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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者 第二部  作者: 氷川泪
第四章 アプリコットチェイサー
12/25

意味不明

 貧乏臭(びんぼうくさ)い六畳間の窓を開け放ち、鳴倉は階下で待ち受けている部下にサインを送った。不測の事態が起きたら両手を()げて合図する。そう取り決めて来た。鳴倉は窓の前で高々と両手を挙げた。アジトを襲ったあの怪物が現れることを想定して、手練(てだ)れを八人連れてきている。チャーリーを一瞬にして叩きのめすほどの男だが、武装した八人を相手にはできないはずだ。


 だが窓の外に部下の姿は無かった。分乗してきた二台のバンはアパート前の路地に停車していたが、取り囲んでいた部下の姿は見えない。


 (あた)りを見回し、鳴倉は再び両手を挙げた。通りのどこにいてもわかるよう、(かか)げた両手を振ってみせたが何の反応も無い。通りをよたよたと歩く老婆が、鳴倉に向かって小さく手を振り返してきた。


 まずい。鳴倉のこめかみから(ほほ)に向かって汗が筋をつけていく。頭を使うこと以外、鳴倉に取り得はない。最後に喧嘩したのは幼稚園の年長組の頃で、しかも女の子相手に泣かされている。


「カマ~ン、エブリバディ!」


 通りに向かって声を張り上げた。それでも通りからは何の反応も返ってこない。


 振り返ってみると、オサカベとアンがちゃぶ台に座って麦茶を飲んでいた。この部屋の主らしい若い男は、買い物袋から取り出したみかんの缶詰をシンクの下の戸棚(とだな)(おさ)めている最中(さいちゅう)だ。


「ちょ、ちょっと待ってね。今仲間を呼ぶから。おかしいな。コンビニでも行ってるのかな」


「きみの仲間は車の中にいる。害意(がいい)を感じたので全員無力化した」


 鳴倉の疑問に男が答える。


「無力化?無力化ってどういうことですか?」


「この部屋を監視していたから、急襲(きゅうしゅう)して戦力を(うば)った。そういう意味だ」


「どうしてそんなことを?」


 (あき)れたようにため息を()き、男が和室に戻ってきた。


「害意を感じたと言ったろう。この(せま)い部屋で二人を守りながら闘うのは不利だから、先手を取って無力化した。それだけだ」


「いやだって、まだみんな何もしてないでしょう?何もしていない人をいきなり(おそ)って、動けなくしたってことですか?」


「何かされてからでは遅いからな。当然の措置(そち)だ」


 鳴倉に向かって男が右腕を突き出した。身構(みがま)えたが、見るからに安物のグラスに入った麦茶を差し出されただけだった。


「飲むといい。少しは落ち着く」


 グラスを受け取りながら、鳴倉は台所に倒れているチャーリーに視線を向けた。生死は(さだ)かでないが、チャーリーはピクリとも動かない。男の言う無力化とは、おそらくあの状態を()すのだろう。


 グラスの麦茶を一息で飲み干した。それでも喉の(かわ)きは(おさ)まらなかった。


「あなた、あなたお名前は?」


「南条という」


「南条さん、南条さんね。言いたくはないですが、あなた、あなた無茶苦茶(むちゃくちゃ)ですよ」


「そうか?」


「そうですよ。だっておかしいでしょ?確かにわたし達はこの部屋からアンを連れ出そうとしてましたけど、それでもまた実行には(およ)んでいない。つまり、南条さんから暴力を振るわれる(いわ)れはまるでないわけで」


(ふところ)に銃やナイフを(しの)ばせていた。言い訳はできない」


「できますよ。それって、南条さんのいう無力化してから調べたんですよね。わたしの部下が、買い物から戻ってきた南条さんに銃やナイフを見せつけたわけではないですよね」


 鳴倉の言葉に南条は首を(かし)げて思案(しあん)している。


「なにもしてないうちの連中をいきなり襲っちゃダメでしょう。それって犯罪ですよ」


(まね)かれてもいないのにわたしの部屋を取り囲み、暴力を持ってして友人を拉致(らち)しようとしたきみらは許されて、それを未然に(ふせ)いだわたしが犯罪者の(そし)りを受けるのか?そんな話はない。バカバカしい」


 呆れ顔(あきれがお)の南条がフフフと笑う。話がまるで通じていない。


「それで、これからきみはどうするんだ?もうじき(となり)の住人が警察を呼ぶ。それまでに仲間を連れて撤退(てったい)したほうがいいのではないか?殺してはいないが、そこそこ(あと)を引く位のダメージは与えている。早めに治療をした方がいいものも少なくないはずだ」


 (ほが)らかな顔で南条は恐ろしいことをいう。確かに、映画や漫画ではないのだから、うまい具合に相手を気絶させたりする技術など存在しない。戦闘力を()ぐなら、なんらかの手酷(てひど)いダメージを相手に与えなければならないのだろう。銃やナイフを(にぎ)れないよう、最低でも指の骨くらいは折っているに違いない。


「わかりました。すみませんが、上司と話をさせて下さい。後続部隊(こうぞくぶたい)も呼ばねばなりませんから」


「好きにするといい。なるべく早く(たの)む」


 ラップトップを開き、鳴倉は台所の隅へと移動した。何か言われると思ったが、南条は和室で麦茶を飲みながらスマホアプリの使い方をオサカベに訊ねていていて、鳴倉には何の興味も示してはいない。


 アジトを襲った怪物じみた男を見たとき、鳴倉は文字通り恐怖に震えた。あの化物が放つ禍々(まがまが)しい殺気は、監視カメラの画面越しにも十分に伝わってきた。できることなら一生関わりたくないと思ったものだ。


 だが、今となりの部屋にいる南条という男はある意味ではあの怪物よりも恐ろしい存在だった。物腰(ものごし)は低く、一見無害な好青年にさえ見えるが、その戦闘力は異常なまでに高く、しかもその力を行使(こうし)するのに何一つためらいを感じていない。怪物が抜き身(ぬきみ)の日本刀だとするなら、南条は先端(せんたん)に毒を()った針のようなものだ。日本刀のような威圧感(いあつかん)こそないが、人を殺すという意味では刃物より(たち)が悪い。


 鳴倉は自分が置かれている立場を理解していた。後続部隊がこの部屋を強襲(きょうしゅう)しようものなら、南条は真っ先に鳴倉の命を奪う。そういう暗黙(あんもく)の了解の上で、南条は鳴倉を好きにさせているのだ。


 ラップトップのモニターの向こう側に、眠そうな小僧犬の姿が映し出された。この時間に眠っているはずなどないのに、小僧犬はパジャマを着こんでいる。ぼさぼさの頭にかぶった毛糸の三角帽子と、左手にぶら下げたクマのぬいぐるみがわざとらしい。だが今は、そんな小僧犬の姿が頼もしくさえ見えた。



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