人質
新たに手配した車にあんずと刑部明奈を収容した。大型のバンで、窓には目張りがしてある。
二人を拘束しようとは思わなかった。あんずは逃げないと言ってるし、明奈は父親を人質に取られているのだから逃走の可能性は極めて低い。
バンの荷台を施錠すると、鳴倉は助手席に座り、運転手に車を出すよう指示をした。南条が追尾してくることも考えて、見通しのいい大通りを中心に移動した。
新大宮バイパスに入ってすぐのラーメン屋の駐車場にバンを停めた。24時間営業のチェーン店で、トラック運転手が利用できるように駐車場を広く取っている。
ブラックホエールはそこに駐車していた。全長21m、40輪ある大型のトレーラーだ。
トレーラー後部を掌で叩くと扉が開き、ボルグとサントスが顔を見せた。ボルグは黒髪のロシア人で、サントスは金髪のスペイン人だ。どちらも腕が立ち、頭も切れるから小僧犬に重用されている。
あんずと明奈を伴って鳴倉はトレーラーに乗り込んだ。トレーラーの中は空調が効いていて、間接照明が柔らかな光を落とす洋室に作り替えられている。 インテリアのつもりなのか、部屋の奥には古い大型バイクとスポーツカーまで置いてある。
「ボスは?」
鳴倉が尋ねると、サントスが箸で麺を啜るジェスチャーをした。つまり小僧犬は、店でラーメンを喰っているということだ。
部屋の暗さに目が慣れたのか、明奈がパイプ椅子に拘束された刑部を見つけて息を呑む。
「生きてるんだろうね?」
無表情なボルグを無視してサントスに訊ねると、サントスは鳴倉ではなく明奈に向けて親指を突き出した。冬の番人のようなボルグと、真夏の案内人のようなサントスの組み合わせは奇妙に見えるが、この二人は仲がいい。
「セニョリータ、心配ないです」
サントスが明奈の手を取り、刑部の元へ誘導する。走行時に掴まれるよう、部屋の中には何本ものポールが取り付けてあるせいで、部屋の奥まで進むには迂回する必要がある。
「パパは大丈夫。ちょっと怪我してるけど、大丈夫。安心して」
親し気に明奈に話しかけているが、刑部を痛めつけたのはサントス自身だ。女とみれば誰でも口説くが、陽気な顔とは裏腹に、サントスは本物のサディストだ。
駆け寄って膝を付くと、明奈は父親の肩を揺さぶった。
「お父さん、お父さん」
明奈の声に刑部が目を開く。虚ろな目で明奈を見つめると、刑部は大きくしゃっくりをした。
「お父さん、酔ってるの?」
信じられないと言わんばかりに明奈の声が大きくなる。
「飲まされたんだよ、あいつに。鉄砲玉避けたお祝いだってよ」
刑部の足元に、チューハイの空き缶が転がっている。キャビネットには高級な酒が並んでいるのに、わざわざコンビニで缶チューハイを買ってきて刑部に飲ませたのだろう。お祝いなどと言いながら、つまらないところで金をケチるものだ。
「オヤジは痛いですか?あんずは痛くないのですよ?」
傍らにいたあんずが刑部の口元の傷に指を這わせる。
「オヤジを叩いたのはどいつですか?あんずはお頭に言いつけるですよ」
「あのガキが3発。そこの野郎が12発だ」
顔を上げて刑部がサントスを睨む。罪のないいたずらを咎められた子供のようにサントスが首を竦める。
「仕事なのですセニョリータ。仕事はしなきゃならい。解りますよね?」
「それにしちゃ随分と楽しそうだったぜ」
笑いながらサントスが刑部の頭を叩く。
「わたしでよかった。あの男なら2発であなたを殺せる」
ボルグを指差しながら、サントスが明奈に笑顔を向けた。親し気に近寄ってきたサントスの頬を、明奈が平手で叩いた。
「触らないで」
明奈の言葉などサントスは訊いていなかった。無造作に明奈の髪を掴むと、薄笑いを浮かべながら拳を構える。
「口の中火傷しちゃったよ。ダメだな背油系は。湯気立たないから熱さがわかんねぇ」
部屋の入口に小僧犬が立っていた。
「チャーリー、女の子は殴るな。殺すのはいいけど痛めつけるのはダメだ。可哀想で見てらんねぇ」
サントスが明奈の髪を離した。それでも納得がいかないのか、明奈はサントスを睨みつけていた。