。口から放たれるスイカの種を警戒している南条の顎下(あごした)目がけて、甘王は梅干しの種を思い切り|爪で弾いた。


「ほう」


 思わず口元が(ゆる)む。テーブル越しの南条は、鋭い眼光を甘王に向けたままだ。


 必殺の威力を秘めた梅干しの種は、南条の顎下数センチ手前で停止していた。


随分(ずいぶん)と箸の扱いに慣れたようだのう」


 死角から放たれた梅干しの種を、南条は右手に持った箸で(とら)えていた。


「ご老人こそ、食事のマナーが随分と悪いようですね」


 南条が箸先の種を甘王の飯茶碗に落とした。魔力を込めた梅干しの種は鉛の玉のように重く、甘王の飯茶碗がひび割れる。この辺が限界だった。


出来損(できそこ)ないのエセ勇者が。今こそ、その首叩き落としてくれるわ!」


「そうはさせん。永きに渡る人と魔王の争いに今日こそ結着を着ける。覚悟するがいい!」


 椅子を蹴倒(けたお)して、テーブル越しに顔を突き合わせた。


 クスクスと笑う声に気づいて、視線を南条から逸らした。食堂内にいる十数人の従業員たちが、全員こちらを見ている。


「あっと。その・・・・・」


 恥ずかしさの余り、全身がカッと熱くなる。魔王としての自分ではなく、宿主の甘王隆が反応してる。気まずくなって(うつむ)くが、それもまた怒りに火を注いだ。


「なぁに笑ってとるんじゃ、人間風情が。燃え尽きろ愚民(ぐみん)ども。フロガ・エクリクシーっ!」


 突き出した甘王の掌の先に、南条が立ち(ふさ)がる。勇者だけあって身を(てい)して人間共を守る気でいる。


「させはせぬ。バゴス・エクリクシーぃぃ!」


 (れっ)ぱくの気合を込めて南条が両手を突き出す。


 右手を突き出した甘王と、両手を突き出した南条が(にら)み合う。


 だが(いく)ら待っても、甘王の掌から煉獄(れんごく)の炎が噴き出してくることは無かった。同様に南条の両手からも何ひとつ噴き出しては来ない。


 何人かが甘王と南条にスマホを向けている。突き出した掌の前で両手を突き出している南条の額から汗が(したた)っていた。仕方なく甘王は掌を握り、無言のまま席に着いた。


「ああっと、その、ラノベの、ラノベの練習です」


 取り(つくろ)うように南条が下手な言い訳をする。せめて芝居の練習だとでも言ってくれれば理解が得られたのだろうが、南条にこの世界の常識を期待しても無駄だった。


「なんかワシ」


 南条とは視線を合わさず、甘王は食器を片付け始めた。


「魔王として大切な何かを失ってしまったような気がする」


 呟いた甘王を後目に、南条は無言で茶を(すす)っていた。



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