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tokyo転生者 北区に住んでる光の勇者 第二部  作者: 氷川泪
第四章 アプリコットチェイサー
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帰宅

「卵が特売だった。10個で98円っていうのは初めて見たよ。遠くまで行った甲斐(かい)があった」


その場にいた全員の動きが停止した。いつの間に現れたのか、台所の中央に南条が立っていた。


「人数が多いから、すき焼きにしようと奮発(ふんぱつ)して牛肉を買って来たんだが、また人が増えているな。間に合うかな」


 南条は自前のエコバッグから食材を取り出し、冷蔵庫へ移し替(うつしか)えていく。派手な花柄(はながら)のエコバッグは、明奈がプレゼントしたものだ。


「だ、誰だお前」


 呆気(あっけ)にとられた様子で男が(つぶ)いた。それを聞いた南条が苦笑する。


「ここはわたしの部屋だ。同じ質問をきみにしよう。きみは誰だ?」


 答えるかわりに男は後退(あとずさ)った。入れ替わりに南条の前にチャーリーが進み出る。いつ取り出したのか、チャーリーの拳には真鍮製(しんちゅうせい)のブラスナックルが嵌められていた。


「シュッ!」


 鋭い呼気(こき)とともに、チャーリーの拳が南条の顔面に飛んだ。気負(きお)いもためらいも無い無慈悲(むじひ)な一撃だった。


 南条がどう動いたのか明奈には視認(しにん)できなかった。チャーリーと南条の体が重なった次の瞬間、チャーリーの体が台所の床に倒れていた。水切り籠(みずきりかご)雑然(ざつぜん)と重ねられた食器類が(わず)かに震え、陶器(とうき)が触れ合う小さな音がしたが、それだけだった。最初からそこに倒れていたように、チャーリーは床に寝そべり、右の手首を南条に()められていた。


 呆然(ぼうぜん)と南条を見上げるチャーリーの顔面に南条の右足が打ち落とされた。ゴツンという(にぶ)い音をたてて後頭部(こうとうぶ)が床に打ちつけられ、チャーリーは動かなくなった。


 (おどろ)いたのは明奈だけではなかった。流しの前で、男が口を半開きにしたまま硬直していた。南条の一連の動きは、ダンスのように(なめ)らかで、奇術のように劇的だった。


 男など存在しないように、南条は慎太の前に片膝(かたひざ)をつき、正面から慎太の目を見つめていた。


「慎太、よく()えた。慎太の友であることを、わたしは(ほこ)りに思う」


 今にも(こぼ)れ落ちそうな涙を(ぬぐ)いながら、慎太が微笑(ほほえ)んだ。


「ここから先はわたしに任せて欲しい。部屋に戻り、30分して連絡が無ければ警察を呼べとお母さんに伝えてくれ。できるな?」


「おれもここにいる」


足手(あしで)まといだ。状況を理解しろ。お前はこの男よりずっと強かった。今はそれで充分(じゅうぶん)だ」


 子供相手にとは思わなかった。むしろ南条は、慎太を一人の男として(あつか)っている。


 無言のまま(うなず)くと、慎太は振り返ってあんずに目を向けた。


 目が合った瞬間、あんずは慎太の身体に抱き着いた。


「あんずは忘れないのです。忘れてもときどき思い出すかもしれないのです」


 抱き着かれた慎太の顔がトマトのように赤くなっている。確かに、傍で見ている明奈も恥ずかしくなるほどの抱擁(ほうよう)だった。


「じゃあ、帰る」


 ギクシャクした動きで、慎太が部屋から出て行った。


「さて、次はきみの番なのだが」


 南条が男に向き直る。南条に気圧(けお)されたのか、男は和室の窓際(まどぎわ)まで後退している。


「その子を返してほしい。わたしの要件はそれだけなんだ。そもそもその子を誘拐(ゆうかい)したのは、その女の父親で」


 台所の床に倒れたチャーリーと南条の顔にせわしなく視線を動かしながら、男が弁解がましく声を上げた。


「事情を説明してもらおう。こちらが納得する内容なら考慮(こうりょ)する」


「つべこべ言わず渡したほうが身のためだ。そ、外にはね、まだ部下が沢山(たくさん)いる。わたしがここから一声かければ、あんた達は終わりだ」


 男の言葉は事実だろう。囲まれているから下手な動きをするなと、男は明奈にそう言っていた。


「そうか。だったら呼ぶといい」


 南条の返事に触発(しょくはつ)されたように、男は窓から身を乗り出し、外に向かって顔を突き出した。

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