ボルグ
銃は通用しない。
1分足らずの戦闘で、ボルグはその事実を理解した。
在り得ない事態が立て続けに起こっている。80キロ近い速度で移動するトレーラーの屋根に突如現れた敵は、アルミ合金で覆われた天井を引き剝がして車内に侵入してきた。人間の身体能力でできることではない。何等かのトリックがあるのかもしれないが、それを考えている暇はなかった。
ボルグはロシア製のPLK、小僧犬はシグザウエルP320を所持している。いずれも9mmパラベラム弾を連射できる高性能ハンドガンだ。
侵入した敵は、車内中央に立っていたサントスを一瞬にして無力化した。女や子供にかまけて油断していたとはいえ、サントスほどの手練れを瞬時に倒した敵の力量は計り知れない。今回のコントラクトは、子供の奪還とそれを妨害する敵勢力の殲滅だと説明を受けていたから、ボルグはサントスの生死など考慮せず、銃を引き抜いて発砲した。
一呼吸のうちに弾倉の中の弾丸を撃ち尽くした。荷台を改造して作り上げた狭い室内に射撃音が響き渡り、硝煙の薄煙と火薬の匂いが充満する。
同時に撃ち始めた小僧犬と合わせて、30発以上の弾丸を敵に浴びせかけた。小僧犬の射撃の腕は未知数だったが、自分の腕には自信がある。外すような距離では無かったはずだが、敵は銃弾の雨を掻い潜り、全長16メートルしかないトレーラーの中を無傷で移動している。
マガジンを交換すると、ボルグは壁沿いに移動し、荷を積み込む際に使用する白熱灯のスイッチを入れた。眩いほどの強烈な光が溢れ、薄暗いトレーラーの中は昼間の様な明るさを取り戻した。
敵はすぐ隣にいた。銃を向ける余裕も無いほど近接した位置から、黒く巨大な敵の拳が唸りを上げてボルグの顔面に向かってきた。
体を落としてその拳を躱した。頭蓋骨の数センチ上を、スレッジハンマーのような敵の拳が通り過ぎていく。ガードすることを考えなかったのは正解だった。無慈悲な敵の一撃は、ガードしたボルグの顔面を、腕の骨ごと叩き潰していただろう。
腰を落とした体勢から胸のホルスターからナイフを引き抜き、敵の腹を横薙ぎに払った。引き抜く動作と切りつける動作が一体となった無駄のない攻撃だ。拳をフルスイングしたおかげでがら空きになった敵の腹部大動脈に致命傷を負わせることができる。
ベコリと音を立てて敵の腹がへこんだ。腹の肉があったはずの空間を、ボルグのハンティングナイフが何の抵抗も受けずに通過していく。空振りに終わった攻撃のせいで、大きな隙を敵に与えてしまった。ボルグの下顎目がけて、敵の膝が跳ね上がる。
全身の力を一気に抜き去り、体を浮かせることで跳ね上がる膝の威力を消し去った。左の指先を腰に差したカランビットナイフに絡めて引き抜き、内腿を走る大腿動脈を切りつけた。敵が身に着けたデニムの生地を切り裂いたところで、ナイフの刃が弾かれた。
腿の動脈の守りに、敵は革製のバンテージでも巻いているのだろう。
凄まじい脚力で跳ね上げられたボルグの身体が天井近くに達した。追撃を防ぐ為に、ボルグは左手にあるカランビットナイフを敵の顔面に投げつけた。敵がナイフを避ける隙に、ボルグは引き剥がされた天井の穴から屋根へと移動した。